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限界芸術論

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・限界芸術論
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「今日の用語法で「芸術」とよばれている作品を、「純粋芸術」(Pure Art)とよびかえることとし、この純粋芸術にくらべると俗悪なもの、非芸術的なもの、ニセモノ芸術と考えられている作品を「大衆芸術」(Popular Art)呼ぶこととし、両者よりもさらに広大な領域で芸術と生活との境界線にあたる作品を「限界芸術」(Marginal Art)と呼ぶことにして見よう。」

鶴見俊輔の基準でわけていくと、

バレエ、歌舞伎、能は純粋芸術
ロカビリーやチャンバラのタテは大衆芸術
日常生活の身ぶりや労働のリズムは限界芸術

絵画は純粋芸術
紙芝居やポスターは大衆芸術
らくがきや絵馬や年賀状は限界芸術

詩は純粋芸術
大衆小説や俳句は大衆芸術
手紙やゴシップやタナバタは限界芸術

他には、祭り、盆栽や酒の飲み方や遊女の身のこなし、花火、5千年前のアルタミラ洞くつの壁画などが限界芸術に相当する。宮沢賢治が妹の死の一周忌に書いた見事な創作の手紙も例に引かれているのだが、今年の夏、漫画家の赤塚不二夫の葬式でタモリが即興で読み上げたという弔辞は、現代における最高レベルの限界芸術だったように思う。(私は読んだとき感動で震えた。)

・タモリの手には白紙...あふれる感謝そのままに
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2008/08/08/02.html

「限界芸術の諸様式は、芸術としての目だたぬ様式であり、芸術であるよりはむしろ他の活動様式にぞくしている。この特殊な位置の故に、限界芸術のことを考えることは、当然に、政治・労働・家族生活・社会生活・教育・宗教との関係において芸術を考えてゆく方法を取ることになる。」

そして、マスメディアが登場するまでの庶民は純粋芸術や大衆芸術に触れる機会はほとんどなく、限界芸術こそ芸術に参加する接点であったと述べられている。

だが、現代は限界芸術がマスメディアやネットワークにのって伝播していく時代だ。タモリの弔辞がテレビやネットで拡大されるのもそうだし、ブログのネタふりやチャットの絵文字だって限界芸術だろう。限界芸術の根源性と可能性を説いたこの芸術論の古典はネットのCGM文化を考える上でも読み返す価値があった。

日本人の声

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・日本人の声
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日本人の男女の声に変化があるそうだ。

    女性    男性
1950~60年代 600ヘルツ 310ヘルツ
1970年代   520ヘルツ 350ヘルツ
1980~90年代 500ヘルツ 420ヘルツ

50年代から90年代までに女性は100ヘルツ低くなり、男性は100ヘルツ高くなった。半音以上違うということだ。この本によると原因はこの半世紀で男性は身長が高くなり、女性は社会に進出し高い声が特徴の女言葉を使わなくなったことなどにあるらしい。

もともと日本人は欧米人に比べて声が高い民族であるらしい。理由はひとつには背が低いからだ。背の高さと声の高さの関係には、ある係数を加えて反比例する「ファントの法則」がある。体が小さいと声帯などの発声器官のサイズも小さくなり、楽器と同様に小さいほど高い音を出すようになるのだ。聴く方の器官も同じだ。

「そのようにすべての部位が小さい人同士がコミュニケーションを交わす場合には、相手からの声は高いほうが聞き取りやすいし、聞き取りやすい声を出すためにも高くなるといった傾向が強くなる。この相互作用が繰り返されることによって、いたちごっこのように声は高いほう、高いほうへとエスカレートしていったと考えられる。」

もうひとつの理由は生活環境や文化にあった。広い草原や山岳地帯、木造建築に暮らすのに高い声が必要だったから、声は高くなったという。身体特徴や生活環境によって声は変わっていく。だから「声は民族を象徴する」と著者は結論している。

声の質には使用言語も影響している。欧米人は腹式呼吸で深い声を出すが、日本人は喉で出す声が多い。日本語が肺からのあまり空気圧を必要としない言語体系であるから、発声法が喉の筋肉を使った発声に最適化されているのだ。

日本人でも腹式呼吸はプロの歌手は当たり前のように使う。ボイストレーニングの基本は腹式呼吸の練習である。調査ではプロの歌手は腹筋80に対して、のどの筋肉を20使う。素人はその割合が逆になるという。体格が大きくて腹式発声の言語を使う欧米人とはちがって、日本人の深い声は意図的につくる必要があるわけだ。

発声の仕組みから、言語と声、民族によって好まれる声の違い、日本人が好む声(f分の1ゆらぎ)など、声に関する研究が広く取り上げられ、わかりやすく整理されている。日本人の、と題されているが日本に限らず、人間の声の魅力とは何かを考えるのに大変参考になる本だ。


・声のふしぎ百科 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/12/post-322.html

・7秒のイメージ・マジックであなたの声はもっとよくなる―相手を説得する、声の印象が変わる、気持ちが伝わる
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003015.html

・平家物語 あらすじで楽しむ源平の戦い
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平家物語は登場人物や戦いの数が多くてわかりにくい。それを手品のようにわかりやすい構造に整理してしまうのがこの新書である。平家物語の読み解きに悩んでいる人にとって救世主。素晴らしい。

第一部はあらすじ暗記、第二部は内容の図式化という目次だ。

著者は、平家の栄華時代に三つの反乱(鹿ヶ谷の変、高倉宮御謀反、頼朝の旗揚げ)があり、「都落」を境にして平家の没落時代が始まり、三つの戦い(一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い)があって終わる構造として理解すると良いと教えている。

平家の栄華時代:三つの反乱(鹿ヶ谷の変、高倉宮御謀反、頼朝の旗揚げ)
  ──────都落ち──────
平家の没落時代:三つの戦い(一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い)

また人物については「前半では、清盛が悪で、重盛が善(正義、良心)。後半では、宗盛が愚かで、知盛が賢い。」と覚えてしまうとよいと教える。

正しい、良識の重盛 <> 誤った、横暴な清盛
  ──────都落ち──────
正しい、賢明な知盛 <> 誤った、愚鈍な宗盛

確かにこの2つの単純化された構図を使うと、複雑な物語がぐっとわかりやすくなってくる。わかるだけでなく、この見方をすると登場人物たちの魅力がきわだってきて味わい深くなってくる。なぜかといえば、この解釈が平家物語の作者らの創作意図を汲み取る読み方であるからなのである、と著者は説明する。

「あえて言うなら、『平家物語』の中に登場する清盛は、現実の清盛とはまったく別人と割り切るべきだ。そして『平家物語』が創り上げた清盛という人物を作品に即して生のままで味わうのが一番おいしい、と私は感じている。」

平家物語については史実研究に基づく新解釈や、後世の作家の独創的な解釈が溢れる中で、著者は敢えて原作者の意図を汲み取ることにこだわる。著者の提示する軸で見たとき、主要登場人物たちの役割が明確に規定されていることや、無数のサブストーリーを縦に貫く普遍的な法則の存在に驚かされる。

たとえば、重盛や知盛の進言は正しいが実行されないというパターンだとか、夜討ち、不意打ち、強行突破は常に戦闘の成功の秘訣で、負けるのはそれをしなかったからである、とか、平家にとっては家庭としての戦場、源氏にとっては職場としての戦場という戦場観があることなど、いくつもの終始一貫したパターンや法則が発見される。

こうした予備知識があると、複雑な物語の先をかなりの精度で予想することができ、深く味わうことができる。平家物語はわかりやすい伏線を織り込んだサービス精神旺盛なフィクションであることがわかってくる。

この解説本を手にしたのは画家で絵本作家 安野光雅の「繪本 平家物語」がきっかけだった。平家物語の名場面を絵画にした画集である。各場面には平家物語(覚一本)からの文章の抜粋がつけられている。7年かけて描いた大作だ。安野光雅の画風の淡々としたところが、栄枯盛衰・諸行無常の平家物語と相性が良くて味わい深い傑作になっている。

・繪本 平家物語 カジュアル版 (大型本)
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・1歳5ヶ月の息子が選ぶ2004年 ベスト絵本
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002776.html
安野光雅について触れました。

・安徳天皇漂海記
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/09/post-445.html
平家物語のバリエーション。

・日本史の誕生
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日本史学に衝撃を与えた岡田史観の文庫化。

「一口に言えば、われわれ日本人は、紀元前二世紀の終わりに中国の支配下に入り、それから四百年以上もの間、シナ語を公用語とし、中国の皇帝の保護下に平和に暮らしていた。それが、紀元四世紀のはじめ、中国で大変動があって皇帝の権力が失われたために、やむをえず政治的に独り歩きをはじめて統一国家を作り、それから独自(?)の日本文化が生まれてきたのである。」

中国史が専門の著者は日本史をアジアの歴史の一部としてとらえなおす。

「大和朝廷は存在しなかった。」

「日本の建国は紀元六六八年であり、創業の君主は天智天皇である。」

「古事記は偽書」

「邪馬台国は存在しない」

などと、これまでの日本史観を覆す大胆な論考の数々が展開されている。

古代日本の状況は国内に文献資料がなく中国の史書の一部に「魏志倭人伝」として軽く触れられているに過ぎない。魏志倭人伝というと立派な書物かと勘違いするが、実際は中国からみると野蛮な境の歴史をまとめた三国志魏書東夷伝の「倭人条」という一記事であり、文字量にしてたった2000字である。

そんな小さなコラムみたいな魏志倭人伝が、本当に信頼できるものなのか。中国の史書の成立を調べていくと大きな疑問符が付くと著者はいう。そして、日本側の主な文献資料である古事記や日本書紀の記述も信頼性が疑わしいといい根拠をとともに「大和朝廷は存在しなかった。少なくとも『日本書紀』にあるような天皇たちはいなかった」と言い切る。
強く印象に残ったのは、「歴史というものは、何か一つの時代が終わったという実感があり、新しい時代が始まったという主張があって、はじめて書かれるものだ。」という洞察である。歴史書が編まれるときというのは、一区切りついて視座が固まった特殊な状況なのだ。編纂コストもかかるから為政者の意図も色濃く反映される。わずかな文献資料に基づいた日本の古代史学の足場は、科学的に見てかなり危ういものなのだ。

著者はそうした古代史研究の状況に一石を投じた。極めて大胆で独特だが説得力のある分析に基づいていて、トンデモの類とは明らかに一線を画す研究である。この歴史観が発展していくと、未来の教科書はずいぶん違ったものになるのだろうなあ。

(ちなみに本書の表紙の人物は今では聖徳太子ではない説が有力らしい。歴史学は数十年で大きく変化する。)

・かたき討ち―復讐の作法
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記録に残る江戸時代の敵討ちを、作法と法制度の観点からふりかえる。

江戸時代の敵討は制度化されていた。敵を討とうとする者はまず主君の許可を得て免状を受ける。主君は幕府の三奉行書に届けを提出する。そして奉行書は所定の帳簿にその旨を記載して討手は謄本を受け取る。この書類を持っていれば藩領を越えて全国どこでも敵討ちをすることができた。

「本来、敵討は権利でも義務でもなく、ましてや見世物でもなかった。作法がないのが復讐の作法。だからこそ、何らかの枠を設けないかぎり憎しみは増殖し、復讐はさらなる復讐を生み、憎悪は世代を超えて深化せざるをえないだろう。」

だからこそ、喧嘩の活着を最小限の犠牲にとどめる方法として敵討は制度化されていったのだという。もちろん激しい憎悪が敵討ちの動機だから、この手続きをきちんと踏んだ事例は多くなかったようだが。

敵討ちにはいろいろな形式、流儀作法があった。実例を多数交えた敵討ちの解説が興味深い。現代とは違う感情や社会の論理が見つかる。

敵を名指しして自ら切腹すると名指しされた相手も切腹しなければならない「さし腹」。
敵の処刑の際に遺族が申し出て死刑執行人を引き受ける「太刀取り」。

離婚後すぐに再婚した家を前妻らが集団で襲う「うわなり打」。

男色の絆で結ばれた者の敵を討つ「衆道敵討」。

名誉を人間の生死よりも重んじる武士たちの復讐が長い江戸時代に次第に文化に飼い慣らされていったのが、敵討なのであった。実は息子の敵や弟の敵を討つことは公式には認められなかった。討つべきは目上の親族の敵、つまり父の敵であり兄の敵なのであった。目下の敵を討つのは仇討、縁者、親類の敵を討つ意趣討と区別されている。ただの殺人にならぬためにタテマエ、名誉が大切なのだ。

「復讐を抑制(違法化)するのは、幕府にとって、中国の歴代王朝以上に困難だった。復讐は儒教の「礼」にもまして、武士の倫理において不可欠な行為だったからである。」

現代では法律で敵討ちは禁止され、殺人事件の遺族たちの復讐感情に直接的なはけ口はなくなってしまった。しかし、復讐感情は自然のものだから無念の想いだけが残されるようになった。犠牲を最小にする復讐法が存在していた江戸時代の話を読んで、いっそ現代でも死刑を廃止して敵討ちを復活したら?などと考えてしまった。

江戸の歴史や文学理解に役立つ一冊だ。面白かった。

・切腹
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002253.html

・流線形シンドローム 速度と身体の大衆文化誌
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「滑らかで淀みがなく、抵抗を排してムダがなく、モダンで先進的であり、趣味が良くて優雅である。そして、なにより美しい。流線形イメージとは、そうした言葉たちを集約したところに成立してくるなにものかである。」

1930年代の自動車、飛行機にはじまり日用品や家電、衣服や建築、女性のボディラインなどあらゆる分野で理想的なデザインとしての流線形が急速に浸透していった。自然界の無謬性は説得力があった。当初は物理学の専門用語だった流線形は、人工物の規範として世界中に感染して20世紀前半の時代精神となる。本書には無数の流線形デザインの採用例が時代別、国別(米国、ドイツ、日本)に解説されている。

「簡単にいえば流線形の正しさは自然が証明しているというメッセージだ。じつは、流線形がたんなる専門用語から、時代のキーワードになっていく変容の過程にとって、自然による流線形の根拠付けというこの系譜こそ、重要な意味をもつことになるのである。」

流線形シンドロームは、最初は自動車や飛行機の設計者が自然界の魚や鳥の流線形のシルエットを高速化に有利な構造として取り入れることに始まった。だが実際に空気力学的な効果が得られるものはわずかだったようだ。曲線的な先端や円い窓といったデザインの多くは効率的、合理的、都会的、未来的にみえるからという理由で採用されていった。

やがてその言葉の指す対象は拡大していき、人工物のみならずサービスにも適用された。たとえばカフェの看板に「流線形サービス」、ハイセンスな「流線型アベック」、昭和10年の流行歌「流線型ぶし」など、流線形という最強ミームの増殖はとどまることをしらなかった。

流線形シンドロームは危険な優生学的メッセージを内包していたと著者は指摘する。たとえばミスコンテストは、理想的なボディラインに適合する女性を選び出すプロセスだし、流線形の最新の車は富裕層の乗る高級車であった。流線形に対応しないものを時代の効率化プロセスから落ちこぼれたものとして排除する構造がうまれていく。何かを優れたかっこいいと決めつけると一方で劣ったかっこわるいものが生まれる。それはまさにナチスドイツ台頭と同時代に起きていたのだった。

表象文化論の専門家である著者は20世紀前半の流線形シンドロームを分析することで「科学イメージの神話作用」のメカニズムを説き明かそうとする。膨大な量のデータで時代の推移を検証していく緻密な分析に圧倒される。

この流線形シンドロームは21世紀まで続いていると考えて良いのではないだろうか。エヴァンゲリオンでもスターウォーズでも、未来の都市イメージはいまだに流線形の建築や乗り物、人で構成されている。その方が無骨な四角いデザイン世界よりもなんだか納得できるからだ。逆に言えば、私たちは無意識のうちに流線形以外の未来の可能性を排除してしまっているということでもある。

・処女の文化史
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古いイスラーム世界には「名誉の殺人」と呼ばれる風習がある。婚前交渉を行った女を家族の名誉のために父親や兄弟が殺す行為だ。処女を奪った男ではなくて、奪われた女を殺す。21世紀の現在でも一部の地域で行われている。こうした社会では日本や西洋とは処女の価値がまったく違うものなのだ。

「純血の証」「身体への害毒」「富の象徴」...

西洋社会の中でも中世から現代までの間、処女の意味と価値は大きく変化してきた。中世文学・文化・ジェンダー論を専門とする著者が、処女の変遷を、医学的視点、キリスト教的視点、文学的視点、政治的視点に俯瞰する。

中世ヨーロッパ世界の王族達の間では処女の娘の身体は、国家間の同盟関係を維持するための有効な手段であった。

「処女の娘は父親が家族を取り仕切る能力の鏡と見なされただけでなく、父親の経済的・政治的な取引上の価値ある財産だった。また長男がすべてを相続するという長子相続権の結果、花嫁を捜す男性とその家族は、処女の花嫁を選ぶことで、生まれてくる長男が嫡出子であることを確実にしようとした。」

一方、中世の教会においては処女とは聖母マリアであり、神への汚れのない捧げものであった。同時に処女はエデンの園で永遠に失われてしまった人間の無垢さの象徴でもあった。

「教会が処女を「守り抜かれた宝」と(理想的には)見なしたのに対して、世俗の世界では流通させるべき価値ある商品だった。神への捧げ物と、リアルポリティークのための授かり物との違いだ」。

処女の価値が大きい社会では医学的に処女の判定法が盛んに議論された。処女膜神話が浸透した。「処女の尿は透き通っている」「胸が下を向いている」「伏し目がち」など俗説も広がった。長く処女でいることが身体に悪いだとか、ヒステリーの原因だともいわれた。

結局、処女とは何なのか。

学者である著者は「初体験」がアナルセックスの場合、それを「処女喪失」と言えるのかと真面目に考察したりもするのだが、処女と非処女を医学的に判別することが難しいし、処女膜なら修復も可能だ。身体的には初めての行為前後で何かが変化してしまうわけではない。不可逆的に変わってしまうのは本人や周囲の見方であり、女性の社会的価値である。

処女とは普遍的であると同時に多様性のある文化なのだということを探究する内容。

・刺青とヌードの美術史―江戸から近代へ
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西洋の「ヌード」文化が日本に輸入されて受容されていく歴史の研究。

まずヌードとネイキッドの違いの定義から始まる。

「ヌードを西洋美術史のひとつの大きな柱として、初めてその意義を歴史的・体系的に考察したのはケネス・クラークであった。彼は1956年に出版した古典的な名著『ザ・ヌード』で、服を脱いだ裸の状態がネイキッド(naked)であるのに対し、ヌード(nude)というのは、人体を理想化して芸術に昇華させたものであると定義した。」

現代の私たちがメディアや美術館で見る裸体のほとんどすべてがヌードである。美しくてエロティックなものばかりだ。ところが江戸時代以前の日本には裸にはネイキッドしか存在していなかったという。

「日常的に女性の裸体を目にする機会の多かった日本の社会では、女性裸体に対してことさらにエロティシズムを感じることがなかった。湯上がり美人や入浴美人は裸体を見せるものというよりは、あくまで美人画の延長線上にあった。」

裸が美しい、裸が恥ずかしいという感性は近代に西洋から輸入されてきたものであるらしい。アダムとイブが禁断の果実をかじる前には裸を恥ずかしいと思わなかったのに似ている。

「伊藤俊治氏は、「裸体は、本質的にそれ自体自然なものであり、イデオロギーも文化も付着していない。ヌードが意味をなすのは、ある意味でそれを見る者が裸体を意識し、その意識に対して社会的な解釈をほどこす時である。裸体に文明が入り混じってくる瞬間である」と述べる。明治以前の裸体は、裸体であると意識されず、文明が混じっていなかったのである。」

明治28年、画家 黒田清輝は第4回内国勧業博覧会に若い女性が全裸で鏡の前に立つヌード作品≪朝妝(ちょうしょう)≫を出品した。黒田のねらい通り、この作品は大いに物議を醸してヌード開国のきっかけとなった。日本のヌード文化の歴史がここに始まる。

「若桑みどり氏は≪朝妝≫は「裸体統御の西洋的なシステム(検閲と許可)も一緒に輸入した」とし、「検閲をくりかえしながら、権力は崇高なヌードと猥褻なヌードを上下に二分し、民衆の性のメンタリティをコントロールすることに成功していった」と述べる。」
この本は日本における幕末までのヌード前史と明治以降の受容の歴史を丁寧に描き出している。日本にも春画や刺青画や生人形という独自の裸体芸術があったことがビジュアルで紹介されている。西洋ヌードと比べて理想化されていない生身の人間を感じさせる淫靡さが強烈だ。

権力と性の関係は必ずしも対立的なものではなかった。規制は新しい表現を生み出す。生み出された表現がその時代に生きる人々の美の基準をずらしていく。制度と規制があるからこそ、そこからはずれた「ドキッっ」とするものが常に存在するのだ。

「西洋のヌード観と羞恥心に植えつけれらて、自然な裸体を性的身体に変容させてしまった近代の日本は、そのイメージを増殖させることによって再びその性を無化しようとしているように見える。」

街頭広告にもヌード写真が使われるくらい性のイメージがありふれたものになった現代では、もはやヌードというだけでは性を感じなくなっている。むしろ、昔の日本のように、生活の中の、自然な裸体(ネイキッド)の方が人をどきっとさせるものになってきた気がする。(Winny流出事件の個人撮影の写真とか)。人類のエロ感覚は、ネイキッドとヌードの間の反復運動の歴史なのかもしれない。


・愛の空間
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/oso.html

・性の用語集
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004793.html

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005182.html

・ヒトはなぜするのか WHY WE DO IT : Rethinking Sex and the Selfish Gene
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003360.html

・夜這いの民俗学・性愛編
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002358.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・武士道とエロス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004599.html

・男女交際進化論「情交」か「肉交」か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004393.html

・J・S・バッハ
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楽聖と呼ばれるバッハの人柄や生活、職場や家庭について、この本ではじめて知ることができた。バッハは世襲の名門音楽家職に生まれたが、当時の音楽家は職人の一種であった。徒弟として師に学び職人修行の末に独立した楽士になるものだった。バッハはそうした職人気質の世界でも並外れて頑固で妥協を許さない性格で知られ、それが出世にマイナスに響いた部分もあり、高名ではあるが必ずしも時代の寵児で人気者というわけではなかったようだ。そして、そうであるが故にバッハの厳格さと倹約の精神はいっそう強くなったとらしい。

バッハの音には無駄がない。そしてポリフォニー(多声)での展開を基調とする。

「バッハは倹約を通じて、情報の豊かさを獲得した。バッハの倹約の主旨は、とくに、時間・空間の無駄を、音楽に少しも許さないことにあったと思う。したがって、単位時間当たりの情報量は、バッハの音楽は当時の他の作曲家のそれにくらべて、はるかに多くなっている。」

さらにバッハは耳に聞こえる音だけではなくて、楽譜の中にメタレベルのメッセージを隠したことでも有名だ。たとえばバッハは作曲の中で、特別な数字を音符に置き換えて暗号を織り込むことがあった。3を神の数、4を人の数、7を神の聖性、10は律法、12は神の民や教会、14はバッハの名前(BACH=2+1+3+8=14)を表す。そして楽曲の構成が神の世界のパートから人間世界のパートへ移るときには、3拍子が4拍子に変化させる。謎が多いとされる「フーガの技法」の各パートは、聖書の詩篇の各章の構成と対応しているのである。バッハはポリフォニーを超えてメタポリフォニーとでも言うべき高レベルの芸術を創り出していたのだ。

「要するにバッハは、音楽を、人間同士が同一平面で行うコミュニケーションとは考えていなかったのだと思う。バッハの音楽においては神が究極の聴き手であり、バッハの職人としての良心は、神に向けられていた。バッハはオルガンに向かうとき、また五線譜に向かうとき、理想的聴衆としての神の存在をどこかで考えて、気を引き締めていたのではないだろうか。 神が聴き手だということになれば、音楽は人間の耳を超えることができる。人間の耳にはとらえられぬ隠された意味を書き込んで、それを信仰のあかしにすることもできる。」

有名な楽曲「音楽の捧げもの」は君主に捧げたものだが、バッハの芸術はまさに神への「音楽の捧げもの」だったのである。この本のバッハの人生と時代背景の解説によって、作品の楽しみ方がぐっと深まった気がする。最終章「バッハを知る20曲」では各時代・各ジャンルから20曲が選ばれ、鑑賞のポイントとおすすめ演奏CDが紹介されている。バッハ入門におすすめである。

・バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番&第2番&第3番
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1000円と物凄くお買い得。

・カノン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-740.html小説「カノン」を読んでからまた個人的にバッハブームなのでした。

・バッハ インヴェンションとシンフォニア
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004158.html
仕事の休憩時間によく聴く

・とんかつの誕生―明治洋食事始め
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前にも書いたような気がするが、私はとんかつが大好物で、うまいといわれる店に食べに行くのが趣味だ。本屋で見かけてこりゃ読んでおかなきゃねと思って読んだら、お腹がすいて、その日は2食もとんかつになってしまった。

この本はとんかつの誕生というエポックメイキングを中心に、明治維新が日本人の食文化に与えた衝撃的な影響を丁寧に解説している。中盤までは明治維新がいかに料理維新であったかが語られる。とんかつの誕生の章は3分の2くらいのところでやっと出てくる。

天武天皇が675年にだした肉食禁止令以来、実に1200年間も日本人は一部の例外を除いて肉というものを口にしなかったそうだ。それが変わるのは、欧米諸国から開国を迫られ、近代化を余儀なくされた幕末のことだった。政府は西洋の肉食文化の輸入によって、日本人の体位の向上と体力的な劣等感の払拭を目指した。まずは明治天皇自ら肉食をデモンストレーションしてみせることから、洋食輸入がはじまる。

庶民は馴れない洋食を米飯にあうようにローカライズしていった。牛鍋(すき焼き)、あんパン、ライスカレー、コロッケといった現在の日本の洋食の原型がこの時期に生まれていく。しかし、それは簡単な道のりではなかった。先人たちの試行錯誤が紹介されている。

「『女鑑』(1904~05年〔明治37~38〕)にはカレーの味噌汁・牛乳入り汁粉・ハムの粕漬。刺身のマヨネーズかけ・マスタードつきのカバ焼き・牛乳入りのマグロぶつ切りが紹介されている。『紀伊毎日新聞』(1910年〔明治43〕)に、和歌山の宴会料理屋が、ハムの切り方がわからず、マグロの刺身のように分厚く切っている、と出ている。同じ頃の『婦人の友』には、牛肉吸物・牛肉酢味噌和え・牛肉飯・豚味噌汁・豚肉ぬた・豚肉刺身・豚肉茶巾絞り・豚肉飯・豚肉サラダがある。」

肉食解禁から60年の試行錯誤の時代を経過して、ようやく「とんかつ」が登場する厚いパン粉で厚切りの豚肉を揚げる調理法、生のキャベツの千切りをつけあわせにする工夫、ウスターソースの組み合わせも、欧米のカツレツにはない斬新な工夫であった。

「米飯は淡泊な味であり、さまざまな外国産の料理とも相性が良く、醤油や味噌の味付けにもなじみやすい。このような特色が、日本の食の多様性を可能にしたのだろう。」

米飯で食べるおいしさという方向性があったことで、日本ローカライズは成功を収める。かくして日本の洋食というジャンルが確立された。現在の日本人の食生活の約3割が洋食となっている。明治と比べて体位の向上も著しい。明治政府の料理維新は日本をまさに国家百年の計で大きく変えたのである。

とんかつとカレーライスはその偉業達成の象徴なのである。すばらしい。

で、最近、職場のある中目黒でうまいとんかつ屋をみつけた。一見すると古いビルの2F喫茶店風の内装で、大衆食堂のような雰囲気なのだが、味は一級のとんかつを出す。うまいので、値段はちょっと高めのメニューを頼もう(経験からすると1500円以下では本当にうまいとんかつは食べられない。)。塩で食べるロースがおすすめ。

・たい樹
http://www.tontei.com/taiju.html#menu

・歴史Web―日本史の重大事件がホームページになった!
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「なんと、二千年前からインターネットがあった!?」

この本には、このたび発見された弥生時代から江戸時代までの、200ページ以上のホームページが掲載されている。邪馬台国や鎌倉幕府のオフィシャルサイトや、縄文時代の個人サイト「私の土器コレクション」、清少納言のブログ、関ヶ原の戦いのスレ、武将の人気状況がグラフででる「戦国検索くん」、パスワード保護された「大奥」サイトなど、いかにもネットにありそうなデザイン。

重大事件ではいくつものページが掲載されていて流れがわかる。たとえば明智光秀の「十兵衛日記」は信長に対する不満たらたらのブログが、本能寺の変の当日には「接続が集中し、大変つながりにくい」状態になる。そしてその11日後には「管理者により削除」されている一方で、「秀吉のさるさる日記」には殿の仇を討ちとってやったりの報告が出ている。

予備校講師らが制作しているので、ジョークとはいえ細部も真面目に作り込まれている
。著名人のブログの外部リンク先だとか、バナー広告の中身、コメント書き込みなど、初見では見落としてしまうところで芸があって楽しい。2時間くらいで読んで読めたと思うなと著者が書いているように、こだわって作られている。

・「ちょwww豊臣」「義経サマ萌え」――ネットの住人目線で「歴史を身近に」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0802/15/news092.html
この本についての著者インタビュー記事。画面紹介もある。

大人が楽しく日本史のおさらいになる。受験生の息抜きにもよさそう。細かいツッコミに笑いながら、まじめな学習効果が期待できる本のように思う。

パロディとしての歴史サイトの書籍というコンセプトが愉快だ。本当にここに出ているようなWebを実際のインターネットに作っても、意外にはずしていた気がする。書籍でやるからユーモアが生きているんじゃないかな、これは。

・カラオケ化する世界
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こんなに凄いことになっていたのか、KARAOKEって。ロンドン大学の歴史科研究員が現代の世界各国のカラオケフィーバーぶりを、情熱的にフィールドワークしてまとめた比較文化論。日本ではすこし冷めた感じがあるカラオケだが、その熱狂は世界に確実に波及していた。

「歌に対する人類の夢を具現化した機械・カラオケは、その誕生から三十年を経ずして全世界に普及した。世の様々な文化流行を見ても、これほどの短期間に、これほど広範囲の普及を見たものは他に類を見ない」

韓国では「国技」と呼ばれるくらい国民の娯楽として浸透している。ビジネスコミュニケーションに必須の潤滑剤にもなっているらしい。タイやインドネシアではセックスを提供する「アダルトカラオケ」も繁盛している。シンガポールや台北、上海にはカラオケタクシーまで登場した。

アメリカではカントリーと融合して「カラオケカウボーイ」いるし、イギリスではパブ文化と融合してストレス発散の場として人気がある。ユニークな発達を遂げてしまった例もあって、スコットランドでは無音のポルノ映画にみんなで勝手に喘ぎ声や効果音をつける「ポルナオケ」だとか、ニューヨークのアングラ「全裸カラオケ」はびっくりだ。

英語教育にカラオケを取り入れた国も多い。五感身体をフルに使うから学習効果はありそうだ。仏教カラオケ「悟りの旅」「俗世の旅」「解脱」、キリスト教の「教会カラオケ」など宗教でもカラオケは積極的に使われている。

写真もたくさん使って各国カラオケ事情が語られている。発見再発見の連続だった。「カラオケは日本に発祥するものであるが、既に完全にグローバルなものとなっている。各国は今や既存の文化の中にカラオケを取り込んでいる。」と著者は結論している。

日本人はもっとカラオケの生みの親であることを誇りにしてよさそうだ。カラオケの発明は1970年代。日本人の井上大佑氏が発明者と言われている。特許をとっていれば毎年百億円以上の収入が見込めたという。特許がなかったから広まったのかもしれないが。

1960年代に音楽で世界を変えようとしたボブ・ディランより、本当に世界を大きく変えてしまった井上氏の方が音楽の世界において、すごいひとなのではないかと思った。ちゃんと歴史に残すべきである。

最終章ではインターネットや最新テクノロジーと融合したカラオケ革命がレポートされている。インターネットやケータイと連動するサービスが紹介されている。今後の展開として個人的に注目しているのはWiiカラオケだ。商用配信レベルの内容がWiiで可能になるとするとカラオケブーム再燃もあったりして。

・Wiiがカラオケに 「JOYSOUND Wii」来春登場
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/10/news068.html

・目をみはる伊藤若冲の『動植綵絵』
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江戸時代の画家 伊藤若沖(1716-1800)畢生の大作「動植綵絵」全30作品をカラー印刷で収録。全体図だけでなく、主要部分の拡大図も用意されているので、細部をじっくりと鑑賞できるのが素晴らしい。美術館でもこれだけ精細に間近では見られないだろう。

有名な「南天雄鶏図」に代表される鳥の絵が鬼気せまっている。ニワトリやオウムのくせに威厳にみちていて神々しい。かっと見開く鳥の目に見る者は威嚇される。まさに目をみはる絵だ。

若沖は自分の絵について「いまのいわゆる画というものは、すべて画を画いているだけであって、物を画いているものはどこにもない。しかも画くといっても、それは売るために画いているのであって、画いて画いて技を進歩させようと日々研鑽するひとに会ったためしがない。ここが私のひととちがっているところである。」と述べている。自分の目でみたものしか描かない。徹底的なリアリズムで対象に迫る。物と若冲が対峙するところに「神気」が生じると若冲のパトロン大典和尚は評している。

裕福な商家に生まれた若沖は、幼少のころから学ぶことが嫌いで、趣味もなく、およそ才能というものと無縁な子供と周囲には思われていた。ひとづきあいが下手で家業をまともに継ぐことができず、丹波の山奥に二年隠れていたという説もある。変人として生涯独身を通した。

絵は二十代後半に始め、狩野派に学ぶが中国絵画の模写や流派の真似ごとが嫌になる。自分の目で見たものを見たままに描くスタイルを確立するのは40を過ぎてからであった。屈折した性的願望を妖艶な美に昇華させたと多くの研究者が指摘しているように、内に貯め込んだ情念が噴き出しているように感じる。これは一種のアウトサイダーアートであるといえるのかもしれない。

この本は全作収録しているので発見もあった。動植綵絵30作には昆虫や魚介を描いた作品も含まれているのだが、若冲の描く昆虫や魚介は図鑑の挿絵風で標本みたいで覇気がない。今にも絵を抜け出て暴れまわらんとする迫力の鳥獣の作品に比べると格段に精彩を欠くのである。さらにいえば植物も太い線でワンパターンな印象がある。若冲は鳥にしか萌えなかったトリオタだったことがよくわかる。

動植綵絵は現在は宮内庁が所蔵している。昭和45年に京都御所で全30幅が風通しされ、それを見た外国人の若沖収集家プライスは男泣きに泣いたという話が紹介されていた。縮小印刷でも相当の迫力がある。実物大の動植綵絵に囲まれたら、普通の人間でも絶句して泣いてしまうかもしれないなと思う。

・綺想迷画大全
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005221.html

・怖い絵
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005184.html

・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html
モデルは若沖のような気がする小説

・アウトサイダー・アート
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-739.html

・アウトサイダー・アート
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先日こんな映画を観てきた。

・映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』公式サイト
http://henry-darger.com/

1973年シカゴで貧しく孤独な雑役夫ヘンリー・ダーガーが81歳で死んだ。「ダーガー」という発音が正しいのかさえ実はよくわからない。「ダージャー」かもしれなかった。ダーガーには身寄りがなく、普通の人づきあいというものもほとんどなかったから、そんな基本的なことさえ謎なのだ。ダーガーは何十年間も、仕事から帰ると自分の部屋に閉じこもって何かに取り組んでいたのだが、何をしているのかは誰も知る由もなかった。

ダーガーが病院でなくなる死の直前に、彼の部屋で発見されたのは15000ページに及ぶ自作の小説と、3メートルもある巨大絵画300枚であった。おそらくひとりの人間が書いた
最長の作品のタイトルは「非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコーアンジェリニアン戦争の嵐の物語」。彼は誰に見せるつもりでもなく、睡眠時間さえ削りながら、ただ黙々とこの作品を作り続けていたのだ。

その内容は、子供たちが奴隷にされている世界で支配者に立ち向かう7人の少女軍団が活躍する壮大な妄想ファンタジーであった。そこには自身の不幸な幼少期が重ねあわされている。奴隷はかつてのダーガー自身であったことは間違いないようだ。

巨大絵画はその挿絵である。ダーガーの描く少女たちにはペニスがついている。映画の解説によると、ダーガーは現実の世界で異性と関係することがなかったため、性知識がなかったから、という説が有力らしい。81歳まで無垢に、童貞を守った男だったのだ。登場人物の多くは中性的というか無性的な印象が強い。

絵画は雑誌や書籍の挿絵や写真を切り抜いたり、トレースしたり、コピーしたり、いわゆるコラージュの技法でつくられている。ダーガーは社会と接点を持たなかったが、メディアに写ったイメージの切れ端を寄せ集めて、自身の世界に再構築していた。現実世界とのズレが強烈な印象を与える。

社会的に孤立したダーガーのような変わり者や、自身が作りだしたカルト宗教の信者、精神病の患者、囚人や交霊術師など、専門的な美術教育を受けていない人々が内的衝動のままに作り出すアートが、アウトサイダーアートである。

この「アウトサイダーアート」には30作家140点もの、<外>に位置する作品がカラーで収録されている。ダーガーはこの中ではまだ常識的な表現者であるように思える。明らかに境界を越えてあちらへイってしまった作品ばかりである。

恐怖、歓喜、抑圧、憑依、狂気など、それぞれの強い衝動に駆り立てられて作り出される異端の美術作品群。何かにとらわれていることが明らかな絵を見ていると、中から手がすっと伸びてきて、こちらまでとらわれそうになる怖さがある。

伝統的な美術館に飾られる絵とは決定的に違う。これまでにない価値を創造するという点では、芸術家はみんなアウトサイダーだと言えるかもしれない?。いやいや、このアウトサイドぶりは、そんな普通の同心円の外側じゃないのである。時空を破って歪んでみえるような<外>なのである。

・ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
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愛の空間

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・愛の空間

・愛の空間

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大変面白い。日本独特の文化である「性行為専用空間」の歴史学。井上章一が10年がかりで書いた傑作。好事家もここまで極めると新学問の開祖といってもよさそう。

敗戦後の時期、皇居前広場は男女の屋外セックスの盛り場だったという衝撃の事実の解説から第一章が始まる。旅館やホテルが空襲で焼かれて性行為の屋内空間の確保が難しく、庶民にもお金がなかったために、当時の若い男女は夜になると皇居前広場で抱き合っていた。朝日新聞には「いっそ都がアベック専用の公園をつくって入場料をとれば、皇居前なども荒らされず、アベックも気がねなくてよかろう。」などという意見が記事になったそうである。

「待合」「蕎麦屋の二階」「円宿」「ラブホテル」など明治から現代までの性行為専用空間の変遷を、メディアの記録や文学の記述を丹念に追うことで検証していく。野山での開放的な交接スタイルから、閉じられた空間での愛の交歓へと移行していく。プロの売春婦たちと客の愛の空間と、素人の男女の愛の空間が互いに影響を及ぼし合いながら、途中に「家族風呂」「鏡張り」「SMルーム」「電動回転ベッド」のような隠微な技術や文化を発達させてきた。

そして西洋のお城風のゴージャスな外観やメルヘン調のラブホテルが登場する。メディアは盛んに新しいホテルの意匠を取りあげた。一方でシティホテルも男女が愛をかわす場として利用されるようになる。戦後の経済発展に伴い、日本人の性愛空間はどんどん進化していった。「性行為専用の空間をもち独特の趣向をこらすのは、日本のみに見られる現象である。われわれが屋内を好み、その意匠にこだわるのはなぜだろうか」。

答えを出すのは簡単ではない。遊郭以来のプロの娼婦たち、素人の男女、メディア、空間を提供する経営者たち、警察といった人々の相互作用を通史的にひも解いて、作者は「場所にこだわった性愛の歴史」を提示してみせる。実に濃厚濃密な内容。

・性の用語集
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004793.html

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005182.html

・ヒトはなぜするのか WHY WE DO IT : Rethinking Sex and the Selfish Gene
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003360.html

・夜這いの民俗学・性愛編
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002358.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・武士道とエロス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004599.html

・男女交際進化論「情交」か「肉交」か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004393.html