2004年04月07日

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創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク
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この本は粘菌の話から始まる。南方熊楠も粘菌の研究者であったが、時代の先端はいつも粘菌的なのかもしれない。

粘菌というアメーバ状の原始生物を人工的な迷路に閉じ込めて、一定の訓練を与えると、思考能力のないはずのこの奇妙な生き物は、入り口から出口までの最短ルートに広がる。粘菌を構成しているのは、何千、何万もの独立した単細胞である。細胞そのものは、思考する脳はおろか、高等動物レベルに発達した知覚器官さえ持ち合わせていない。

・粘菌が迷路を最短ルートで解く能力があることを世界で初めて発見
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2000/000926/
理研の研究発表。

この粘菌の高度なふるまいは、近隣の細胞同士が化学物質による信号を出し合っていて、お互いが連鎖反応を起こすことを通じて実現されていることが分かったという。だが、不思議なことに司令塔やペースメーカーとなる特別な細胞がいるわけではない。ほぼ同質の単細胞が、自分の周辺の細胞の動きにあわせて、単純なルールで反応を返すだけなのだ。最短経路をみつけよという指示を出したリーダーはいないのだ。

周囲の他者の反応に対する自己の反応が、他者の次の反応を決め、さらに未来の自己に跳ね返ってくる。多重のフィードバックネットワーク。これが膨大な数の細胞の群れによって作動すると、その群れ全体は、観察する人間からみて、一見知的な振る舞いを見せることがある。

「一見」と書いたが、人間の脳の神経ネットワークもまた同じ構造であることが解明されてきている。ローカルな相互作用からグローバルな秩序を生む創発。それは一見どころか、それこそ知性そのものである可能性もある。この本では、アリの群れ、都市、ワールドワイドウェブ、オンラインコミュニティなどにも、粘菌と同じ創発性を見出して、未来の世界での応用可能性を探る。

■スティーブン・ジョンソン+山形浩生の最強タッグで挑む複雑性への挑戦

著者は、FEEDマガジン創設者で、ニューズウィークが「インターネットで最も重要な50人」に選んだオンラインの論客として著名なスティーブン・ジョンソン。訳者は日本にオープンソース概念を紹介した山形浩生。未来のネットワーク論を語る上でこの著者と訳者は最強の取り合わせ。訳者が内容を完全に理解できているおかげなのか、訳文が非常に読みやすい。

・stevenberlinjohnson.com
http://www.stevenberlinjohnson.com/
・山形浩生はいかにして作られたか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000141.html

米国ではネット論壇的存在のコミュニティ型情報発信サイトがいくつかある。Salon、Slate、TheWellなど。著者もこうしたネット発のコミュニティの流れを汲む人物で、このテーマをインターネット論と結びつけて語るにはうってつけ。

・Salon
http://www.salon.com/
・Slate
http://www.slate.com/
・TheWell
http://www.thewell.com/

当然、後半はインターネット、ウェブ、コミュニティも大きなテーマとなる。ネット論については、権威の学者にありがちな、実情を知らない的外れ感や、過度に理念的で空疎な論議は出てこない。長年ネットを使っているユーザなら共感しながら読める土台がしっかりとある内容。

ニューラルネットや複雑系の話は、難しくなりがちである。それはこうした系が要素還元的でない性質の系であることに起因していると思う。自然言語は、比較的単純な要素同士の関係、特に二項の関係を記述するのには向いているが、全体性や多重フィードバックモデルを語るのには論理的説明の語彙が一般に不足していると感じる。

言葉と言葉が、直線的、階層的、論理的に結びついて、部分が全体を構築するのが科学の言葉。むしろ、創発のキー概念と成る全体性や多重フィードバックモデルは文学や詩の言葉が得意とする分野だろう。

要素と要素が響きあい全体として作品を織り成す世界を、科学の言葉で説明しようとすると、よほどの技量のある書き手であっても、細部まで読者に伝えることは難しいことだと思う。美しいが、わかったようなわからぬような読後感を与えてしまいがちだ。

■5つの原則

この本は中盤までは、粘菌、アリ、プログラム、歴史上の都市など実験や観測可能なデータを論拠にして書かれている。わかりやすい言葉に意味をうまく圧縮している。

例えば、創発の起きるネットワークには次の5つの原則があると著者はまとめた。

1 多いとは違うことだ
2 無知は役に立つ
3 ランダムな出会いに期待しよう
4 記号の中のパターンを探せ
5 ご近所に注意を払え

細胞の数が多く、それぞれは全体が見えておらず無知で、ある程度ランダムにつながりが起き、パターンを認知することができ、そして近隣の細胞と密接な相互反応をする。そのような性質を持つネットワークは全体として、知性があるかのように動く、ということになる。

最後の第3部は、創発の分散知性の技術が、政治、経済、社会にどのような革新をもたらすかについて語る。階層がなくフラットで、ゆるやかに繋がる個人がローカルな判断をし、それが全体とのフィードバックを起こして発展していく組織、世界。この未来論は美しいが、さすがに、文章が詩的な印象は否めない。この詩をどう味わうか、でこの本の評価は分かれるかもしれない。

無論、聡明な著者も気がついていて、こんな感慨を述べている。


... 創発システムの予測不可能性は、本の推薦やゲームには理想的名プラットホームになるが、突然、何のはっきりした理由もなく中間管理職を大量にクビにしたりするような企業をほしがる人はいない。コントロールされたランダムさは、都市生活やアリのエサ集めにはすばらしい方式だが、CEOのかわりにそんなものをおいて株主たちが納得するとはなかなか思えない。(... 中略... )自分の投資が、何百万のランダムなビジネスプランの中から長期戦略を育ててくれるまで、じっと待とうなどという投資家はいない

■ウェブはグローバルブレインになりえるのか?

私たちは自らが高度な知覚能力、意識、自由意志を持っていると考えている。個のレベルでは、粘菌の単細胞のふるまいとまったく同一の反応パターンをしているわけではないと思っている。どこまで、このアナロジーが有効なのかが、当然、疑問も生じる。

だが、都市やネットワークを分析するとマクロレベルでは、粘菌と同じような反応モデルが顕れる。都市はマスタープランがなくとも(いや、むしろない方が)自然に機能的に最適化されたレイアウトになる。管理者が不在のコミュニティも、仕組みによっては秩序ある組織になることがある。そもそも、私たちの知性の宿る身体が単純な細胞の集合で作られている。

知性は個にあるだけでなく、ある条件下では全体にも現れる。それがより広い分野に適用できるなら、、無数のノードがつながって、ユーザが反応しあうワールドワイドウェブやコミュニティもひとつの大きな脳=グローバルブレインとみなせることになる。それにはまだ足りないパーツが幾つもあるし、検証できていない部分も残されているが、歴史は創発ネットワークの方向に向かっていると著者は考えているように読めた。

知的エージェント、セマンティックWeb、ソーシャルネット、先端コミュニティシステム、自律コンピューティング、分散グリッド。そうした最先端の技術とそれを使う人間が、ネットワークを変容させていく。その先に何があるのかを、考えてみたい人にこれは自信をもって薦められる本である。

ああ、面白かった。

物凄く「今が旬」な本だと思う。興味のある人はいつか、ではなく、今、読むべき。
評価: ★★★★☆


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Posted by daiya at 2004年04月07日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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Comments

> 今、読むべき。
ということで今読んでいますが、読めません。_| ̄|○
しょうがないので、ランダムに興味のある《ITではない》ところから読み進めています。
一日そこらではとても読めません。

> この未来論は美しいが、さすがに、文章が詩的な印象は否めない。この詩をどう味わうか、でこの本の評価は分かれるかもしれない。
> 無論、聡明な著者も気がついていて、こんな感慨を述べている。

ということですが、勿論聡明な評者も気づいているでしょう。
これを全面的に認めてしまうと、調整型で無能にしか見えなくても、派閥の話し合いで適当に決まった人事でも、気分屋で適当なことばかり言うワンマンでも、毎週全国津々浦々適当なところに出没して「偶々」出くわした悪事を解決するような御老公でもトップは勤まるかもしれない、ということを。

「最も重要な50人」のキーパーソンがいなくても世の中うまく回ってしまうかも…本当に評者にとって面白かったのでしょうか?

Posted by: 名前だけは勘弁して at 2004年04月14日 03:02

すると、御一行からフェロモンが出ているのは必然に違いない…ということでこの辺からフェロモン解析でもやってみるのがこの本の正しい読み方でしょうか。

http://www.tbs.co.jp/mito/univ_MITO/rigaku/rigaku.html

こういう突っ込みを待っていたのですが、自己レスです(もう読むのやめていいですか?)。

Posted by: 名前だけは勘弁して at 2004年04月15日 05:19

「最も重要な50人」がいなくなると、別の誰かがそれになり同等の機能を果たし、世の中は続いていく、ということなんだろうなと思います。

一見ヒエラルキーや英雄がいるようにみえながら、そうじゃない、皆の相互作用で全体が成り立っているのだ、というところにあると思います。

私がいてもいなくても世の中は成り立つのだけれど、いて、何かをするのが面白いから、する。幸せだからついつい全体とのインタラクションをしてしまう。そういう動きの方が本質なのだと言う話ととらえています。50人になったかどうかはひとつの見方からみたときの結果論であって、本質ではないと。

それがインターネットのコミュニティで何ができるかなどの話につながっていくかなと。

Posted by: daiya at 2004年04月16日 02:58