Books-Brain: 2007年6月アーカイブ

・超人類へ! バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会
51F4BMXQFFL__AA240_.jpg

とても素晴らしい先端科学ガイド。

遺伝子操作による身体能力や精神の改造、インプラント(体内埋め込み)による心身の能力拡張、脳とコンピュータの融合によるテレパシー通信の実現など禁断のテクノロジー領域に迫る。テクノロジーが人類という種を超人類に進化させる可能性を、最新の先端科学の成果で検証し、未来への展望を探る。

内容はかなり衝撃的である。特に脳とコンピュータの接続は実験レベルでは成功例が次々にでてくる。

脳に電極を埋め込んだ四肢麻痺患者ジョニー・レイは、猛訓練に取り組んだ。電極は機能していない左腕の神経に接続され、出力は無線経由でコンピュータに送られる。これは動かない左腕を動かそうと意識すれば、コンピュータを操作できるシステムだ。

「ただし、カーソルを動かす訓練は生半可なものではなかった。いつでも思った方向に移動してくれるとは限らないのだ。うまく制御しようとするのは、腕の動かし方を一から学習し直すようなもので、思考錯誤の積み重ね、とてつもなく骨の折れる作業だった。しかし、レイは少しずつコツをつかんでいった。数ヵ月後には、文字やアイコンを選んでクリックして名前や文章をタイプし、「I'm Hungry(腹がすいた)」などと伝えることができるまでになっていた。それだけではない。腕を動かそうと考えるのをやめた、と言うのだ。文字やアイコンに集中するだけで、何かを介することなしにカーソルを動かせるようになっていたのだ。ある意味、コンピュータがレイの一部になったと言える。」

心に思い浮かべたことが直接デジタルのイメージに変換されている。盲目の患者が視神経に直接信号を送ることでイメージを投影し、車を運転できるようになった例もある。強化された視覚では、肉眼では見えない赤外線やX線が見えるようになり、デジタルズームも可能になるという。

思考や視覚を脳から直接キャッチできるのだから、これを他者の脳へ直接送ることも考えられる。「次のステップは、私たちの生物学的な脳の統合である。今や、心のなかの考えや経験を解き放ってたがいに共有し合い、それらを紡ぎあげてワールド・ワイド・マインドをつくり上げていくべきときなのだ。」

脳とコンピュータの接続によって、人類は記憶を拡張し、認識力を強化することができる。さらに自身の信念や感情を、電気刺激で自ら制御してしまうことも可能らしい。感情のコントロール技術はうつ病の治療で効果を上げた例が報告されている。

「これらの知見を足がかりとして二、三〇年のうちには新しい薬が開発され、人間の行動に関するいろいろな面、たとえば熱愛、カップルの絆、共感、食欲、宗教心、スリル探究、性的興奮などをつくり出したりできるようになるかもしれない。性的指向までも自由に変えられるかもしれない。もしも脳に対する遺伝子治療が可能になったときには、性格を永久にあるいは半永久に変えるという選択もできるだろう。」

この他に、遺伝子治療による寿命の延長と老化の阻止技術、身体能力やIQの強化などの、超人類実現のための技術の現状が冷静に語られる。グレッグ・イーガンのSF作品そっくりの近未来を著者は、現在位置から展望しているのである。著者は、そうした未来に対して危うさよりも、明るい世界観を見出している。

(たとえば脳が相互に接続され、考えていること、感じていることが、互いに手に取るようにわかる男女の恋愛、セックスは、素晴らしいものになるだろうと著者は書いているが、いやはや、それはどうなのであろうか。愛しているから言わないこともあっていいんじゃないのかとか思ったりするわけだが(笑)。)

著者はマイクロソフトでインターネットエクスプローラとアウトルックを開発した技術者でもある。技術を使う人を意識して科学の未来像を描いているなあと感動した。科学読み物として第一級である。脳科学、先端領域に関心がある人には自信を持ってお勧めしたい本だ。