キルヒャーの世界図鑑―よみがえる普遍の夢

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・キルヒャーの世界図鑑―よみがえる普遍の夢
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アタナシウス・キルヒャー(1601~1680)はルネサンス最大の綺想科学者と呼ばれる。バロック音楽の研究第一人者、地質学の父、幻灯機や自動演奏機械の発明者、ヒエログリフの解読者、アジア文化の研究者、論理学や記号学の専門家、博物館の設立者などあらゆる分野に通じた。

「キルヒャーが同時代人たちと共有していたふたつの仮定によって、歴史はきわめて簡潔なものとなった。第一の仮定は、世界が創造されたのがキリストの降臨から数えてわずか4053年前であったこと、第二の仮定はそれから1657年めに世界を襲った大洪水のために、人類が八人を残して絶滅したことである。」

その時代の科学は、「神意がいかにはたらくか」を見抜くことが目的であった。キルヒャーは聖書の記述を信じた。ノアの箱船やバベルの塔の実在を疑わなかった。それらの実在を前提として、当時のあらゆる分野の知識を総合し、壮大な統合的宇宙観を完成させた。そしてその知識体系を多くの図鑑本として後世に残した。

キルヒャーは著書『ノアの方舟』には想像の方舟透過図を描いている。聖書の記述通り三層構造で中央の廊下で分断された部屋には、上層が鳥類、人間、中層は食糧その他の貯蔵室、下層が四足獣、船底に蛇が割り当てられている。他の本でもキルヒャーは、伝説の建造物や動物を見てきたかのように精密に描いた。図示・図解の重視がキルヒャーの研究の特徴であった。イメージ喚起力が抜群である。

キルヒャーは比較宗教学の祖でもある。聖書記述を絶対的に信じながらも、宗教に共通するシンボル体系を抽出するなど、あらゆる宗教に真理の存在を認める部分もあった。矛盾を包含しながらリアルな世界を描く壮大なだまし絵的なアプローチを取ったのだといえる(キルヒャーはだまし絵の研究者としても知られる)。

「キルヒャーは、いかなる伝統にも顕教的側面と秘教的側面とが共存し、つねに後者のほうが真理に近く、しかもそれはほかの伝統における秘教的教義に類似していることを実感した。」

キルヒャーは生前から科学者には批判の集中砲火を浴びていたらしい。絵は描けても、論理的には矛盾しているのだから当然である。極東から伝わる伝聞も検証せずに信じていたので、キルヒャーのアジア研究書には、どこにも存在しなかったシナやインドの奇妙な生活習慣や動物が描かれている。

結局、キルヒャーが描いたのは世界はこうあるべきだという絵なのである。当時判っていること、伝わっていることを無理矢理の超統一場理論で統合してしまった。学術の専門分化が進む前に、何とか世界を丸ごと理解できた最後の時代の人であった。

キルヒャーは有名だが、図資料が満載の和書は少ない。錬金術的世界観(キルヒャーは錬金術そのものは否定したが)が好きな人は視覚的にとても楽しめる貴重な一冊。

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このページは、daiyaが2009年6月14日 23:59に書いたブログ記事です。

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