キャラ化する/される子どもたち―排除型社会における新たな人間像

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・キャラ化する/される子どもたち―排除型社会における新たな人間像
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著者によると、子供たちが恐れているのは、経済的な格差ではなくて、人間関係の格差だという。そして格差をつけない「優しい関係」を維持するために"キャラ"がある。ボケとツッコミのような役割をバーチャルに身にまとうことで、自分を守り、人間関係を安定させるのだ。

「若い人たちは、グループのなかで互いのキャラが似通ったものになって重なり合うことを、「キャラがかぶる」と称して慎重に避けようとします。それは、グループ内での自分の居場所を危険にさらすからです。しかし、グループ内に配分されたキャラからはみ出すことも、また同時に避けようとします。それもグループ内での自分の居場所を危険にさらすからです。一般に、芸人の世界はボケとツッコミの相補関係で成り立っていますが、彼らもまた、ボケ役とツッコミ役のように互いに補完しあうキャラを演じることで、人間関係の維持を図ろうとしているのです。」

自分の居場所を、世界を放浪して見つけようとした旧世代に対して、今の子供たちは居場所を人間関係の中にみつけようとしている。世界がネットワークでつながってしまって、結局、どこにいようと同じになったということとも関係があるかもしれない。かつては、インドに行って悟ることも価値があったが、今は携帯やメールがあって、煩悩も人間関係も世界中を追いかけてくる。

結婚や就職が困難になったということは、社会的に認められた役割の仮面をかぶることが難しくなったということでもあるだろう。旧世代だって仮面を被って安心していた部分はある。著者はここで内キャラと外キャラという区別を与えている。

「こうしてみると、人間関係における外キャラの呈示は、それぞれの価値観を根底から異にしてしまった人間どうしが、予想もつかないほど多様に変化し続ける対人環境のなかで、しかし互いの関係をけっして決裂させることなく、コミュニケーションを成立させていくための技法の一つといえるのではないでしょうか。深部まで互いに分かりあって等しい地平に立つことを目指すのではなく、むしろ互いの違いを的確に伝えあってうまく共生することを目指す技法のひとつといえるのではないでしょうか。彼らは、複雑化した人間関係の破綻を回避し、そこに明瞭性と安定性を与えるために、相互に協力しあってキャラを演じあっているのです。複雑さを縮減することで、人間関係の見通しをよくしようとしているのです。」

現代では対抗文化の消滅によって、それを共有して強いつながりを意識することができなくなったというの指摘もあった。ヒッピー文化にせよ、不良文化にせよ、エスタブリッシュメントに対する対抗という姿勢が、現代のフラットな若者文化には希薄である。かつてのボブ・ディランや尾崎豊みたいなわかりやすい存在が音楽シーンに見当たらない。仮面、キャラもまたロングテール化してしまったのが、現代なのだなあ。

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このページは、daiyaが2010年6月11日 23:59に書いたブログ記事です。

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