Books-Creativity: 2008年7月アーカイブ

・自家製 文章読本
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井上ひさしがこの本に書いたのは小手先の文章術でもなく精神論でもない。いったい文章とは何か、書き手は何をすべきなのか、そして言語の目的とは何なのか、という本質的な問題に対する答えを求めた。

三島由紀夫、川端康成、谷崎潤一郎、丸谷才一らの文章読本がしばしば批判的に引用される。そこに書かれた

・話すように書くのがよい
・透明な文章が理想とする考え方
・接続語で流れるような文章を書くとよい
・オノマトペは使うべきではない
・文末をバリエーション豊かにせよ

などという旧世代の文章読本が良しとした文章術に対し反論を加える。事例と根拠を明快に示して斬っていくのが心地よい。

井上ひさしは比喩を殊更に重視している。文の中で比喩が出ると読者の脳は一瞬ぎょっとする。謎が解けると快く感じる。文章が意識され味わいがでる瞬間だ。それこそ表現のための文章づくりに一番重要なことだというのである。

「とりわけ大事なことは、受け手は瞬時でも立ち止まるたびに言葉や文章を実感するということで、文章とは第一に言語の特別な使用である以上、これは当然すぎるほど当然だろう。「餅のような肌」ではだれも立ち止まらない。使い古された紋切り型だから透明すぎてだれひとり意にもとめないのである。だが「白い陶器に薄紅を刷いたような」(『雪国』)となると話は逆になる。これは新しくて、よい比喩だ。」

ビジネス文書や広告のような伝達のための文章は、簡潔にして透明なものが好まれる。高度な比喩は少なく接続語でスムーズへ前へ流す機能優先の文体だ。しかし、小説や戯曲のような表現の文章の名文は、ただ伝達するのではなく、読者の共感や想像力を強烈に喚起させるものでなくてはならない。読者の長期記憶を揺さぶるために比喩は強い武器になる。

「すなわち小説は「読者」という名の「同時代に生きる仲間達に向かって書かれるべきものである。<中略>つまり仲間達=読者たちは、内部にある名付けられない言葉、形をなしていない半物語をかかえて暮らしているのだが、そのもやもやに名を与え、その半物語に形を与えるのが作家の仕事である。当然作家の使用する言葉も読者たちの言葉でなければならないが、これらの仕事に成功した作家は自然に「時代様式まで高められた文体」(=共同体の実感)を持つ。」

算数の問題文、回覧板や法律文、商業文、記事や社説、随筆、小説や戯曲、そして詩。世の中には多種多様な文があるが、およそ、その順序で書くのが難しくなるという。

「使われる比喩の量と文章を書くことのむずかしさとが正比例するからである。つまりその文章が世の中の中心から外れれば外れるほど、個体的、個人的なものになればなるほど、比喩の量が増えて行き、その分だけ文章を書くことが骨になるのである。これまでにも何回となく触れたことだけれど、個人的な文章の主務は、それぞれの心の生活のなかにある「なんだかぼんやりしたもの」、そして「ぼんやりしてはいるが自分にとってのっぴきならないほど重大なこと」に形を与えるというところにある。その内的経験は個人的なものであるだけに世の中の中心からは遙かに遠い。その距離を瞬時のうちに埋めるのが比喩である。」

比喩に関する考察の部分のみ抜粋してみたが、これだけでも井上ひさしの文章論の総合性と厚みが明らかではないだろうか。文章論を超えて文化論というレベルに達している。古今東西の名文が実に的確に引用されていて、著者の背景の読書量と知識量を思うと圧倒される。

「生命おどって書いたものにのみ、文体がある。」、「鍛えあげられた短文、文章の中心思想こそ、文章の燃料にほかならない」、「文章を綴ることで、わたしたちは歴史に参加するのである」。この文章読本は、こうした極意に至るまでの説明のプロセス自体がが読み物としても完成度が高いから、なおさら説得力が増す。

伝達の実用文章術ではなく、表現の芸術としての文章術を知りたい人向けの名著。

・文章のみがき方 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-737.html

・自己プレゼンの文章術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004915.html

・日本語の作文技術 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/10/post-641.html

・魂の文章術―書くことから始めよう - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/05/post-564.html

・「バカ売れ」キャッチコピーが面白いほど書ける本
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004702.html

・「書ける人」になるブログ文章教室
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004805.html

・スラスラ書ける!ビジネス文書
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004499.html

・全米NO.1のセールス・ライターが教える 10倍売る人の文章術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004488.html

・相手に伝わる日本語を書く技術
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・大人のための文章教室
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002489.html

・40字要約で仕事はどんどんうまくいく―1日15分で身につく習慣術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002286.html

・分かりやすい文章の技術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001598.html

・人の心を動かす文章術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001400.html

・人生の物語を書きたいあなたへ ?回想記・エッセイのための創作教室
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001383.html

・書きあぐねている人のための小説入門
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001082.html

・大人のための文章法
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000957.html

・伝わる・揺さぶる!文章を書く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002952.html

・頭の良くなる「短い、短い」文章術―あなたの文章が「劇的に」変わる!
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003740.html

・真実の言葉はいつも短い
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劇作家、演出家の鴻上尚史が20代~30代半ばに本に書いた文章を、自選で編んだ傑作エッセイ集。若い世代に読ませるためにまとめたようだ。テーマは主に表現論、演劇論、恋愛論、人生論。

最初になぜ鴻上は演劇を志したのか、どうやって劇作家や演出家になったのか、そのとき何を考えていたか、が赤裸々に語られる。

「トレーナーのエリの部分を頭の上まで引っ張り上げて、『ジャミラ!』と言い切った新人には、柿のタネが飛びました。よせばいいのに、そいつは、そのまま、『スピードスケート選手!とだめ押ししました。『ほっかほっか亭』の唐揚げが飛びました。唐揚げは、当たると痛いのです。 つまりは、表現するとは傷つくことで、下手でもとにかく、傷つかないと始まらなくて、それを、無傷なまますごそうとする人間たちには、地獄の観客達は容赦なかったのです。」

第1章「演劇なんぞというものを」、若き鴻上が入部した早稲田大学演劇研究会での、青春の一コマ。打ち上げ飲み会では前にステージが作られて全員が個人芸を強制される。つまらない芸には無視や冷たい仕打ちが待っていて、覚悟がない新人は泣いて部を去っていく。本当にうまいものには熱烈な拍手と喝采が起きる。

「そういうメンバーとつきあうことは、道楽を追求するひとつの近道なのです。もちろん、そういうメンバーと出会うのは、簡単ではありません。ですが、志さえ高く持っていれば、そしてちゃんと傷ついていれば、必ず出会うのです。」

いかにもワセダ的メンバーにもまれながら鴻上は授業をさぼって演劇にはまる。一部員から仲間を集めての劇団の設立、劇団仲間の死、それを乗り越えて夢に向かう覚悟。ユーモア感覚たっぷりの軽妙なエッセイだが背後にきちんと後進へのメッセージが込められている。

「舞台とは、大海原を何ヶ月も漂流しながら、仲間の人肉を食らうことで生き延びられた最後の一人が、緑の大陸の渚にうちあげられた時、気を失いながらもしがみついていたイカダのことである。その材木でできた四角い平面こそ、私の求める舞台そのものなのだ。」(「ジョジョ・マッコイ」、謎の演劇者の言葉を借りて)

特にこれにしびれた。その舞台はすべての表現者にとっての舞台なんだと思う。

いい戯曲を書くには?テーマがみつからない?

「あなたが、「ま、いいか」とか「しょーがないの」とか「これが人生っていうやつよ」とかの言葉を使わない限り、テーマは山ほどあります。」

演劇に限らずこれから表現者を志す人におすすめ。それからワセダ的な場所で留年や休学を繰り返しちゃっているような停滞中の大学生に特におすすめ。鴻上の言葉にブレイクスルーがみつかるかもしれないと思う。