Books-Fiction: 2011年9月アーカイブ

虐殺器官

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・虐殺器官
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日本が世界に誇れるSF文学作家 伊藤計劃の代表作。

近未来の地球。核爆弾テロによってサラエボが消失して以来、先進国はテクノロジーによる徹底した市民監視システムによって安全な社会を維持している。その一方、民族紛争や宗教問題を抱える発展途上国では、内戦や大量虐殺が増えている。主人公の米軍大尉クラヴィス・シェパードは、情報軍特殊検索群i分遣隊に所属している。米国の敵対勢力の独裁者や不穏分子を暗殺するのが仕事である。

クラヴィスにジョン・ポールという謎の人物の暗殺指令がくだされる。言語学者ジョン・ポールは途上国の大量虐殺事件が起きる場所に必ず現れる死のエージェントだが、不思議なことに監視システムにその行動のログが記録されていない。虐殺実験への関与の詳細も不明。クラヴィスは少ない情報を頼りに、愛人とされる女性に接触するためにチェコへと潜入する。

グレッグ・イーガン系の正当派ハードSF。日本人SF作家とは思えない世界水準の物語構想力に圧倒される。監視社会、生命倫理、民主主義、現代世界の大きな問題意識のもとで、ユニークな想像力を働かせている。SF文学であると同時に、現代思想のひとつの体系を提示しているといっても過言ではあるまい。圧倒的。

「ゼロ年代最高のフィクション」と評される本作を書いた伊藤 計劃のプロフィール。

1974年東京都生まれ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』で作家デビュー。「ベストSF2007」「ゼロ年代ベストSF」第1位に輝いた。2008年、人気ゲームのノベライズ『メタルギアソリッドガンズオブザパトリオット』に続き、オリジナル長篇第2作となる『ハーモニー』を刊行。同書は第30回日本SF大賞のほか、「ベストSF2009」第1位、第40回星雲賞日本長編部門を受賞した。2009年没。

34歳でがんに倒れた作家の活動期間はたった3年間しかなかった。これを含めて長編は3作しかない。なんとも残念。

・最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件
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探偵ミステリが好きな人は絶対必読の傑作ノンフィクション。

1860年6月の朝、英国の田舎の村の屋敷ロード・ヒル・ハウスで、その家の三歳の男の子が無惨な姿で殺されているのが発見される。犯行のあった夜に屋敷にいた家族と使用人たち全員が容疑者となる。

屋敷の主人、後妻の妻、前妻の子供たち、後妻の子供たち、子供の面倒を見ていた子守りの女性たち。子守りの女性が最初の容疑者として疑われたが、自白はとれない。科学捜査が未発達の時代の事件であり、密室で行われた犯行の捜査は暗礁に乗り上げてしまう。

典型的な英国のカントリーハウスで起きた残酷な殺人事件を、当時の新聞は大きく取り上げた。世間はにわか探偵ブームとなって、一般人や作家たちが真犯人は誰かを推理する投稿が盛んになる。

世間の注目が集まる中で、当時、刑事課が創設されて刑事になった8人のうちのひとりジョナサン・ウィッチャー警部がロンドンからが派遣されてくる。地道な捜査を積み重ね。それまで平穏にみえていた屋敷には、複雑な感情のもつれを秘めた人間関係があったことが明らかになっていく。そしてウィッチャー警部は、意外な真犯人を確信するのだが...。

現実は小説よりも奇なり。事件の関係者や警部のその後を何十年間も追跡取材していくと明らかになる意外な事実もある。

ノンフィクションだが、実際の事件の真犯人は誰かを読者とともに考えさせるスタイルだから、真相は最後まで読まないと分からない。また当時の英国における刑事や探偵の実像、世間の持っていたイメージ、そしてミステリ文学に及ぼした影響が語られていく。探偵小説の夜明けはこの現実の事件から始まったのだ。ウィルキー・コリンズ作『月長石』、ディケンズの未完の『エドウィン・ドルードの謎』など、この事件にインスパイアされた有名作品が多数ある。

ミステリとしてもノンフィクションとしても5つ星。

・人質の朗読会
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異国でゲリラに誘拐された日本人の人質たちが、全員死亡する前に、長期に渡った監禁場所で密かに朗読会を行っていた。それぞれの人生の物語を文章にして読む朗読。そこには、それぞれの忘れられない思い出や、不思議な話、胸を打つ話し、さまざまな人生走馬灯の一コマが刻み込まれていた。事件後に、朗読会の録音が発見されたという設定で、9つの朗読が収録されている。

人質たちは結婚とか死別とか大事件のあった特別な日を語るわけではない。公園で倒れていた近所の鉄工所の工員を助けてあげた日の話、公民館の談話室にいっていろいろなサークルに参加してみた話、少年の頃、隣の家の娘が留守番中に訪ねてきてコンソメスープをつくって帰った話。どれも平凡な日常の中で少し違ったことが起きて、印象に残った話を淡々と語る。

小川洋子作ということで、非常に高いレベルで安定した文章、そして上品な余韻を残す作品群。もうちょっとスリルとかサスペンスとかあってもいいんじゃない?という少し手前でやめる。しかし、ゲリラに拉致されて全員が死んでいるという前提で読むと、なぜ彼らが人質のなっている日々に、その話を選んだのかの意味を、読者に考えさせ、深く読ませるしくみになっている。この構図がうまいんだなあ。

・博士の愛した数式
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/12/post-500.html

寒灯

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・寒灯
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芥川賞をとった『苦役列車』の主人公、北町貫多のその後を描く続編。

同棲する彼女のヒモのような生活を送っている貧乏作家の貫多。短気な性格から些細なことに激昂し、自分に優しくしてくれる彼女に暴言を吐いてしまう毎日。作家でインテリなので、その暴言の内容が、衒学的で、巧妙で、重箱の隅をつつくかのようにネチネチと、厭らしい。こんな風にはなりたくないよなと思う男の厭らしさを、仮想的にたっぷり味わうのがこのシリーズの醍醐味であろう。それはまた男(女もか)なら誰しも少しは内面に芽を持っている厭らしさでもあるのだ。

本作の最後で話は一段落するわけだが、シリーズとしては『苦役列車』、『寒灯』ときてさらに連作あるいは三部作くらいになるのであろうか。鬱々と籠った内面の圧力が高まって爆発する瞬間がヤマになる筋であるが、主人公がひきこもりであるので、これといった事件が起こらない話だから、ワンパターンに陥る可能性はある。次回作以降でどういう変化をつけてくるかどうかが気になる。

・苦役列車
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/02/post-1392.html

・ウルトラQ彩色版
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ウルトラQは1966年に放映されたウルトラシリーズ第一作の特撮テレビドラマ。ウルトラQの特徴は、ウルトラシリーズなのにウルトラマンが登場しないこと。怪獣は出てくるが、それと戦うのは人間だけである。ウルトラマンは2作目の『ウルトラマン』からだったのだ。

ウルトラマンがいないウルトラQでは、毎回怪獣を決定的に倒せるとも限らず、これどうなっちゃうんだろうという緊張感があるのが、ウルトラマン以降にはない、ドラマとしての魅力である。

ウルトラQ全記録
http://homepage.mac.com/onishi2/index.html
同番組のファンサイト。データベースが充実。

オリジナル映像はモノクロだが、この秋に全作カラー化されてDVD、ブルーレイ『総天然色ウルトラQ』が発売されることになった。そのタイミングに合わせて、マンガの彩色版が発売された。安定した作画能力を持つ藤原カムイ作。

「ペギラが来た!」「地底超特急西へ」「バルンガ」「ガラダマ」「2020年の挑戦」「悪魔ッ子」の6作品。ストーリーはテレビドラマの原作をかなり忠実に漫画化している。文字化されてはじめて気がついた発見もあった。原作を観ているととても楽しめる。(いきなり漫画を読んで面白いかどうかは私には判断できない。)

藤原カムイの描く二次元の怪獣は、オリジナル映像の持つ不気味さ、異質さをうまく再現しており、大きなコマ割で描かれたペギラとかケムール星人は、しばしページをめくる手が止まって見入ってしまった。

ウルトラ怪獣DVDコレクション(1)
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/dvd1.html
モノクロSFX作品にハマる アウターリミッツ、ミステリーゾーン、ウルトラQ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/07/sfxq.html

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