赤い人

| | トラックバック(0)

・赤い人
5186909849_9314bacf07_o.jpg

最近はまっている作家 吉村昭。これも得意のドキュメンタリ小説。

明治14年、北海道の石狩川上流の未開の地に、重罪人や政治犯を収容する大規模な集治監(現在の刑務所)の設置を政府が決定した。そこは冬期は積雪で町との交通が閉ざされる極寒の地。建設には40名の屈強な囚人が選ばれて、到着まで何も知らされないまま、過酷な現場に投入された。

自らを監禁する牢屋の建設を命がけでやらされる囚人たち。人権を無視した厳しい労働と規則。満足な食料も衣服も与えられず、冬期になると極寒による凍傷で手足をなくすもの、栄養不足で死ぬものが続出する。当然のことながら、囚人たちは殺気立ち、看守を殺傷したり、脱獄を試みるものも現われる。

当時の囚人に人権などなかった。不可能な逃亡の末に捕まれば、厳しい制裁が加えられ、その後も鉄の重りを足につけられた。抵抗すればその場で切り刻まれて、晒しものにされた。実は看守たちも必死であった。凶暴な囚人に狙われている上に、少しでもミスがあれば厳罰が課されるルールで統制されていたのだ。

囚人と看守の感情的な対立の深さは社会的背景にもあった。政治犯の多くは明治維新で幕府側についた藩士たちだった。一方、若い看守たちは新政府に登用された勝ち組の藩の下士出身であった。隔離された閉鎖空間で、彼らの残酷な仕打ちと報復が繰り返された。

そして多くの犠牲者を出しながら囚人たちは集治監を建設する。この小説は、集治監の建設(1881)から、その廃止(1919)に至るまでの38年間までを、刑務官側と囚人側の代表的な人物たちのエピソードを軸に語る。

囚人たちは逃亡時に目立つように赤い服を着せられていた。だから「赤い人」。淡々とした記述で恐ろしい事実が書かれている囚人残酷物語と、外の世界では着々と近代化がすすめられていましたという歴史背景の説明が同時進行する。面白い。

・羆嵐
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/10/post-1313.html
・高熱隧道
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/12/post-678.html
吉村昭のドキュメンタリと言えばこれもすごい。

Clip to Evernote

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 赤い人

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.ringolab.com/mt/mt-tb.cgi/3048

このブログ記事について

このページは、daiyaが2010年11月18日 23:59に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「恥辱」です。

次のブログ記事は「PCでラジオを録音 Logitec USB対応 FM/AMラジオチューナー Windows用 LRT-FMAM200UW」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.1