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IT業界の2大イノベーター アップルとグーグルを今、どうとらえたらよいかを明解に教えてくれる新書。著者は小川 浩氏、林 信行氏。両者の歴史のふりかえり、それぞれの戦略と戦術、競合の展望など、今はこの2社の動きからITの主戦場の最新動向が見えてくる。
「2004年にメディアの近未来を描いた『EPIC2014』というフラッシュ・ムービーが話題を呼んだが、その中では、グーグルとアマゾンが合併して、グーグルゾン(Googlezon)となるという未来予測が描かれていた。しかし、僕はその頃から、そうではない、むしろアップルとグーグルの組み合わせこそが新しいインターネットサービスを生む、言うなればグーグルップル(Googlepple)の方が実現する可能性が高いと主張し続けてきた。」と著者のひとりはいう。
確かにこの2社の親和性は親和性が高い。ポジショニングが近いがために競合も生じる。いまスマートフォン市場で起きているバトルは、これから電子書籍端末やテレビデバイスでもこれから熱い戦いが繰り広げられそうだ。
2010年代後半に向けてグーグルが定義したその事業領域は、PC、携帯電話、テレビ、自動車の4つのデバイス上でのコンピューティング。「ネット接続を果たしたコンピューターはデスクトップとノートブックを合わせて世界中でおよそ14億台。携帯電話は40億台に達するという。そしてテレビは8億台、自動車は12億台となる。」という大きなマーケットだ。アップルも同じ市場を狙っている。戦いはまだまだ続く。
この2社の戦争は世界を豊かにするものだと思う。激しい競争があるから、両者はつぎつぎに革新を生み出している。マーケットの原理が正しく機能している例と言えるのではないだろうか。著者らも書いているが、なにより悔しいのはこの華々しい戦いに、日本企業は割って入ることさえできないことである。
なぜ日本企業はかなわないのか、この本にも分析があるが、私の考えは日本の大企業トップには起業家精神がないからだと思う。スティーブ・ジョブズもエリック・シュミットも組織の論理で喋っていない。アップルのCM「自分が世界を変えると本気で信じている人々が本当に世界を変えている」そのままなのだ。
この本は現状をとらえる見方をわかりやすくさずけてくれる。
たとえば、
・情報の民主化を広げるグーグル
・人々の能力をレベルアップするアップル
というような対比で、両者の本質を説明する。
両社と市場のデータと事実、経営者の発言の引用など情報も多いので自分なりの業界展望を持ちたい人にとっても考える材料になる。ただし、状況はどんどん変わるので、旬のうちに読むのがおすすめである。
電子書籍と出版というベタなタイトルの本を書きました。7月10日発売です。
共著者は、高島 利行 (株式会社語研取締役営業部長/版元ドットコム有限責任事業組合組合員), 仲俣 暁生 (フリー編集者・文筆家/「マガジン航」編集人), 橋本 大也 (株式会社取締役会長/ブログ「情報考学」運営), 山路 達也 (フリーライター・編集者), 植村 八潮 (東京電機大学出版局長/日本出版学会副会長), 星野 渉 (「文化通信」編集長), 深沢 英次 (メディアシステム・ディレクター/グラフィックデザイナー), 沢辺 均 (ポット出版代表取締役社長・版元ドットコム有限責任事業組合組合員)という出版業界の(くせものぞろいの)論者たち。いま電子出版にはどんな問題意識、議論があるのかがよくわかる一冊です。
私が登場する第1章「2010年代の『出版』を考える」は、2010年2月に開催されたこの写真(沢辺さんのブログから引用)の4人のパネルディスカッションをテキスト化して編集したものです。
以下が目次です。
I─「2010年代の『出版』を考える」
IT企業の経営者であり、アルファブロガーとしても知られる橋本大也、文芸評論家、フリー編集者として電子書籍を追い続けてきた仲俣暁生と、早くから出版活動のネット展開を手がけてきた版元ドットコム組合員である高島利行、沢辺均の4人が語る、「電子書籍の可能性」「書き手、出版社はどう変わるか?」。
II─「電子出版時代の編集者」
2009年10月に、アルファブロガー・小飼弾氏との著書『弾言』と『決弾』のiPhoneアプリ版を製作し、自らの会社から発売したフリーライター/編集者の山路達也に訊く、書籍の執筆・編集から電子書籍の製作、そして発売後のフォローアップまで、多様化する編集者/コンテンツ製作者の「仕事」。
III─「20年後の出版をどう定義するか」
電子書籍の権利やフォーマット、教育現場での使用に詳しい東京電機大学出版局の植村八潮に訊く、「書籍が電子化される」ということの根源的な意味、「本であること」と「紙であること」はどう違い、どう結びついているのか?
IV─「出版業界の現状をどう見るか」
出版、そしてメディア産業全体の動向を20年間追い続けている「文化通信」編集長・星野渉が解説する、出版業界の現状と、急激な変化の要因。
V─「編集者とデザイナーのためのXML勉強会」
元「ワイアード日本版」のテクニカルディレクター兼副編集長を務めた深沢英次による、タグつきテキスト、XMLの「基本構造」を理解するための解説。
さて、
今日は東京ビッグサイトで開催中の国際ブックフェアに行きました。版元ドットコムのブースでこの本も販売されています。
ご関心のある方、ぜひ手にとってみてください。
誰かに「ウッフィー、どお?」と挨拶代わりに聞かれるようなら、ウェブ2.0世界でしっかり受け入れられている証拠。「ウッフィー」の感覚こそ、ウェブの中でお金より価値がある通貨であり、ソーシャルキャピタルの指標である。そのためには、ネットのコミュニティで好かれること、つながること、一目置かれることを意識しなさい、というWeb戦略の本。企業とコミュニティの関係について非常に啓蒙的な内容。
ウッフィー・リッチになる原則として著者は次の5つのリストを繰り返し示す。
1 大声でわめくのはやめ、まずは聞くことから始める
2 コミュニティの一員になり、顧客との信頼関係を築く
3 わくわくするような体験を創造し、注目を集める
4 無秩序もよしとし、計画や管理にこだわらない
5 高い目標を見つける
企業がツイッターやフェイスブック、ブログをどう使うべきかという本ではあるが、各ツールについての本ではない。それらを使っていかにウッフィーを増やすかを論じる。増やすべきはビジター数でも売り上げでもないというのがポイントなのだ。もちろん何らかの指標は参照しなけれなならないが、
「たとえば、さきほどの「助け合いの文化」ということで言えば、新規登録会員の数はさほど意味を持たない。だが、既存会員が紹介した新会員の数なら、意味がある。こちらの数字は、既存の会員がサービスに満足しており、友達を誘ってもいいと考えていることを表わすからだ。」
というように、他にも多くのサイトの達成度とすべき指標が挙げられている。旧タイプのウェブマーケティングをやっている会社はまず読むべきだ。
「ソーシャルキャピタルは大きく二種類に分けられるという。第一は、ボンド・キャピタル。密着型の関係から生まれるソーシャル・キャピタルで、家族や親しい友人などとの信頼と愛情で結ばれた深い絆が、これに該当する。生きるか死ぬかの瀬戸際で頼りになるのは、これだ。ボンド・キャピタルは、生活をするうえでも、また心の安寧を得るうえでも、欠かせない。これに対して、ブリッジ・キャピタルは、広く社会における対人関係から生まれるソーシャルキャピタルである。 これに対して、ブリッジ・キャピタルは、広く社会における対人関係から生まれるソーシャル・キャピタルである。均質な環境から外に目を向け、新しい人と知り合って信頼を獲得するとき、ブリッジ・キャピタルが生まれる。パットナムによれば、ブリッジ・キャピタルは「これまで接触のなかった外の世界とのルートをつくり、情報を発信する」のに役立つという。ブリッジ・キャピタルは社会の潤滑剤であり、「懐を拡げ、持ちつ持たれつの関係作りをする働きがある」」
日米のソーシャルネットワークを見ていると、どうも米国の方がブリッジキャピタルが充実しているように思える。日本はリアルな学校や会社の仲間とつながってクローズドな日記を見せ合うが、米国ではそれに加えて積極的に外にネットワークを拡大している人が多いように見える。米国のフェイスブックの、グーグルに迫る勢いは、一般的信頼性が高いコミュニティのウッフィーパワーによるものなのではないかと思った。
検索の未来についてここまで深く語れる人は世界に何人いるだろうか。感動。
「検索知識人」と「ソーシャブルサーチ」という概念に特に啓発された。
検索知識人とは、
「技術面でのスキル、専門領域の知識、概念的な鋭敏さ、この三つが「検索エリート」を作り上げる。最良の検索者は、検索エンジンの適用範囲や、作動の仕方や、長著と短所などを理解している。さらに、どう検索すれば効率的なのか、「深層ウェブ」を掘るために多様な垂直型エンジンをどう使いこなすか、助言してくれそうな専門知識を持った人をどう探すか、心得ている。個人的な社交関係や、オンラインでのフォーラムを使って、専門知識を得ることができるだろう。特定の個別の問題を検索するだけではなく、継続的に検索を行うことで、あるトピックについて自動的にデータを引き出し、新たに見つけた情報を「絵」にはめこんで、より大きな全体像を描き出せる(Calishain 2007)。」
検索すればわかる、とか、あの人に聞けばわかる、いうことは多い。従来はそれは知識とはみなされなかったが、ネットを介して知識のデータベースや人脈にいつでもアクセス可能になった今、即座にそうした知識を引き出すことができる能力は、ほとんど知と同義である。将来、脳にコンピュータや通信装置がインプラントされたら、オーガニックな脳で考えた事なのか、ネット脳で考えた事なのかは、外部から見分けがつかなくなるだろう。検索知識人はネットを外部脳とする時代のさきがけなのだと思う。
そして、ソーシャブルサーチとは、「手段としての検索」から「明示的・暗黙的な人間関係の構築」を指す。従来のソーシャルサーチより一歩踏み込んだ概念といえる。
「英語では「サーチ・パーティ」(捜索隊)という言葉が、何百年も使われている。この言葉は、検索の社会的な性質を思い起こさせる。「ソーシャブル・サーチ」も「サーチ・パーティ」の一種と考えるのが適切だと思う。新しいアイディア、新しい娯楽、新しい知識を一緒になって探すこと。より集まって新しい知識を共有すること。そして、将来の検索を向上させるための新たな社会構造。検索はこれまでも常に、知識の評価だけではなく、社会的な創造にも依存してきた。社会のニーズに応える検索のためには、人々と情報を結びつけるだけでなく、人々同士を結びつける必要があるのだ。検索エンジンは個人から知識への道筋を提供するだけではなく、知識をつくり出す社会構造や集合パターンの変化までもたらす機動力となるのである。」
これは日々実感するところだ。たとえば私は、ブロガー同士のネットワーク、経営者同士のネットワーク、研究者同士のネットワークを持っている。Skypeのチャットルームやメーリングリストには日常的に、時事に対する意見、参加者の鋭い質問と的確な答えが集まっていて、公開ウェブと同じくらい貴重な情報源になっている。
もちろん、誰かの質問に答える際には公開ウェブの検索エンジンも使うわけだが、それぞれに得意分野とがある。多様な専門を持つ検索知識人が寄り集まったサーチパーティの一員になるということが、とても大切なことになってきたと感じる。
この本には、検索知識人、ソーシャルブルサーチの他にも多くの啓発的な概念が示されている。検索の未来を考えてみたい人におすすめ。
・インターネットはいかに知の秩序を変えるか? - デジタルの無秩序がもつ力

素晴らしい内容。ネットの知の構造化を考えたい人に、おすすめ。
整理の第一段階 物質それ自体の整理
整理の第二段階 物理的な対象(カード式索引等)で整理する
整理の第三段階 デジタルでの整理
という段階が定義されていて、その第三段階の原則は、
・フィルターは入り口ではなく出口で
・葉っぱは出来るだけたくさんの枝にぶら下げよ
・すべてはメタデータであり、すべてはラベルをつけられる
・管理をあきらめよ
というもの。
伝統的な図書館分類による秩序だった整理ではなくて、YoutubeやFlickrのタグ整理あるいはWikipediaのようなフォークソノミー的アプローチの方が、ネット時代には有効であるという。
コミュニティによる知識創造と構造化がテーマだ。従来型のナレッジマネジメントシステム(KMシステム)についてはこう書いている。
「KMシステムは、従業員にビジネスに関して、知っていることをすべて明示的にすることを求めて失敗した。あたかも誰もが作家か教師であるかのように扱ったからだ。あるいは誰もがボタンを押すことでレポートを作成出来るデータベースであるかのように扱ったからだ。KMシステムは静かに機能するときにこそ、最もうまくいく。それは、仕事の中で暗黙のうちに出来上がってきた知識を集める時であり、例えば電子メールを情報源として再編する時や、社内のやりとりで誰がもっとも頻繁に回答しているかで専門家を推定する時や、社員がお互いにやり取りするリンクからライブラリーを作ったりする時である。」
形式知という氷山の一角ではなくて、その下に沈んでいる巨大な暗黙知という意味のインフラストラクチャーを、いかに掘り出すか、が重要だと著者は繰り返し述べている。有用な無秩序こそ意味の源泉なのだ。
「というのも、会話は相違点があるからこそ盛り上がるからだ。従来、違いの存在は知識に到達していないことのサインであった。知識は一つだけであり、なぜならば世界のあり方は一つしかなく、別のあり方はなかったからだ。しかし、これからは常に多数の会話があり、かくして多数の見方があるだろう。我々は決して他人との会話をやめることはなく、単一の結合された真の逃れられない最終的な知識によって黙らされることおはないであろう。」
相違から会話が生まれ、無限に知識を生みだしていく。ネット上のコミュニケーションでは、多様な視点と動機の人間が短いメッセージで対話をするから、ボタンの掛け違いみたいなことも多いが、そうした齟齬が思いもよらない情報を創造しさえする。そうした雑多な会話の集まる知の交差点に立つ者こそニュータイプの知識人ということらしい。
「ワールドワイド・セマンティック・ウェブは野心的すぎたために、デューイや他の大規模分類学を悩ませたものと同じ問題の餌食になっている。セマンティック・ウェブでも、不完全で、スマッシーで、領域ごとの努力をゆるやかにまとめたものは、より実現性が高いのみならず、より好ましくもある。継ぎ目のない全体で曖昧さを排除するものは、暗黙の意味が持つ深みをも排除してしまう。そうであるとすると、ワールドワイドウェブのごちゃごちゃをきれいにしようとしたティム卿の試みの成功の鍵は、皮肉にも、それをもっとごちゃごちゃにすることかもしれない。」
単一の何かであることをみつけようとするのではなく、「のようなもの」「の種類のもの」「七十三%のもの」を知ること=複雑さの中で泳ぐこと、意味を最終的に確定させないでいること、が無秩序から意味を取りだす秘訣になる。ある種のいい加減さ、アバウトさ、知的な寛容さ、が大事になるということのようだが、そういうのは私は得意だな、しめしめ(笑)。
・ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する!

著者はスパコン界のノーベル賞といわれるゴードン・ベル賞の設立者のゴードン・ベル本人とマイクロソフトの上席研究員のジム・ゲメル。前書きはなんとビル・ゲイツが書いている、「指先に情報を」のコンセプトを一番最初に提唱したのは俺だ、と。
ライフログとは、人間の個人的な活動のあらゆる面を記録し、保存し、検索できるようにするテクノロジーのこと。ライフログはトータルリコール(完全な記憶)を実現する。人生のすべての情報をクリックで呼び出すことができるし、保存したデータ分析によって、傾向を把握できるだけでなく、リスクやチャンスの予兆をとらえることができる。生活も人生も大きく変わる。ケータイにつぐイノベーションになるのかもしれない。
むろん、テクノロジーの負の側面も懸念される。現在マイクロソフトの研究員もしているゴードン・ベルは、
「みんなが目指すのは「リトルブラザー」の世界。ビッグブラザーが独裁主義的な監視社会を統治しているのであれば、リトルブラザーは「民主主義的」な監視社会を統治している。至る所で監視される社会ではあるが、記録装置を監視しているのは独裁的な中央権力ではなく、幾多の人や民間の企業だ。」
と書いているが、グーグルやマイクロソフトのような寡占企業にライフログを集中的に握られてしまう怖さは感じる。情報漏えいで誰かが人生を棒に振るような事件も起きるかもしれない。だが、ライフログの便利さや可能性は無限大だ。危険性はあるけれども、やはり未来に目は向いてしまう。
「脈拍、声の高さや大きさ、脳はといったデータが充実してくれば、ライフログ用ソフトがその人にとっておもしろい瞬間を上手に見つけてくれるようになるだろう。映像と同時に脳からのアルファ波を記録する仕掛けがついた野球帽を使って、東京大学の研究チームがすでにこの実証を開始している。アルファ波を参考にすれば、記録された映像のどの部分に興味を持ったかをかなり高確率に推測できるのだ。」
自分の人生のハイライトの瞬間を走馬灯のように映像で映し出すなんてことも可能になるのだろう。恋愛中の男女はどのレベルまで互いのハイライト映像を見せ合うかでつきあいの深さが決まったりするかもしれない。記録がある、いつでも見えるということは、人間の関係性や社会のあり方を変えてしまうだろう。
ゴードン・ベルは恐るべきアイデアマンだ。この本は未来はこうなっていくのではないかという想像の世界のディティールがいっぱい語られている。大御所なのに、こんなに自由なイマジネーションで本が書けるなんて驚きだ。こんなベンチャーを起こせばきっと成功するよベスト10なんて情報も、惜しげもなく披露される。第10位は「写真が撮れる鏡」だ。
ローレンス・レッシグが語る新しい文化と商業の理想形。
レッシグは2つの文化を定義する。
RW文化 リードライト文化 多数の人たちがプロ・アマともに文化創造に参加する
RO文化 リードオンリー文化 多数の人たちはただプロのコンテンツを消費するだけ
RW文化に象徴的なのは既存のプロの楽曲をアレンジするリミックス音楽だ。リミックスは新たな作品と価値をつくりだす再創造行為だが、現行の著作権法の枠組みでは違法になってしまう。YouTubeやFlickrなどWeb上のユーザー参加型コンテンツも、無断で権利作品を使用したものが多くあって、著作権法的にはアウトと判断されてしまう。
何十年も前の文化や商業の実態に合わせて作られた著作権法が、現代の実態に合わなくなっており、このままでは、大多数の若者たちを犯罪者扱いすることになるし、再創造の文化発展を阻害することになってしまうとして、著作権法の新しいあり方、考え方を提唱する。特にアマチュアの創造に対する規制を緩めよという。
レッシグは、お金を核として価値を作る商業経済と、お金を無視して価値を作る共有経済のリミックス=ハイブリッド経済こそ未来の可能性だと話す。ハイブリッド経済はクレイグリストやFlickrやYoutubeのようなコミュニティ空間、WikiaやSlashdotのように協力してメディアを作り上げる協働空間、あるいはコミュニティそのもののような形をとる。コミュニティによる文化創造と、その基盤を持続可能にする経済活動(多くは企業が担う)が幸福な形で両立するのが未来だという。
「ハイブリッドをつくるあらゆる企業は、ずばり同じ問題に直面する。自分の仕事や期待する利益を、コミュニティを怖がらせない形でどうやって述べるか。「相互ただ乗り」がポイントになるだろう。少なくとも双方にとっての価値がもっと明確にできるのであれば。」
たとえばFlickrやYoutubeでコミュニティの運営企業が丸儲けで、参加者がまるで小作人のような意識になると、このモデルはうまくいかなくなる。参加者に公平だと思われることがハイブリッドのバランスをとるカギになる。新しい経営者、新しいコミュニティーリーダーの資質の再定義が必要になってきたのだと思う。
グーグルの中の人が情報に対してどんなことを考えているのか知ることができる。
著者のダグラス・C・メリルは子供の頃からの失読症を克服してプリンストン大で認知科学の博士号を取得した後、グーグルのCIO(情報最高責任者)に就任した人物。情報処理に人一倍の認知コストを必要とする病だったからこそ、脳に負担をかけない効率化を徹底するようになったという。本書の情報整理術は人間に余分な整理の努力を求めない。
「本書でご紹介するのは"万人共通"の整理術ではない。受信トレイを常にからにせよとか、コンピューターのファイルをフォルダー階層別に分類せよとか、明細書をデジタルで受け取るようにせよとか、そんな方法を押し付けるつもりはない。そんな方法に従って生活しなくちゃならないとしたら、私自身が「整理できない人間」のレッテルを貼られてしまうに違いない。」
なんでもデジタル化して検索できるようにすれば、デジタル情報の保存、整理、検索を行うためのデジタルツールで問題は軽々と解決する、というのが著者の持論だ。だから大切なのは検索することを前提に足場(デジタル情報整理の環境)を組むことが一番で、やはり決め手はグーグルやGメールだということになる。
「整理術の原則」20カ条がまとめられているが、たとえば私が共感した項目を抜粋すると、
1 脳の負担がなるべく少なくなるように、生活を組み立てよう
2 なるべく早く、頭の中から情報を追い出そう
3 "ながら作業"は一般的に効率を低下させる
6 知識は力ならず、知識の共有こそ力なり
20仕事とプライベートのバランスを取るのではなく、融合させよう
といった感じ。とにかく無理をせず、ルールさえ意識していれば自然にうまくいく、ノーストレスの情報整理術のヒューリスティック集だ。グーグルに限らず、便利なデジタルツールも大量に紹介されている。情報整理について今一度、考えてみたい人は必読。
効率性を説いているわけではあるが、かなり著者の人生観や私生活に触れるウェットな記述も多くて、人柄がでている人間を感じさせる本である。こうやって顔が見えるとグーグルという会社が一層面白く思えてきた。
マイコンとファミコンにどっぷりつかった8ビット世代なら楽しめる漫画を2冊。
ゾルゲ市蔵氏による80年代年代記の形をとった自伝マンガ。日本のデジタルコンテンツ第一世代が、薄暗いゲーセンと低解像度な画面で過ごした青春回想。30代から40代でパソコンをやっていた人は懐かしさに浸れるはず。
インベーダー、ゼビウス、MZ-700、X1、スペースハリアー、そういえば80年代は画面背景は常に黒だったなあ。日本のネット黎明期、人気のISPベッコアメの背景が黒だったため、どことなくWebにも、アングラ、サブカルなイメージがあったなあと、今振り返ると思う。"黎明"っていうけれども、ゲーセンにせよ、8Bitパソコンにせよ、ビデオゲームにせよ、薄暗がりの中から、次世代のコンテンツが立ち上がってくる法則ってないだろうか。ないですか?。
「●ファミコン中毒のきっかけとなった少女との淡い出会い「初恋少年」/●ユートピアだったあの駄菓子屋は今?「駄菓子屋少年」/●FFV発売を待つ列の先頭での恐怖の一夜「行列少年」/●俺のBrand New Heartはどこに?「センチメンタルハート少年」/●雨の日に最高に贅沢にプレイする方法「秘密の城少年」......みんな実話です!!」
こちらもダメ人間感漂う80年代期。日本の"ビーイング・デジタル"の実像ってこんな風だと思う。ニコポンがいうような高尚なものじゃなかったはず。こうした原体験を共有する世代が、いまコンテンツ産業の中核になろうとしている。日本のアニメには弱者への優しさや強すぎない正義感が織り込まれている気がするのだけれど、それは制作者たちがこういうマイノリティ文化の出身だからというのは大いにあるんじゃないだろうか。
ところで、この本には登場しないが、80年代にはレンタルソフト屋という業態が存在していた。レンタルビデオと同じように、市販のパソコン用ソフト(多くはゲーム)を2泊3日500円くらいで貸し出すという商売だ。5000円とか1万円以上もするゲームソフトやビジネスソフトが、そんなに安く手に入るのだから、当時のマイコンオタクたちはレンタルソフトを愛用していた。今なら「それって違法じゃ?」と思うわけだが、当時はソフトウェアをめぐる法律がはっきりしておらず、レンタルソフト屋さんはレンタルビデオと同じように、表の舞台で営業していた。ああいうのの内幕を描いた作品誰か描かないかな。最後どうなったんだろ?
Webマーケッターは一読の価値あり。
著者のビル・ダンサーが所属するHitwise社はISPのアクセスログなど1000万人のWebアクセスデータを収集して、インターネットユーザーのクリック動向を解析している。このデータを使うと、どんなプロフィールのユーザーが、どのようなサイトに、どれくらいの頻度でアクセスしているかが把握できる。またどのページからどのページへと移動しているのかも丸見えになる。
・HItwise
http://www.hitwise.com/us
海外中心のデータだが、現在のWebのトラフィック動向がよくわかる。たとえばCGMサイトに書き込みをする人と閲覧をする人の比率について、こんなデータが明かされている。
「ウェブ2.0的なサイトへの全アクセス数の1パーセント未満が、ユーチューブに自ら作成した動画を投稿するなど積極的に参加している人たち、9パーセント(この数字はそのサイトのオペレーションの「複雑さ」)によって、3パーセントから9パーセントの幅で変動する)が、項目を編集するかコメントを書き込みながら、消費者の生み出したコンテンツと相互に関わり合っている人たち、そして90パーセントが潜伏者であり、反応はせずに黙ってコンテンツをながめているだけ」
90%のマジョリティの気持ちはわかっても、1%や9%のの常連投稿者たちとコメント投稿者の気持ちが分かる人は少ないと思う。多くの企業によるCGMサイトが投稿者の不足で苦しむのは、広告経由で来訪するようなマジョリティ向けに作りこんでしまう結果なのではないか。個人やベンチャー発のCGMサイト(ミクシイもグリーも)は開発者がコア層の人間だったから成功したように思える。
もちろんマジョリティもいつまでもネット初心者ではなく、検索エンジンにおいて3語以上での検索が2003年では全検索数の14%にだったが2007年には23%にまで増加したという底上げ現象も起きているそうではあるが。
層と層のインタラクションという分析も興味深い。たとえばウィキペディアにアクセスする人は18歳から24歳の層が大きな割合を占めているが、書き込みをする人は45歳以上が41%を占めていて18歳から24歳は17%に過ぎない。年長者が若年層に教えているという図式になっているという。
そして大変面白かったのが、知られざるアダルトサイトの現状である。アダルトサイトへのアクセス数は72.6%が男性だが、テキスト主体の「エロ文学」サイトでは女性が65.5%を占める。( たとえば http://www.adultfanfiction.net/ だそうだが、英語力が相当ないと興奮できない(笑)。)
2007年頃から若年層でアダルトサイトの視聴時間が減って、SNSの視聴時間が上がった。異性の裸より友達との会話に時間を費やすようになったという。Twitterブームはその延長線上にあるのだろう。「フェイスブックで生身の人と接触できるチャンスが得られるのに、どうしてポルノが必要なのか」という利用者の声まで紹介されているが、実に健全なリテラシーの向上と言えそう。
本書はこうしたデータとその分析の話がひたすら続く。米国での出版は2008年度であるため、2009年の状況は入っていないのだが、Web2.0、3.0世界のトラフィックサマリーとしてはだまだ有効であろう。
日本のトラフィックに特化した本を誰か書いてくれないかなあ。Internet Survey MLの萩原代表が適任者だと思うのですが。
・Internet Survey Reference Room
http://masashi.typepad.jp/surveyml/
ボブ・ディランの名曲に「The Times They Are A-Changin'(時代は変わる)」という歌があった。子供の世代が古い価値観の親の世代に交代を迫る社会派の歌詞は時代は変われど普遍的なものだ。21世紀初頭の社会のChangin'とは、PCやネットを自在に使いこなす"デジタルネイティブ"と、旧世代の"デジタルイミグラント"の交代劇である。ネイティブ層1万人へのインタビューをもとに、8つのキーワードが浮かび上がる。
ネット世代は何をする場合でも自由を好む。選択の自由や表現の自由だ。
ネット世代はカスタマイズ、パーソナライズを好む。
ネット世代は情報の操作に長けている。
ネット世代は商品を購入したり、就職先を決めたりする際に、企業の誠実性とオープン性を求める。
ネット世代は、職場、学校、そして、社会生活において、娯楽を求める。
ネット世代はコラボレーションとリレーションの世代である。
ネット世代はスピードを求めている。
ネット世代はイノベーターである。
「テクノロジーは発明される前に生まれた人にとってのみテクノロジーとして意識される。」とアラン・ケイは言った。デジタルイミグラントの私の世代はテクノロジーそのものが好きだが、ネイティブにとってはテクノロジーは無意識のうちに使っているものであって、評価する対象でない。無理して使うことはしない。必要最小限のテクノロジーを、最大の効果で自然に使える世代が誕生しようとしているようだ。
日本では平成元年(1989年)生まれくらいが、デジタルネイティブ層に当たる。本書は米国の話が多いので、イメージを持ちやすくするために、1989年生まれの人生を、IT業界史とともに振り返ってみた。
95 小学校1年でウィンドウズ95が発売
96 小学校2年でヤフー株式会社設立
97 小学校3年まぐまぐメルマガブーム
98 小学校4年でウィンドウズ98が発売
99 小学校5年で携帯i-Modeが登場
00 小学校6年でビットバレーが話題に
01 中学校1年でYahoo! BB開始
02 中学校2年でWinnyが誕生 P2P全盛に
03 中学校3年でGoogleがBlogger.com買収
04 高校1年でミクシィがスタート
05 高校2年でライブドアがフジテレビ株式取得
06 高校3年でライブドアショック
07 大学1年でウィンドウズ Vistaが発売
08 大学2年でサブプライム崩壊大不況へ
09 大学3年でiPhone新型発売
10 大学4年で就職活動
いままさにデジタルネイティブが社会に出てくる元年なのである。この本は豊富なデータと深い洞察で、この新世代のイメージを明確に浮かび上がる。名著だと思う。
デジタルツールを使った仕事術は私も一応専門家なので、一般向けの本で満足することは滅多にないのだが、この本は例外で大満足。iPhoneを仕事にフル活用したいという人はいますぐ読むべき。よくあるiPhoneムック本とは格が違う。iPhoneを徹底活用したデジタルノマドのノウハウの要点と、何万本もあるアプリから精選された本当に役立つものだけを知ることができる。
デジタルノマドというのはこの本によると「簡単にいえば、最先端のITツールを駆使して、物理的制約にとらわれずに仕事をする、新しいワークスタイルのことです。手元の超小型コンピューターやオンライン上に、バーチャルオフィスをそのまま持ち出し、それを使ってもっとも都合のよい時間帯に、一番便利なところで仕事をこなす」というもの。特にワークスタイルが比較的自由なフリーランスやベンチャーのビジネスマンに最適な内容になっている。
iPhoneアプリの世界は日々進化している。だからこの本も今が旬だと思う。思えば私自身のiPhone利用も2週間くらいで変化している。今最も利用頻度が高い仕事系アプリベスト3は、
1位 Read It Later
PCのWebブラウザーでページを「後で読む」指定しておくと、iPhoneでダウンロードして読むことができる。
2位 ByLine
GoogleReaderの専用クライアント。Googleリーダーに登録したブログやニュースサイトを一括ダウンロードして読むことができる。
3位 Evernote
PCで便利な多機能メモ帳と連動するiPhoneクライアント。iPhoneからメモを取る時には必ずこれを利用して、PC版のメモと統合管理している。書類読み取りアプリのDocScannerとの連携もスムーズ。
といった感じ。より詳しい話は、このイベントでプレゼンしようと準備中。
エバンジェリストとiPhoneについて語ろう!
http://www.feedpath.co.jp/topics/seminar/000543.html
『Learning to love you more』という洋書を買いました。膨大な量の投稿写真とテキストからなるこの本は、同名の人気Webサイトのログを書籍化したものです。
・Learning to love you more
http://www.learningtoloveyoumore.com/index.php
このサイトには70の実行命令があります。読者はこれを実際に行った結果を報告します。命令と報告によってコンテンツがジェネレートされていくわけです。「あなたの両親がキスをしている写真を撮影しなさい」(書籍の表紙になりました)「幼い子供のドキュメンタリ映像を投稿しなさい」「直近の論争を書き起こしなさい」など、ちょっと気力や手間がかかるものが多いです。この結果が、なかなか味わい深い内容になっていまして、人気コンテンツになりました。(残念ながら7年半でこのサイトは命令と報告の受付を終了したようです。)。
CGMでコンテンツをプロデュースしていく事例をいくつかまとめてみました。
#これはあるイベント用に用意したメモの再構成です。
・43Things
http://www.43things.com/
同志と励まし合うブロガーたちのコミュニティがコンテンツを増殖させるサイトです。まずユーザーは「10キロ痩せたい」「本を書きたい」「恋人を作りたい」「可愛くなりたい」などの目標センテンスを宣言します。そして、そのテーマでブログを書きます。すると同じ目標を持つ他のブロガーたちの更新が、自分のブログの横に表示されます。それを何日続けている、だとか、応援を送る、とか、コメントを寄せ合うことができます。同志が励まし合うことで、行動意欲が増進され、ブログコンテンツが増殖するのです。
コンテンツを生み出す関係性は、協調だけではありません。競争が共同創造に結びつくこともあります。iBeatyouは名前からして挑発的です。「俺凄いだろ」と見せびらかす映像を誰かが投稿すると、世界は広いので、それを上回る凄い映像を投稿してくる者が現れるという、ムキになる気持ちを逆手に取ったプロダクションシステムです。どっちが凄いかは視聴者投票で民主的に決定されます。
・iBeatYou
http://www.ibeatyou.com/
・10秒間に何度ウィンクできるか?勝負映像
http://www.ibeatyou.com/competition/434848/most-winks-in-10-seconds
こういうくだらない勝負も加熱するわけです。
協調と競争、そして残るは闘争。闘争もまたコンテンツを生み出すことがあります。SideTrackerはケンカをする二人が、自分の言い分を投稿します。視聴者に投票してもらって、どちらの言い分が正しいかを決めてもらうサイトです。
・SideTracker
http://www.sidetaker.com/
たとえば夫婦問題。この夫は28歳Bカップの妻が8000ドルもする豊胸手術をしたいと言っておりけしからんと思う、と言い、妻は私はおっぱいをもっと大きくしたいのよ、だって二人の子供を産んでからBカップがAカップになってがっかりしたんだもの、何が悪いの?と怒っております。さあ、どっちに投票しましょうか。
・Breast Implants Are Not A Family Priority
http://www.sidetaker.com/story/1149/breast-implants-are-not-a-family-priority
CGMはコンテンツを生み出す原理で
1 協調生成
2 競争生成
3 闘争生成
4 投票生成
5 ....
6 ....
のように分類することもできそうだなあ。
はじめて勝間和代さんの本を読んだ。とにかくわかりやすい言葉で話す。何にでも、とっかかりを示して、読者のモチベーションを高める。そして時代の寵児の勢いを存分に感じられるエネルギッシュな新書。
この本は主にブログを使った自己実現の指南書だ。パソコン通信時代からの20年に及ぶネットコミュニティでの努力が、2007年くらいからの彼女の人気大ブレイクに実を結んだ。その歴史が「勝間和代ができるまで」として自伝的に語られている。
なぜブログなのか?。
「どのように自分自身をスキルアップし、ほかの人の役立つようになっていくかという、自分の人生戦略を策定していく際に、ブログを日常的に作っていくこと以上に役立つことはありません。なぜなら、ブログはいわば市場での自由競争にさらされているわけですから、そこの中で自分というキャラクターを立て、ほかの人に認知され、かつ交流を持つためには、戦略が必要だからです。」
集客力のある情報とは「とてもディティールに踏み込んだマニアックな情報か、あるいは最先端の情報」として、
私も、いわゆるアルファブロガーという分類をされる一人なのだけれども、大人気の勝間氏の考え方に共感するところが多かった。しかし、この国では出る杭は打たれる面もある。目立つ力と同時に必要なのが「めげない力」だと思う。この人は常人の何倍も打たれ強いというか、負のエネルギーさえ取り込んで成長していくパワーを持つ人のように感じた。
「そして、実はこの「自己承認欲求を満たす」ことは、私たちが幸せに生きる際に欠かせないことなのです。ふだん、人に批判的な人と、そうでない人を比べたときに、私が強烈に感じるのは、自分が満たされている人は、人の批判をする気持ちもないし、また暇もないということです。」
とか、リアルでも陰口はあるが本人に聞こえにくいのに対して、インターネットでは「陰口が可視化できてしまった」だけだから気にするなという。こういう境地こそ、勝間氏の強さの秘密なのだと思う。アテンション・エコノミーという自由市場では、勝間氏のように勝てる人と、負けてしまう人が明確になる。負のオーラとどうつきあうか、目立つ人の重要な心得であると思う。それで潰れてしまう人もいるのだから。
いまブログ界隈で起きていることを把握できるWeb2.0 Now的な本でもあった。現在進行中か、少し前に起きたドキュメンタリ的な記述が多くてライブ感に満ちている。聖幸さん、たつをさん、Smoothさん、そして小飼弾さんら、書評系ブロガーがネット上で勝間和代ブームを作りだしていった過程だとか、つい先日のTwitterのヒウィッヒヒー事件などが当事者視点で振り返られている。2009年の今、旬の本だな。
ITの仕事をしているのでしばしば取引先の人々から「橋本さんはiPhone使ってないんですか?」とよく聞かれた。
その度に「まだ普通のユーザーはiPhoneなんか使っていませんよ」「公式携帯サイトを見るとか、リッチコンテンツは見られないとか、普通のユーザーの気持ちを大切にしたいので、敢えてiPhoneにはしないんです。」といいながら「本当ですか」と訝しがられながら、iPod Touchでアプリを試してごまかしていた、わけですが...。
とうとうiPhone 3GSを買ってしまいました。
あの言い訳は何だったんだというと、何だったのでしょう。さようならクリノッペ。こんにちはセカイカメラ。
iPhoneと一緒に購入したのがこのムック。iPhoneの操作ガイドとおすすめアプリが全ページカラーで解説されている。そんな本は巷にいっぱいあるが、この本の魅力は、おまけに特製のシリコンジャケットが付属していて1575円であること。とりあえずiPhoneを買って、カバーをつけておきたいという需要にぴったりであった。

柔らかいゴム状なので、ポケットや鞄の中でのスリ傷予防には十分。対衝撃という点ではちょっと心許ない、かな。市販のごついジャケットと比べると、薄くて嵩張らないのがいい。液晶フィルムは別途購入して貼った。

液晶保護は必要なのだが、外装を守るジャケットって買ってすぐつけるべきなのだろうか?とふと思う。だってこれだとiPhoneの元々の姿が見えないではないか。傷がついてからジャケットを着せればいいという考え方もある。どうせジャケットを着せたら地のデザインは見えないのだから。どっちがいいのだか判断がつかないので、とりあえず着せておくことにした。















