心の起源―生物学からの挑戦

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・心の起源―生物学からの挑戦
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心とは何かを科学者が哲学的に探究する。面白い。

著者は記憶こそ心の基本であるという。記憶には想起、記銘、保持といった機能が生物学的に備わっている。こうした記憶の照合作用から、時空(位置や時間の堆積)、論理(原因と結果の堆積)、感情(快不快の堆積)という3つの基本的な枠組みがでてくる。そしてさらに統合能力としての統覚が、記憶の中の離散的なもの(時刻、位置、事象、快苦)の中から連続的なもの(時間、空間、因果律、好悪)を見出し、世界の認識に至る。

著者のアプローチは心を物質に還元しない。物質世界、生物世界、心の世界が入れ子構造になっているが、それぞれの世界に独自の法則が働いていると考える。心も遺伝子の乗り物と考えるようなドーキンス的アプローチとは一線を画す。

まず各世界を特異点(開闢)、基本要素、基本原理、自己展開といったキーワードで分析していく。物質世界の自己複製のはたらき(例:RNA)が生物世界を開く特異点となったように、生物世界が心の世界を開く特異点は記憶の成立とその自己複製作用だと著者は指摘する。記憶の能力を高めた人類は、経験する世界を統合して理解しようと試みる。だが、個別の経験からは当然ながら矛盾が現れる。

「離散と連続、有限と無限とは所詮は水と油であって、何としても橋渡しが叶わぬものであるのに、統覚がこれらを結び合わせてしまったことは、心の世界観に決定的な矛盾を忍び込ませる結果をまねいた。これは心の世界のその後の展開に測り知れない影響を与えている。というのは、それからというもの絶えず綻びかかる個別と普遍とのあいだの結び目を、際限なく繕っていかねばならぬ破目に陥ったからである。」

基本原理で世界を理解しようとすれば矛盾があるから、それを解決すべく私たちの認識する世界は自己展開し常に新しい世界として開く。これまでの公理を書き換えて新しい公理系を打ち立てようとする。「一つの世界とは一つの公理系であって、新しい世界を開くとは新しい公理系を立てることにほかならない」。このライブな動きこそ私たちの心の原動力なのだ。

まるで証明問題の如く心の世界を極めてロジカルに説明している。一つの説明としての自己完結度、収まりの良さはちょっと感動である。

アマゾン、ブログなどの読者評価はふたつに分かれているようだ。

この本はほとんど哲学なのであるが、難解な哲学用語は出てこない(用語は必ず定義が示される)。哲学者が好む文学的レトリックも少ない。その代わり簡単な言葉の積み重ねなのだけれど複雑な論理式がしばしば用いられる。理系頭の人には高評価で、文系哲学好きにはアプローチ的にちょっと辛いというのが、評価をわけた理由かなと思う。

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このページは、daiyaが2009年1月 6日 22:59に書いたブログ記事です。

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