天才数学者はこう賭ける―誰も語らなかった株とギャンブルの話

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・天才数学者はこう賭ける―誰も語らなかった株とギャンブルの話
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先週、日本の高名な数学者 伊藤清氏が亡くなった。株価などのランダムな動きを方程式であらわすことを可能にした確率微分方程式の考案者であった。毎日新聞の訃報にはこんな記述もあった。

・訃報:京大名誉教授・伊藤清さん死去 確率微分方程式創案
http://mainichi.jp/select/person/news/20081115k0000m040099000c.html

「この方程式を土台にデリバティブの理論を確立した米国の経済学者2人が97年、ノーベル経済学賞を受賞。伊藤さんは金融工学の分野で世界的な尊敬を集め「ウォール街で最も有名な日本人」と評されるようになった」

この米国の経済学者2人とは、本書の登場人物であり、ブラック-ショールズ方程式の考案者マイロン・ショールズとロバート・マートンのことだ。金融商品の価格決定メカニズムをモデル化した彼らの理論は、後の金融工学の発展に大きな影響を及ぼした。

ところが...。この2人は学者であると同時に投資家でもあった。自分たちの発明した理論で1000億ドルの投資ファンドを運用していたのだが、ノーベル賞受賞の翌年の1998年、アジア通貨危機やロシア財政危機のあおりで、巨額の損失を出して倒産してしまう。「取引同士の相関が高くなったときのパニックの可能性を過小評価していた」と本書では分析されている。

現実の株式市場は世界の頭脳をもってしてもまだ予測不能だったのだ。相場の必勝法は不可能だからこそ、多くの才能をひきつけるテーマだった。この本はそうした投資とギャンブルへの数学的挑戦の歴史を描いている。

投資理論も完成させた「情報学の父」クロード・シャノン、ブラックジャック必勝法発見で知られるエドワード・ソープなど、20世紀の天才数学者たちは、大学の外で投資事業を行っていたことでも知られる。自分のお金を張ったのだから、天才たちが本気であったことは確かだろう。

「シャノンは、ランダムウォークから稼ぎを得る方法を説明した。聴衆に向かって、価格が無作為に上下していて、上昇傾向も下落傾向も見られない株を考えるように求めた。資金のうち半分を株勘定に、残り半分を「現金」勘定に置く。毎日、その株の価格は変化する。毎日正午に、ポートフォリオを「調整」する。つまり、ポートフォリオ全体(株勘定と現金勘定)が、今、どれだけの値段かを計算して、株と現金とが元の五分五分の割合を回復するように、資産を株から現金へ移したり、その逆をしたりする。」

本書に登場する多くの数学者たちはシャノンと同様に、短期間で個別銘柄の値動きを正確に予測できるとは考えていない。株価はランダムウォークであることを前提としている。投資する個別銘柄は猿が選んでも熟練アナリストが選んでも将来のある時点での勝率は変わらない。たくさんの銘柄に投資すれば、成績は市場の平均リターンに収束していく。では、どうすれば勝てるのか?

ソープは「問題は『市場は効率的かどうか』ではなく、『市場はどの程度、非効率的か〔投資家のつけこめる余地がある〕か』、『そこにどうやってつけこむか』ということだった。」と考えた。ソープは投資商品の中から値動きは小さくても「ほとんど確実な取引」をみつけるのがうまかったようだ。そこに思い切った大金を投じた。つけこむ余地の発見にソープの頭脳は役立ったらしい。

この本には、何十もの投資理論が紹介されているのだが、実際に大きな利益を出したのは、意外にも長期保有のファンダメンタル投資であるように読める。シャノンが大きく儲けたポートフォリオが公開されているのだが、ヒューレットパッカードとかモトローラなど、時代の潮流に乗った企業を30年保有して売却したという内容なのだ。

「シャノンは「会社の経営やその会社の製品に対する将来の需要を評価して、今後数年の儲けの伸び方について外挿できること」を強調した。「株価は長期的には利益成長率に沿う動きをします」。値動きの勢いや変動の程度はほとんど気にしなかった。「鍵を握るデータは、私の見るところでは、株価がこの何日、何ヶ月でどう動いたかではなく、この数年で利益がどう変化したかです」。」

20年、30年後という将来に成長する産業と、その中心的プレイヤーになる会社を見極めて、一度投資したら動かさない。これはウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロスなども似たような投資スタイルらしいから、今のところ判明しているベストな投資方法なのだろう。

株式投資の研究は「勝てば官軍」的なイメージが強いため、何が理論的に正しいのか、わかりにくい分野だ。世の中には科学的根拠を持たない怪しい投資本があふれている。そんな中で数学者たちの研究史という形で、厳密に情報を整理してくれる知的で面白い本だ。

・天才数学者、株にハマる 数字オンチのための投資の考え方
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/07/vewoaeneiissiilu.html

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このページは、daiyaが2008年11月16日 23:59に書いたブログ記事です。

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