Books-Fiction: 2008年9月アーカイブ

蛇にピアス

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・蛇にピアス
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「スプリット・タンって知ってる?」
「何?それ。分かれた舌って事?」
「そうそう。蛇とトカゲみたいな舌。人間も、ああいう舌になれるんだよ」
 男はおもむろにくわえていたタバコを手に取り、べろっと舌を出した。彼の舌は本当に蛇の舌のように先が二つに割れていた。私がその舌に見とれていると、彼は右の舌だけ器用に持ち上げて、二股の舌の間にタバコをはさんだ。

9月20日から蜷川幸雄監督による映画(R15指定)が公開されている。原作は第130回芥川賞(綿矢りさと共に話題になった)、すばる文学賞ダブル受賞作品。芥川賞というと淡々とした短編が多い印象があるのだが、この作品は最初から最後まで官能と暴力の刺激に満ちている。推理ミステリ要素もあったりで難しいことを考えずに楽しめる作品。

スプリットタンを施し、腕には刺青を入れ、髪を赤く染めた恋人のアマ。表情がわからないくらい顔中にピアスをした専門ショップ経営者のシバ、そして、身体改造にあこがれる主人公の女性ルイ。アマの友人シバの手でルイの身体改造が進むのにあわせて、3人の微妙な関係が緊張感を孕んでいく。

身体改造者の生態や心理の描写がリアル。彼らは喪失感を埋め合わせるために、身体改造によって、自己の存在に意味を与えようとする。傷や痛みで生を確認しようとする。世間から排除される印を自らに刻むことで、排除される者という自己のアイデンティティを確保しようとしているように思える。

身体改造の情報はインターネットにもいっぱいある。この種の情報流通はまさにネット向きだったのだろう。身体改造者が書いたブログやコミュニティも多く見つかる。興味を持つ人や、やっている人の数は増えているのかもしれない。

刺青や割礼、纏足や首輪など、人類の長い歴史の中では身体改造はかなり普遍的なものだ。それを施していないと、一人前の成員になれない社会も多くあった。身体改造をやっていない人のほうがヘンだった時代の方が長いくらいだろう。ヘンと普通は逆転したが、排除の現場にギリギリのドラマが生まれる構造も普遍的といえそう。

・BME
http://www.bmezine.com/
Wikipedia「身体改造」から「 - 世界最大級の身体改造サイト。」として紹介されているサイト。あらゆる身体改造について、情報と写真が投稿されている。


映画は予告編だけ見たが原作に忠実につくられていそうでとても期待である。

・映画 蛇にピアス 公式サイト
http://hebi.gyao.jp/

ロード

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・ザ・ロード
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現代アメリカ文学の巨匠コーマック・マッカーシーが描いたSF文学。ニューヨークタイムズのベストセラーリストに30週以上ランクインし170万部のセールスを記録したピュリッツアー賞受賞作品。

世界は終わろうとしている。地上のあらゆるものが焼き尽くされ灰をかぶっている。空は分厚い雲に覆われ、雪を降らす。気温は下がり続けている。植物は枯れ果てた。人類の多くは何年も前に死に絶えたが、生き残ったものたちは飢え、残り少ない食糧を争って、殺し合っている。

「少年はなかなか眠らなかった。しばらくして身体の向きを変え父親を見た。かすかな明かりに照らされた父親は雨で顔に黒い筋がつきまるで古い世界の悲劇役者のようだった。一つ訊いていい?と少年はいった。

ああ。いいよ。
ぼくたち死ぬの?
いつかはな。今はまだだ。
やっぱり南へ行くんだよね。
そうだ。」

父と幼い息子はこの絶望的な状況に出口を求めて、遠い南の海を目指す。荷物を積んだショッピングカートを押しながら、二人は破滅していく世界を歩き続ける。略奪者たちの影に怯えながら、食糧確保と安全な寝場所の確保が課題の日々。父は息子を自分の命に代えても守り通そうと決意する。

ここは極限的な性悪説の世界だ。万人が原初的な闘争状態にある。他者を見たら、奪われる、殺されると思わないと、生きてはいけない。温情は禁物である。他人に何かを与えればそれだけ自分の生きるリソースが目に見えて減るのだ。誰も人を信じることが出来ない。

世界の破滅以降に生まれた息子にとって、父だけが唯一の信じられる人間だ。父は苦難の旅のなかで、かつて存在した世界の様子を教え、息子の心に希望の火を点そうと努力する。

パニックSFの緊張感と文学的な深さを兼ね備えた傑作である。映画化が決定している。映画史に残るような、究極のロードムービーになるかもしれない。

宿屋めぐり

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・宿屋めぐり
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これは今年の読書ベスト3には入るだろう。飛びぬけて面白い。

主人公は江戸時代の街道のような場所を転々と流れていく旅人である。「主の大刀」を大権現様に奉納しにいくという大義名分がある旅なのだけれど、目的達成への道はまったく一筋縄にいかない。ゆく先々でしばしば喧嘩や盗難に巻き込まれたり、女や金の誘惑に負けて長逗留しているうちに、怠惰で無計画が災いして主人公をめぐる状況が破たんする。逃げるように次の場所へ次の場所へと移動していく宿屋めぐりだ。

主人公はある事件で意識が飛んでしまって以来、自分がいる世界は偽の世界だと思っている。主がいらっしゃる世界こそ真の世界であり、自分の本来いるべき世界はここじゃないのだと信じている。だから、なにもかもがうまく行かないのも、これが偽の世界だからであって、本当の俺の実力はこんなもんじゃないんだ、今の俺は仮の姿なんだと心の中で叫んでいる。

主人公がいる世界は辻褄があわないことだらけの異世界だ。超常現象みたいなことが年中起きる。実際そこは異次元なのかもしれない、あるいは、主人公の頭がおかしいのかもしれない。読めば読むほどに何が現実なのかよくわからなくなっていく。同じ町田の大傑作「告白」と同様に主人公のとめどない思考をそのまま文章化している。脈絡のない細部の記述が、例によってパンクなルサンチマン(世の中に対する恨みつらみ)に満ちた町田節炸裂だ。文体の魅力でぐいぐい牽引する。長大な物語も結構すらすらと読み進められる。

物語の構造は複雑で簡単には説明できない。文学部の研究対象になりそうなくらい話は込み入っている。しかし、読み終わってみると、いくつものメッセージが明確に、強烈に伝わってくるのがすごいのだ。いやここはメッセージという言葉よりクオリアという言葉を使ったほうがいいのかもしれない。読者の心の中に言葉にできないものがしっかりと残される。

だから、私のこの本の感想は「なんだかよくわからないがすごくよくわかった。」というものだ。極上の小説にしか達成できないことだと思う。宿屋めぐりとは人生のクオリアを解き放ったアート作品。大傑作、まず読みましょう。

・告白
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/10/post-474.html

・フォトグラフール - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-745.html

・土間の四十八滝 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-733.html

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