誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる

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・誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる
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原題はGetting To Maybe。「かもしれない」可能性の未来に向かう社会起業家の研究書である。多数の社会起業家の成功と失敗を複雑系や創発の理論的アプローチによって精密に分析していく。世界を変革するソーシャルイノベーションの成功の鍵とはいったい何なのか。

著者はまず人間の直面する課題を以下の3つのレベルに分類する。

1 単純(simple) ケーキを焼く
2 煩雑(complicated) 月にロケットを送る
3 複雑(complex) 子供を育てる

単純な問題はレシピが存在してそれを守れば必ず成功する。煩雑な問題は多様な分野の高度な専門知識が必要だが計画が正しいならば結果の確実性は高い。これに対して複雑な問題は厳密な計画は部分的にしか役に立たず結果の不確実性も高い。前回の成功が次回の成功を保証するものでもない。この問題は部分と全体を切り離して考えることができない。
そして、社会起業家達の挑戦は3つめの複雑な問題である。本質的に「かもしれない」に情熱的に立ち向かう人の問題なのである。社会的変革には次の3つのフェイズがあると著者は述べている。

1 初期の力と資源はコミュニティの「つながり」の中に見つかる
2 コミュニティは社会運動になり「衝突」のドアを開く
3 改革側と体制側の「協力」が資源分配に抜本的変化を起こす

人や体制を変革するのではなくて、人々の関係性を変えていくことで変革を実現するプロセスなのだ。人間の社会的関係性は複雑系だ。だから、フィクションのロマンチックな解釈と違って、現実世界では、一人の偉大な英雄が大きな社会変革を引き起こすわけではない。どちらかというと彼らは変化のきっかけであるに過ぎない。そして変革が始まってからはその流れを強化する一要素になる。彼ら自身もまた変化の波の影響を受けて変容していく。

「複雑系の理論で考えれば、成功の理由は彼らが馬にまたがる将軍のように部隊を率いたことよりも、彼らの行動が新たな相互作用のパターンを示し、それを誘発したことにある。要するに、彼らは「ストレンジ・アトラクタ」をつくりだし、強化もしたわけだ。」

社会起業家は変革の大波がいつ訪れるかを見極めなければならない。その大波が形成される下地を、著者は、社会学者デュルケームの「集合的沸騰」と社会心理学者チクセントミハイの「フロー体験」(人々が何かに夢中になること)の概念を借りて説明している。

集合的沸騰とは人間同士の相互作用から生まれる興奮状態で「全員が同じ考えや同じ感情を共有する状況で、人が集合し、互いに直接的な交渉をもつときにもっとも激しくなる。」。つまりローカルセンサーの感度が高いときに生じやすいものだ。局所的なコミュニケーションによる共鳴は集合的沸騰を引き起こす。人々がフロー状態の中で自己組織化のパターンを描くようになる。

「変化が確固たるものになるには、あるいは、本物のイノベーションに必要なティッピングポイントに向かう勢いがつくには、社会的なフローが必要だ。フロー、つまり集合的沸騰が起きるとき、不可能がほんとうに可能になるように見える。社会起業家はこのフローをつくることはできない。ワゴナーの詩のアドバイス「それがおまえを見つけるのにまかせよ」に従わねばならない。」

著者の結論によれば、成功する社会起業家とは変革のドアを作る人ではない。それを見つけるのが得意であると同時にドアを信じる人である。そして変革の波に自身をみつけてもらう人でもあるのだ。

多くの社会的問題解決のスタート地点では、障害と不確実性に阻まれて見通しの良い計画を立てることができない。何から手をつけたらよいのか皆目見当もつかないような状態でも、「かもしれない」を信じて情熱的に行動する人が成功する社会的起業家になるということだ。

著者はこんなことを書いている。

「複雑系の研究者は、単純な因果関係のモデルよりも複雑系のほうが実社会のダイナミクスを描くのに適していると考えているが、人間の力の可能性を軽視、いや無視する傾向がある。」

本書の中でこの一節が強く印象に残った。分析可能な事例を分析しているだけの学者の理屈を、前例のない現実でぶち破るのが起業家なのだから、「人間の力」というのは常に研究からはこぼれおちてしまう傾向があるのだろう。学術的研究よりも、優れた伝記や小説のほうが、偉大なリーダーの仕事の本質が理解できた気になるのは、そういった意味では正しい感覚なのかもしれないと思う。

・フロー体験 喜びの現象学
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/04/post-367.html

楽しみの社会学
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004302.html

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このページは、daiyaが2008年9月 1日 23:59に書いたブログ記事です。

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