Books-Science: 2007年1月アーカイブ

・図説 50年後の日本―たとえば「空中を飛ぶクルマ」が実現!
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東京大学と野村證券の共同研究として、50年後の未来について考える「未来プロデュースプロジェクト」の研究成果。15人の東京大学の各分野の研究者が、産業・生活・世界の3つのグループで討論した結果をわかりやすくまとめたもの。現在の科学技術の延長ではなく、ブレークスルーが起きることを前提として自由発想で未来を描いている。未来の予想の内容をあいまいにぼかさず、「2055年には「エアーカー」という今までの自動車とは異なる新しい車が生まれ、街中を走りまわります」みたいに言い切る潔さがかっこいい本。科学的根拠だけでなく、こんな形のものがあったらいい、社会にとってこういったものを築きあげる必要がある、という視点が予測の基本姿勢にある。

私が気になって付箋を挟んだ項目をリスト化してみた。

・地震の揺れを吸収する「考える土」
・服を入れるとクリーニングするタンス
・東京ー大阪間を30分でむすぶ超電導磁気式リニアモーターカー
・自家製ゴミ発電
・今日の体調に最適化する家庭用サプリメント製造機
・自分にぴったりのテーラーメイド美容液
・量子コンピュータ
・軌道エレベータで宇宙へ

科学技術の未来といえば宇宙開発が私は最初にイメージするのだけれど、地上3万6千キロの軌道までのエレベータをつくり6時間をかけて宇宙へ移動する軌道エレベータが構想されている。NASA出身の研究者達が設立したLiftport Groupでは一般投資家から投資を集めて、ちょっと気の長いカウントダウンまで始めている。

・Liftport Group Home
http://www.liftport.com/
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軌道エレベータのロードマップ

・LiftPort Group、さらなる宇宙エレベーターの開発テストに成功 (MYCOMジャーナル)
http://journal.mycom.co.jp/news/2006/02/22/364.html

コンピュータの進化では量子コンピュータ、ナノサイズの3次元トランジスタなどが実現されるという。バイオ分野では、イノベーションが人間の生命や健康に大きな変化をもたらす。

仕事柄、普段、パソコンの中でどんな新しいことができるか仮想技術ばかりを考えているのだが、この本に取り上げられた多くは現実世界を大きく変える技術が多い。発想を広げるデータブックとしてとても参考になった。

・情報時代の見えないヒーロー[ノーバート・ウィーナー伝]
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「サイバースペース」「サイバー社会」「サイボーグ」の語源であるサイバネティックスの創始者ノーバート・ウィーナーのよみごたえのある伝記。知能早熟に生まれ14歳でハーバード大学に入学した天才少年は、MITの教授になり、情報理論の大家となる。だが、若い頃から奇行が目立ち孤立しがちであった。それに加えて戦争に研究成果が利用されることに強く反対し政治的な発言を繰り返したため政府の危険人物リストに載っていた時期もあった。後年は高名だが孤独であった。革命的な業績を残したにも関わらず、正当な評価を受けていない「見えない」ヒーローの一人である。

ウィーナーは10歳の頃に「無知の理論」という哲学論文を書いている。人間の知識は相対的で、すべて近似にのみ基づいているもので、不完全であるという内容だった。この相対主義的な考え方は、後年のウィーナーの研究にも影を落としているなと思った。サイバネティックスの中心的な概念である、負のフィードバックによる制御モデルも、系が不完全であるということが重要な前提となっている。ウィーナーは生まれ変わりを信じていたそうだが、これも循環因果論的な考え方を突き詰めるとそういう人生観になるのだろう。信念の人であった。

情報論の基礎を築いた論文としては、ウィーナーの弟子のシャノンの通信理論が有名である。シャノンは通信チャンネルを流れるビットの量が情報量だと定義したが、もともとシャノンはウィーナーの情報論にかなり影響されていたらしい。ウィーナーはシャノンより大きなビジョンを持っていたと認めている。

「シャノンは自分の研究に制限をかけて、理論の自分が進めた部分を、ある特定の純然たる技術的なところに限ったことを、あらためて認めた。ウィーナーによるサイバネティックスの使命と展望の特徴となる、大きな哲学的希求と、社会的関連ぬきの部分だった。「理論はビットをこちらからあちらへ移すことだけに関係する」とシャノンは繰り返した。「それが理論のコミュニケーションの部分で、通信工学者がしようとしていたことだ。意味を付与する対象となる情報はその次で、それは一歩先のことで、それは技術者の関心の対象ではない。そういう話は面白いんだけどね。」」

そのまさに面白い部分がいまWeb2.0の世界では注目されているのだと思う。

「ウィーナーの見方では、情報は、意味があろうとなかろうと、伝えるべきビットの列、つまり信号の連なりにとどまるものではなく、系における組織化の程度の尺度だった。」
ネットという系でもデータ量の増大によってエントロピーは増大している。その一方でタグや関連リンクの付与、ブックマーク数のランキングなど、人間がデータに意味を与えて組織化していく動きがある。データに間違いがあれば訂正や批判や無関心によって、修正が行われている。こうしたWeb2.0的コミュニティのあり方は、サイバネティックスの発想にとても近いものではないかと思う。

ウィーナーはサイバネティックス理論において、アナログで連続的な相互作用に注目していた。目的論を指向した時期もあった。これはデジタルの離散的で相互作用中心の情報論に対して、いま一度、古くて新しい革新をもたらすのではないか、と私は考える。Web時代の再評価として時機をとらえた和訳の出版に拍手。