人と人との快適距離―パーソナル・スペースとは何か

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人と人との快適距離―パーソナル・スペースとは何か
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■電車、トイレ、路上、近接学は至る所に

通勤で東京駅から電車に乗ることが多い。始発駅なので席は自由に座ることができるのだが、いきなり真ん中に座る人はまずいない。端の席から埋まっていく。端が埋まると二人分くらいの距離を置いて中間に人が入っていく。隣に座らざるを得なくなって、やっと隣に人が座る。

著者は、日常の行動を実際の電車で観察し、数値化して分析した。電車が空いている場合には出来るかぎり、他人と距離を置いて座る習性が確認された。この当たり前の現象の奥にある、人間のパーソナルスペースのはたらきを深く考察していくのがこの本である。

プロクセミックス(proxemics、近接学)とも呼ばれるパーソナルスペースの研究は、人類学者のエドワード・T・ホールによって1960年代に始まり、異文化の混在する米国で特に発展した。

冒頭、男子トイレを観察対象にし、前客がいる場合にどの位置の便器を選ぶかや、排尿までの時間、排尿の所要時間を計測するという、噴出しそうなテーマも真面目に解説している。米国の学者による実験であったが、前客がいない場合、出口から最も遠い便器が選ばれやすく、隣に人がいる場合は排尿の時間が全体的に長くなる傾向が分かったという結果が報告される。心理のみならず生理レベルで影響を与えるということか。

通路での通行を観察した報告。邪魔になるように二人の人間が通路にいる場合、通行人はどうよけるかを繰り返し実験した。すると、通路を塞ぐペアの組み合わせが、男女>女性同士>男性同士の順で、よける距離が大きくなったという。また、ペアが話をしているとさらに回避行動が顕著になる。パーソナルスペースは、1人のときより2人のときの方が大きくなり、話をしているとさらに大きくなるということだと解説される。美人は大きく迂回されたりする。

このような興味深い、日常の実験の数々から、目に見えないパーソナルスペースの形状やサイズや特性が明らかになっていく。パーソナルスペースは、人の前後に長い楕円形で、5種類があり、状況に応じてサイズが変化する特性が判明する。

        近接相            遠方相
密接距離 0〜15センチ     15〜45センチ
個体距離 45〜75センチ      75〜120センチ
社会距離 1.2〜2.1メートル      2.1〜3.6メートル
公衆距離 3.6から7.5メートル      7.5メートル〜

こうして具体的な大きさが分かることで、快適なコミュニケーションや空間の設計が可能になる。

■近くの人を好きになる

パーソナルスペースは個人の心理を表すと同時に、心理に影響を与える。恋愛関係を分析したデータも数多い。例えば、つきあっている二人が結婚する確率は住んでいる家の距離に反比例するという。家が近いほどデートのコストが削減され、平均的にはゴールインの確率も高まる。遠距離恋愛は統計的には不幸な結果に終わるらしい。

近くに座る異性に好意を持つというデータもある。同性では距離と好意に変化がないという。年齢によっても異性との快適距離は異なっていて、成熟していない段階では逆に好きな異性には、近づけない傾向も見られるという。これらも具体的に何センチという実証データが多数取り上げられていて、傾向と対策的に読むこともできる。

社会的役割、年齢、権威、制服、視線、匿名など、さまざまな要素がパーソナルスペースに与える影響があることが分かる。モテる人というのは、こうした近接学のノウハウを自然に使いこなせる人ということができる気がする。(失敗するとセクハラになる?)。

学生時代に、自然に女友達に近づいて、頭をなでたり、肩に手を回しつつも嫌らしさを感じさせない、同級生がいたりしたけれど、彼の行動などを今冷静に考えると、パーソナルスペースのプロだったのだなと納得する。

■パーソナルスペースの実用

パーソナルスペースについて、もうひとつ思い出が蘇る。

学生時代に私はNGOで委員として活動していた。学生にしては結構な予算を動かす団体で、大きなプロジェクトは審査が厳しかった。その年、私はプロジェクト審査委員会メンバーになっていて、後輩の女性のプロジェクトリーダーを面接することになった。そのプロジェクトは準備が悪く、失敗の可能性があった。だが、やる気はある女性なので、委員会としては厳しく詰問するが最終的にはGOサインを出すことになっていた。

審査委員会のリーダーの先輩が「ここは圧迫面接でいこう」と言い出した。綿密に考えた我々は、机と椅子の配置を動かすことになった。

・面接者と審査員の机の距離を離す
・正面から対面する配置にする
・面接者には机を与えないで椅子だけにする
・面接者の椅子を入り口ドア、壁から離す
・窓を背にして面接者に対して逆光のレイアウトにする
・面接者を廊下でしばし待たせる
・ノックに答えず入るのを待つ
・審査委員はリーダーの発言を待つ
・リーダー以外は面接者と目を合わせない

といったいじわるな演出を徹底してみた。

そして、実際に面接に臨んだところ、10分もしないうちに面接者の女性は泣き出してしまった。あーあ、やりすぎである。質問項目はまだ軽めな序盤だったから、泣き出した理由は、孤独感と威圧感の空間演出によるものに間違いない。

机と椅子の配置とコミュニケーション内容の分析も、この本に出てくるが、当時の私たちの戦略を裏付ける内容だった。会議で演じたい役割によって座るべき位置が異なること、会議内容によって異なる最適な机の形、崩壊しやすい家庭の部屋の配置など、紹介されるデータは、仕事や家庭でも実用性のある情報が多くて楽しめる。

評価: ★★★☆☆
・現代の「縄張り」−パーソナルスペース
http://www2.athome.co.jp/academy/psychology/psy02.html

・パーソナル・スペースからみた被虐待児の家族関係
http://ibuki.ha.shotoku.ac.jp/library/HP-bak/kiyo/kyoiku/kyoiku42/imagawa.pdf

パーソナル・スペースと女子学生の対人関係について
http://www.soc.shukutoku.ac.jp/chiba/kyouken/personal.html

・非言語コミュニケーション
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000549.html

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コメント(3)

ななし :

京都、鴨川のカップル間隔、というのを思い出しました。
http://www.hirax.net/dekirukana/kamogawa/

アキユキ :

きのうかおととい、このようなことについて、ふと
考えていました。渋谷あたりを歩いていて、ヒトと
ぶつかりそうになる度合いが多いな、と(当方シラフ)。
「冬を越え暖かくなると、そのスペースを寛げる
のだろうか?」

[url=http://calcolo.ilkemlil.org/de/buongiorno-brano-musicale-telefonino.htm]Buongiorno Brano Musicale Telefonino[/url] * [url=http://calcolo.ilkemlil.org/fr/buongiorno-brano-musicale-telefonino.htm]Soirテゥe musicale Telefonino De Buongiorno Brano[/url] * [url=http://calcolo.ilkemlil.org/it/buongiorno-brano-musicale-telefonino.htm]Buongiorno Brano Musicale Telefonino[/url] Buongiorno Brano Musicale Telefonino | Soirテゥe musicale Telefonino De Buongiorno Brano | Buongiorno Brano Musicale Telefonino http://calcolo.ilkemlil.org/de/buongiorno-brano-musicale-telefonino.htm http://calcolo.ilkemlil.org/fr/buongiorno-brano-musicale-telefonino.htm http://calcolo.ilkemlil.org/it/buongiorno-brano-musicale-telefonino.htm

このブログ記事について

このページは、daiyaが2004年4月 6日 23:59に書いたブログ記事です。

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