アブダクション―仮説と発見の論理

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・アブダクション―仮説と発見の論理
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これは絶賛すべき素晴らしい本である。人間の創造的能力、ひらめきの正体をずばり言い当てている。本当におすすめ。記号学で知られる偉大な論理学者・科学哲学者チャールズ・パース(1839~1914)の思想を一般向けにわかりやすく説明している。

アインシュタインは「経験をいくら集めても理論は生まれない」と言った。観察によってデータをいくらたくさん集めても、既存の理論の検証が進むだけである。帰納法からは斬新な新理論、イノベーションは生まれない。論証を行うのみである演繹法からも無論、新しい理論は出てこない。

パースは人間の推論には演繹と推論とアブダクションの3つの形式があるのだと指摘した。

アブダクションとは、

驚くべき事実Cが観察される
しかしもしHが真であれば、Cは当然の事柄であろう、
よって、Hが真であると考えるべき理由がある。

という推論形式である。

説明すべき事実に対してたくさんの仮説を立てて、その中からもっともらしい仮説を選び出す拡張的な推論プロセスである。パースは分析的推論として演繹があり、拡張的推論として帰納とアブダクションがあると整理した。

「手短にいうと、アブダクションは科学的探究のいわゆる「発見の文脈」(the context of discover)において仮説や理論を発案する推論であり、帰納はいわゆる「正当化の文脈」(the context of justufication)において、アブダクションによって導入される仮説や理論を経験的事実に照らして実験的にテストする操作です。つまりアブダクションの「拡張的」帰納は仮説や理論を検証するための実験を考えることなのです。」

アブダクションは帰納と比較して創造性の高い拡張的推論だが、過謬性の高い、論証力の弱い推論でもある。だが既存の枠組みを超えるイノベーションを生み出すために不可欠な、もっとも優れた推論なのだとパースは高く評価する。

「アブダクションは最初にいくつかの仮説を思いつくままに提起する示唆的な段階と、それらの仮説のなかからもっとも正しいと思われる仮説を選ぶ熟慮的な推論の段階から成り立っている」

第一段階として仮説はどこから生まれるのか?という疑問がわく。アイデアは頭の中から自然と涌いてくるものだ。何の法則も根拠も見えない。そこには創造的な飛躍があるのだと著者は論じる。

「帰納的飛躍は観察可能な同種の事象のクラスにおける部分から全体への一般化の飛躍であり、これに対し、仮説的飛躍はわれわれが直接観察したものからそれとは違う種類の何ものか、そしてしばしば直接には観察不可能な何ものかを仮定する創造的推測の飛躍です。」

なぜヒトは「ひらめく」ことができるのか?。なぜ人間は創造性を持っているのか。それは進化生物学的に説明がつくとアブダクション研究者は考えた。生きていくための問題をとくためには発想力が必要だ。アブダクションは人類進化の過程で自然に適応するために人間精神に備わった「自然についての正しく推測する本能的能力」なのだと看破した。

「「ところで、アブダクティブな示唆は閃光のようにわれわれに現れる」ということについてですが、パースはこの洞察の働きについて、それは何か説明不可能な「非合理的要素」とか不可解な神秘的能力というようなものではなく、それは自然に適応するために人間に本来備わっている本能的能力である、といいます。それはつまり、人類進化の過程のなかで自然の諸法則との絶えざる相互作用を通して、それらの自然の法則の影響のもとで育まれ発展してきた人間の精神に備わる「自然について正しく推測する本能的能力」である、というのです。」

アブダクションでは、そうした「示唆的段階」で生み出したたくさんの仮説(アイデア)の中から、

1 もっともらしさ もっともらしい理にかなった仮説
2 検証可能性 実験的に検証可能な仮説
3 単純性 より単純な仮説
4 経済性 実験に経費、時間、思考、エネルギーが節約できる仮説

という基準でもっとも正しいと思われる仮説を選ぶ熟考的段階に進む。

科学的探究過程ではアブダクションに続いて、仮説を解明する演繹が続く。選ばれた仮説から必然的または非情に高い確率で導かれる経験的帰結を導出するのが演繹であり、証明である。そしてすべての考えられる帰結が集められたら、それらの仮説が経験的に正しいかどうかを帰納法で判断する。科学は3つの推論を経て進歩してきた歴史だという。

「一般には仮説を形成することが科学的な仕事の中ではもっとも難しいのであり、偉大な能力が不可欠となる部分である。これまでのところ、仮説を規則にしたがって発明することを可能にするような方法は見出されていない。」とバートランド・ラッセルはベーコンの帰納法の限界を批判したそうだ。アブダクションという厳密でない推論こそ人類の叡智の中核をなす能力と言える。

パースの思想が意外にも進化生物学と接近する部分がとても面白く感じた。パースらによると人間には創造性が進化の過程でビルトインされているわけだ。それを信じてアイデアをどんどん出していけば、きっとイノベーションを生み出せる、ということになる。創造性に富んだ個体だけが生き残ってきたのだから。さあブレスト、ブレスト!。

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このページは、daiyaが2009年4月26日 23:59に書いたブログ記事です。

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