高野聖

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・高野聖
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篠田節子のが「レクイエム」のあとがきで、影響を受けた作品として泉鏡花の「高野聖」をあげていたのがきっかけで手に取った。明治時代の幻想小説集。特に「外科室」「高野聖」が印象的だった。

「外科室」
胸を病んだ美しい伯爵夫人が病室で頑なに手術を拒む。切られることが嫌なのではなく「私はね、心に一つ秘密がある。麻酔剤は譫言を謂うと申すから、それが怖くってなりません。」という。夫に麻酔を打つことを請われても「いやです」という。切らなければ夫人の命はない。高峰医師は夫人のいうままに麻酔なしでの手術に挑むのだが...。

「高野聖」
峠道に迷い込んだ旅の僧が山の奥深くに人の住む小屋を見つける。そこには美しい女と痴呆の夫がひっそりと暮らしていた。僧は女にもてなされて"花びらに包み込まれるような"隠微な体験をして、人里へ帰ってくるが、後に女の正体を聞かされる。

二編とも女性の優しさ(魅力)と怖さ(魔力)が主題にあるように思う。ふたつが合わさって妖しい美しさを醸し出している。このことについて、日本文学研究者の山田有策が充実した巻末の解説を書いている。

「先述もしたが、鏡花文学が現代においてますます魅力を増大させている最大の理由はその世界の底に流れる<女性的なるもの>への限りない憧憬にあると言ってよい。それが<フェミニズム>の時代たる現代にフィットしている所以であろう。しかし、それがその深層にしまい込んで忘れはてている何か、あるいは自然界の秩序の裏側に潜む何かとクロスし合っているからこそ、それは私たちの胸奥を刺激し、なつかしさをかきたててやまないのだ。」

泉鏡花の描く女性は、現代にはないほど、慎み深く、嫉妬深く、怨みがましく、慈愛に満ちている。心にある秘め事をうわごとで言ってしまうのが怖くて麻酔を拒む女性という設定が現代では成り立ちそうにない。明治から現代にいたるまでの間に、女は強くなったが怖くはなくなったということか。

・レクイエム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/05/post-752.html

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このページは、daiyaが2008年5月18日 23:59に書いたブログ記事です。

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