Books-Sociology: 2009年4月アーカイブ

・ルポ 貧困大国アメリカ
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新書大賞2009の第1位受賞作。多くの読者のアメリカを見る目が変わる、だろう。

「アメリカ国勢調査局の2006年度における貧困の定義は、四人家族で世帯年収が二万ドル(220万円)以下の世帯を指し、その家庭の子どもを「貧困児童」とする。同局が発表したデータ(U.S. Sensus Bureau 2005)によると、2005年度のアメリカ国内貧困率は12.6%、うち十八歳以下の貧困児童率は17.6%(約六人に一人)で、2000年から2005年の間に11%上昇した。これは五年間で新たに130万人の貧困児童が増えた計算になる。」

米国では2005年時点で国民の12%が飢餓状態を経験している。貧困層は低賃金で不安定な雇用につきながら、無料給食プログラムのフードスタンプで食いつなぐ。高額の医療費も彼らを苦しめる。たとえばニューヨークで盲腸で1日入院すると243万円も医療費がかかるという事実に驚かされる。貧困の顔が見える取材ルポからは、この国ではお金がないと生き残るだけで大変な悲惨な国であることが見えてくる。

若者達は大卒の学位を得て貧困から脱したいと願うが、軍はそうした高校生を奨学金や医療保険を餌にリクルーティングして戦争へ派遣する。巨大な民間軍需産業は貧困層を戦地へ「派遣のお仕事」に送ることで莫大な利益を得ている。貧困層搾取で吸い上げられたマネーは一層の格差拡大につながる体制の強化につながっていく。

「教育」「いのち」「暮らし」という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が「民営化」され、市場の論理で回されるようになった時、はたしてそれは「国家」と呼べるのか?」と著者は問う。

アメリカが絶望的なのはこのシステムの底に誰かの悪意があるというわけではないことである。レッセフェールで市場原理に未来を任せた当然の帰結として、こうなってしまったのだ。誰かや何かを打倒すれば解決するというのではないから根が深い。

この新書を一冊読むとアメリカの抱える問題の全体像が把握できる。貧困、サブプライム、肥満、カード地獄、医療、教育、民営化、学歴社会、民間軍需産業、個人情報、戦争など、ばらばらに語られることが多いアメリカのキーワードが、一つの世界観につながっていく。アメリカの凋落はまだ序の口で、これからが危ないのではないかと心配になる。

・アメリカ下層教育現場
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/02/post-923.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・ルート66をゆく アメリカの「保守を訪ねて」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004412.html

・エンジェルス・イン・アメリカ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004715.html

・アメリカ 最強のエリート教育
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002864.html

・現代アメリカのキーワード
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/10/post-464.html

・ナンパを科学する ヒトのふたつの性戦略
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進化心理学の研究書。頻繁にナンパされる女性は何が違うのか。異性にモテるとは科学的にはどういうことか。心理学や行動科学の実験で解き明かす。ちょっと女顔の男性がモテる、ひっかけられやすい歩き方、セックス頻度を決める要素、異性の10秒の動作で決まる性的印象、ヒモ男性の戦略など、興味深いデータがいっぱいある。

街角でのナンパのフィールド調査や、密室に何も知らない男女二人を残して去った後の様子を観察する「待合室状況での出会い実験」など多くの研究が引用され、非言語的求愛シグナルをあやつる主導権は女性にあるということが実験によって明らかにされる。

ナンパをアプローチするのは男性からのようにみえるが、すべての女性がナンパをされるわけではない。一部の女性に偏る。女性の持つ何らかの要素が男性のナンパを誘発していると理解できる。だがそれは美人だとか露出度が高いとか色目を使っているというような「女性にスキがある」からという見方は因子分析で否定される。

鍵は女性のセルフモニタリングの高さとテストステロンの濃度にあるという。セルフモニタリングの高さとは対人状況における感情表出の制御の度合いのこと。この度合いが高い人は意識的に自分を飾って見せようとする。そうした性質は短期的配偶戦略をとる際に有利に働く。

これには女性の体内のテストステロン(男性ホルモン)の量が関係しているという分析がある。同一の女性でも時期によって配偶戦略が変化する。これも性ホルモンの影響だ。異性のパートナー探し市場における女性の支配戦略としては「良い遺伝子」を求める戦略と「良い父親」を求める戦略の二つがあると説明される。

「妊娠しにくい普段の時期には性質のよい男性を手元に置いて保護や資源の提供を求め、妊娠しやすいときには一転してよい遺伝子男とのセックスを志し、子どもはアバンチュール相手とのものを残そうとするような適応戦略が、女性には一般的に備わっている」

実験では男性の短期的配偶戦略(プレイボーイ)を男女ともに敏感に見抜いたが、女性の短期的配偶戦略は男性のみが見抜くことができた。基本的に非言語コミュニケーション能力が高いはずの女性が同性の戦略を見抜けないのだ。男性のみができるのは、性的にアプローチが容易で関係に伴うリスクやコストが少ない(あとくされがないってことか)を見抜けるように獲得した進化的適応能力ではないかという。

「セクシーでかつ性格のよい男性を選べばよいではないかと思われるかも知れないが、そんな男性はどうどこにでもごろごろ転がっているわけではないし、女性側の方も皆が皆、最上級の男性の心を射止められるだけの魅力を備えているわけではない。そうするとどうなるだろうか。そう、「よい父親」男を求める女性と、「よい遺伝子」男を求める女生徒に分かれるのである。 類は友を呼ぶ。長期的な配偶戦略指向の男性は長期的な配偶戦略指向の女性をパートナーに選ぶ傾向があることがわかっている。また男性は女性に浮気されて血縁のないライバルの子どもに対して知らないうちに投資させられたりしないように、女性の性的な浮気の可能性に関して敏感で、厳しい態度で望む。そこで、多くの女性は「貞淑な妻」戦略をとり、パートナーがぱっとしない男性であったとしても、より魅力的な男性に目移りをするような心理的反応を放棄する替わりに、男性からの長期的な援助を期待すると考えられる。」

男性も配偶戦略を変更している。必ずしも一生プレイボーイやヒモではないのだ。長期的な性的パートナーができる、子どもができる、定期的にセックスをするといった状況になると男性体内のテストステロン濃度が下がり、プレイボーイは良いお父さんになってしまう。自然の仕組みはよくできている。

人間には性ホルモンが支配する動物のオスメス的な部分が強く残っていること、男女関係はマクロで見れば市場メカニズムやゲーム理論そのものだということ、男女の非言語コミュニケーションを分析することで性的関心の度合いはかなりわかってしまうという事実など、興味深い事実が多かった。

・ウーマンウォッチング
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-958.html

・愛の空間
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/oso.html

・性の用語集
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004793.html

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005182.html

・ヒトはなぜするのか WHY WE DO IT : Rethinking Sex and the Selfish Gene
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003360.html

・夜這いの民俗学・性愛編
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002358.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・武士道とエロス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004599.html

・男女交際進化論「情交」か「肉交」か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004393.html