犬身

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・犬身
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「親指Pの修行時代」の松浦理恵、2008年度読売文学賞受賞作。

この本は話題になっていたから買ったのだけれど半年くらい床に積んでいた。帯に「あの人の犬になりたい」、背表紙(帯)には「さまよえる犬の魂」と書いてある。つまりSM系と獣系の複合官能小説だろうか?と思ったが、読売文学賞?いまひとつ中身が想像できない上に500ページもあるので、先週まで手つかずになっていた。ところが読み始めたら止まらなかった。もっと早く読めば良かったと後悔。

主人公の房江は強い「犬化願望」を持っている30代の女性陶芸家。本来自分は犬に生まれてくるべきだったのにと感じながら人生を生きている。

「性同一性障害ってあるじゃない?『障害』っていうか、体の示す性別と心の性別が一致していないっていうセクシュアリティね。それと似てるのかな。わたしは種同一性障害なんだと思う。」

「こういうわたしにセクシュアリティというものがあるとしたら、それはホモセクシュアルでもヘテロセクシュアルでもない、これは今自分でつくったことばだけど、ドッグセクシュアルとでも言うべきなんじゃないかと思う。」

こんな房江がある日、本当に犬になってしまう。人が犬になってしまうというのはどういうことかというと、それはネタばれになるので読んでいただくとして、房江は残りの人生を犬生として犬の視点で生きる。愛する飼い主との触れあう幸せに浸りつつ、飼い主を取り巻く複雑な人間模様を足下から見守る。

前半の犬と人間の幸せな相互依存をユーモラスに語っている部分は犬好きにはたまらない魅力。そして登場する人間同士の不幸な相互依存は次第に緊張度を強めていき後半に波乱のドラマを引き起こす。常に身近に寄り添う犬はすべての目撃者になる。

吾輩は猫である、とか、高みの見物(北杜夫、ゴキブリが主役の傑作)とか、人間と共生関係にある生き物視点で人間模様を語る小説は昔からあるのだけれど、だいたいはナレーターのような客観的語り部として生き物が出ていた。この作品では語り手自身が元人間であるが故に、登場人物たちに深く共感しながら物語に参加していく。これはやはり人と相互依存しやすい犬だから成り立つ設定だったろう。


・電子書籍 『犬身 第一回』松浦 理英子|Timebook Town
http://www.timebooktown.jp/Service/bookinfo.asp?cont_id=CBJPPL1B0046100S

この小説は初出が電子書籍だ。一流の作家が電子書籍で出版して文学賞を受賞するというのは文学のIT化が着実にするんでいるということだなあ。

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このページは、daiyaが2008年6月29日 23:59に書いたブログ記事です。

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