2008年04月07日

愛の空間

・愛の空間
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大変面白い。日本独特の文化である「性行為専用空間」の歴史学。井上章一が10年がかりで書いた傑作。好事家もここまで極めると新学問の開祖といってもよさそう。

敗戦後の時期、皇居前広場は男女の屋外セックスの盛り場だったという衝撃の事実の解説から第一章が始まる。旅館やホテルが空襲で焼かれて性行為の屋内空間の確保が難しく、庶民にもお金がなかったために、当時の若い男女は夜になると皇居前広場で抱き合っていた。朝日新聞には「いっそ都がアベック専用の公園をつくって入場料をとれば、皇居前なども荒らされず、アベックも気がねなくてよかろう。」などという意見が記事になったそうである。

「待合」「蕎麦屋の二階」「円宿」「ラブホテル」など明治から現代までの性行為専用空間の変遷を、メディアの記録や文学の記述を丹念に追うことで検証していく。野山での開放的な交接スタイルから、閉じられた空間での愛の交歓へと移行していく。プロの売春婦たちと客の愛の空間と、素人の男女の愛の空間が互いに影響を及ぼし合いながら、途中に「家族風呂」「鏡張り」「SMルーム」「電動回転ベッド」のような隠微な技術や文化を発達させてきた。

そして西洋のお城風のゴージャスな外観やメルヘン調のラブホテルが登場する。メディアは盛んに新しいホテルの意匠を取りあげた。一方でシティホテルも男女が愛をかわす場として利用されるようになる。戦後の経済発展に伴い、日本人の性愛空間はどんどん進化していった。「性行為専用の空間をもち独特の趣向をこらすのは、日本のみに見られる現象である。われわれが屋内を好み、その意匠にこだわるのはなぜだろうか」。

答えを出すのは簡単ではない。遊郭以来のプロの娼婦たち、素人の男女、メディア、空間を提供する経営者たち、警察といった人々の相互作用を通史的にひも解いて、作者は「場所にこだわった性愛の歴史」を提示してみせる。実に濃厚濃密な内容。

・性の用語集
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004793.html

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005182.html

・ヒトはなぜするのか WHY WE DO IT : Rethinking Sex and the Selfish Gene
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003360.html

・夜這いの民俗学・性愛編
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002358.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・武士道とエロス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004599.html

・男女交際進化論「情交」か「肉交」か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004393.html

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2008年03月11日

日本人と日本文化

・日本人と日本文化
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司馬遼太郎とドナルド・キーンの対談。古典的名著。

キーンの日本文化についての知識の幅広さと深さに驚かされる。議論の中で何度も司馬遼太郎が防戦側に回っているように感じた。8本の対談が収録されている。議論はだいたい日本らしさ、日本人らしさとは何か、ということに収斂する。キーンに言わせると歴史的にみて「日本人はいつも何が日本的であるかということについて心配する」民族であったらしい。

原理というものに鈍感な日本人は、仏教と神道と儒教をごちゃまぜにして平気である。「日本の歴史を眺めておりますと、あらゆる面に外国文化に対する愛と憎、受容と抵抗の関係があるように思われます。」とキーンは指摘する。最初は軽蔑したり嫌々ながらに外来を取り入れていくが、やがて不可分なほど融合する。日本の文化史というのは、確固たる日本文化があるわけではなくて、外来文化が入ってくる、そうしたせめぎあいそのものなのだ。

それでも日本人は日本文化の絶対価値をアプリオリに認めている民族である。そこが日本人のおもしろいところでもあると思う。地政学的な安心感が土台にあるのだろう。

「もう一つは、中国には日本人にできないようないろいろ素晴らしいものがあるけれども、日本にも中国にはないような立派なものがある、と考えていた。それは何かというと、日本人の独得の「まこと」、あるいは「まことのこころ」でした。中国人に「まこと」がないという証拠はあまりないのですけれども、ともかく、どうしても日本には中国にないものがあるということを信じたかったようです。」とキーン。

真心、誠、大和魂。日本人の精神の芯にはなにか特別で正統なものがあると仮定して疑わない。それが何なのか言葉で説明したり、論理で証明はできないが、とにかく信じているわけである。その上で外来文化を取り入れているから平気なのである。

司馬はこういう。「日本という国は外にたいしてあまり影響を与える国じゃない。つまり世界史における地理的環境というものがあって、日本はいろんなものが溜まっていく国だと思うのです。中国になくなったものが日本のなかに溜まっている。文化のなかにも、言語のなかにも、むろん建築のなかにも、正倉院にも溜まっている。それではそれが中国に押し出していくか、思想として中国思想に影響を与えるべく出て行くかというと、それはありえない国のようですね。」

日本的な美とは伊万里や柿右衛門ではなくて、志野や織部だという話。日本の大きな合戦はここぞというときに裏切り者が出て勝敗が決まってしまうという話。日本人は政治を女性的にとらえてしまうという話。日本に来て成功した外人と失敗した外人論。多彩なテーマで日本人と日本文化の本質がわかりやすく語られている。

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2008年03月04日

美学への招待

・美学への招待
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私たちはいつのまにか流行歌の歌手のことを「アーティスト」と呼ぶようになった。これを「芸術家」と訳したら違和感がある。アートと芸術は別物で、無意識にアート<藝術という前提があるのである。しかし、どこからがアートでどこからが芸術なのかと問われると戸惑う。

現代において芸術とは何かという難しい問いに著者は真正面から答えている。

「近代の藝術、というのは端的に藝術ということです。なぜなら、ほかの文化圏においては、また西洋でも近代以前には、「藝術」の概念は存在しなかったからです。今日われわれが藝術と見做している作品のレパートリーは広大なものですが、それは、西洋近代において成立した藝術の概念を、それ以前の時代に、また異文化の世界に適用したものです。たとえば、百済観音は仏像以外の何者でもありません。」

「ところが藝術とは、広大なartsの領域のなかからその一部分を取り出して、価値的に区別したものです。具体的に言えば、絵画は藝術だが、家具を作るのは職人仕事だ、ということになりますし、さらに細かく言えば、油絵は藝術ですが銭湯にある富士山のタイル画は職人仕事という具合に区別されます。その区別の標とされてきたのは、作品に込められた精神的意味の深みです。」

デザインや職人芸は、芸術というよりアートといったほうがおさまりがよい。ネイルアートサロンなどという言葉もあるが芸術とは関係がなさそうだ。「背後に精神的な次元を持ち、それを開示することを真の目的としている活動が藝術です。」という著者の結論が納得である。デザインや職人芸では作者は透明で匿名であることが本来の特性であるのだから。

この本の芸術論の中でやはり面白かったのはコピーとしての芸術という章である。現代の私たちは、生演奏のコンサートや演劇の舞台をたまに劇場で見るが、DVDやCDは自室やiPodでひとり鑑賞することのほうが圧倒的にが多い。芸術の鑑賞スタイルが大きく変わってきているのだ。

「ここに、複製による藝術体験の特徴を見ることができます。すなわち、複製の体験は個人化し、体験の様式は自閉的なものになります。それは藝術だけのことではなく、われわれの生活様式全般に広く見られる現象です。」

そしてコピーで知ったモナリザを追体験するためにリアルの美術館へ向かうのである。商品化されたコピーがオリジナル以上の影響力を持っている時代になった。自分の体験をみても確かにコピーで知って(たとえばネットで美術館を調べて)、オリジナルを追体験するという機会のほうが多くなってきたように思う。

自宅の大きなハイビジョンテレビで鑑賞する絵画のほうが、混雑する企画展で遠巻きに眺めるオリジナルよりも、深く味わえたりすることさえある。これから現代の芸術を大きく変えるのは、実は高精細なディスプレイの技術だったりするのではないだろうか。

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2008年02月09日

仏像のひみつ

・仏像のひみつ
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東京国立博物館の同名の展示が一冊の本になった。

「人間の社会には組織というのがあります。会社だったら、会長さん、社長さん、専務さん、部長さんから、ヒラ社員まで。博物館にも館長がいて、副館長がいて、部長がいて、その他いろいろ......。仏像の世界も同じです。いくつかの段階のグループがあって、種類があって、それぞれの役割があります。そして仏像はそれが見た人にすぐわかるように、それぞれが決まった髪型や服装をしています。」

ということで最初に示されたのがこのピラミッド。

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これがわかっただけで、これまで見てきた仏像の位置づけがかなりわかりやすくなった。もちろん如来、菩薩、明王、天とはなんなのかのやさしい説明がある。

「さとりをひらいた如来のからだには、いろいろな特徴がそなわることになりました。それは数えると三十二、あるんだそうです。」。具体的に如来の主な特徴が説明されている。

たとえば鎌倉の大仏を例にだすとすると、

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上の○で囲んだ部分はすごく特徴的である。普通の人間にはなくて仏像だけにある。ボコボコした頭は、長い髪が勝手にパンチパーマ状になったもの、だそうで、おでこのボコは白い毛がくるくるっとまるまったもの、なのだそうだ。(それってどういうことというと深い意味があるわけだが。)

このほかにも仏像の姿勢や小物などの説明がいっぱいある。仏像の手の結ぶ印で、仏像の伝えたいメッセージが識別できるというのは、一緒に博物館にいった誰かについつい語ってしまいそうだ。

先手観音には千本の手があるわけじゃなくて四十二本の手があるなんていうのも初めて知った。「一本の手が二十五の世界の人々を救うんだそうです。だから四十本の手があれば、四十かける二十五でせ、千の世界の人を救えるんだって。それに、もとからある日本の手をいっしょに数えて四十二本の手になるらしいのです」

博物館に行く前にざっと読んでおくと、観賞力倍増間違いなしの強力なガイドブックだ。

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2008年02月03日

読み替えられた日本神話

・読み替えられた日本神話
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日本書紀は神話のスタンダードとしてその成立以降、宮廷や祭祀の人々に読み継がれてきた。中世において、その読まれ方は、読み継ぐというより読み替えというほうが正しかった。彼らは自由奔放にオリジナルを翻案改作して、別バージョンの神話を積極的に作り上げるようになった。

「中世日本紀の世界。そこには『記』『紀』神話に伝わっていない。イザナギ・イザナミの両親から棄てられたヒルコのその後の運命、あるいは源平合戦のさなかに失われた三種の神器のひとつ、草薙の剣のその後の行方、あるいは伊勢神宮でアマテラスの食事担当の神だったトヨウケ大神が、天地開闢の始原神、アメノミナカヌシへと変貌していく様子、さらには第六天魔王とか牛頭天王といった、古代神話には登場しない異国の神々でさえも活躍していく。もはや仏教とか神道とかいった区別さえも通用しないような世界が繰り広げられていくのだ。」

従来、研究者は、こうした神話の亜種を価値の低いトンデモ偽書としてまともに調べてこなかった。だが、神話の読まれ方を通史で眺めると、古い神話にインスピレーションを得て、新しい神話の創造するという行為はずいぶんと盛んでひとつの文化といえるものだったと著者は高く評価している。

日本書紀が成立直後より、朝廷では定期的(平安以降は30年おき)に、日本書紀の購読・注釈の催しが行われてきた。日本紀講と呼ばれるこの神話の読書会が、やがて神話創造の現場となった。

「こうした日本紀講の現場は、同時に新しい神話テキストを生み出す「創造」とも繋がっていた。『日本書紀』を注釈し、講義していく日本紀講の場は、なんと『日本書紀』を超えるスーパーテキストを作り出してしまうのだ。」

もちろん、その創造行為の動機には政治的なものを見る意見もある。「たとえば中世のアマテラスの本地垂迹は、在地の信仰を仏菩薩の垂迹として位置づけ、その頂点に大日如来の垂迹たるアマテラスが君臨することで、武士をはじめとした中世の人々を中世王権が精神的に再編成することが可能となったという説がある。」。そもそも同時期に成立したはずの古事記と日本書紀の記述の違いは主に天皇の権力を正当化するための意図的な改造であった。

だが、神話を創作の素材に用いるのは、千と千尋の神隠しやもののけ姫のような、現代のアニメ作品だって同じである。みんなが知っている話だからこそ、その続編を作ったり、同時代的要素を盛り込んだ別バージョンを作ったりすることが楽しいわけである。そうした楽しさに中世の人々は浸りながら、自由奔放にもうひとつの神話を作り続けた。そのクリエイティビティを、偽物だからなかったことにするというのでは、あまりにもったいないではないか、見なおそうというのがこの本の執筆の動機。

日本神話は日本人に本当はどう読まれてきたのか、実は今でいうCGMのネタとして親しまれてきたのじゃないか?という新しい視点を与えてくれる興味深い研究だった。

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2008年01月13日

美の呪力

・美の呪力
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代表作「太陽の塔」を発表した大阪万博の開催直前の時期に、雑誌「芸術新潮」に連載された岡本太郎の芸術論。「私は幼い時から「赤」が好きだった。血を思わせる激しい赤が...」。「聖なるもの」、「石」、「血」、「怒り」、「挑戦」、「仮面」、「聖火」、「夜」という、一連のキーワードの関係を構築しながら、古い芸術観を解体していく。

岡本太郎というと「芸術は爆発だ」というフレーズが有名だが、彼がこの本で語っているのはまさに、なぜ芸術は爆発なのか、爆発とはなんなのか、の話である。爆発とは原初的な生命エネルギーが人間の内側からふきだすことであるが、無論ふきだすだけでは芸術表現ではない。

岡本太郎はピカソの「ゲルニカ」を例に出してこういう。「いずれにしてもピカソの作品はあくまでも激しいと同時に冷たく、微妙な計算の上で炸裂している。そこに同時に遊びがあるのだ。怒りながら、瞬間に自分を見返している。常に見返していなければ本当の芸術家ではない。自分を見失い、我を忘れた狂奔は怒りではない。芸術ではない。」

「私は言いたい。全体をもって爆発し、己を捨てることだ。捨てるということは一番自分をつかまえることなのである。ああオレは怒ってるな、と腹の底でこっそり笑いながら、真剣に憤っている。それが人間的なのである。表現の側から言えば、目をつりあげて怒りながら、同時にそれが笑いである。またその逆であるというような表現こそ、人生そのものの表情であり、芸術である。」

真髄はメタなのだ。冷めていながら、ぶち切れることを遊ぶのが芸術なわけだ。これまで何冊か読んだが、岡本太郎の芸術論は常に人間の精神や文化の豊饒賛歌になっている。何かに還元できるような、つくりものじゃないのである。

この連載は太陽の塔の制作と重なる。こんな記述もあった。

「70年万博のテーマ館のために、私は世界の神像・仮面・生活用具などを集める計画をたてた。進歩を競い、未来を目ざすつくりもの、見世物ばかりで何か全体が浮き上がってしまいそうな会場の気配に対して、ぐんと重い、人間文化の深みをつきつけたかったのだ。」

日本中が注目した進歩史観の祝祭に対して、それとは反対の、ドロドロした人間のエネルギーを演出してみせた。当時、そのコンセプトやイメージが万博に合わないという意見もあったらしいが、岡本太郎は、実は確信犯的に遊んでいたのだということがわかる。体制に慣らされては芸術はできない。体制と戦うことを真剣に遊ぶことが真の芸術なのだなあと、その生き方をみて思った。

・岡本太郎 神秘
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004986.html

・今日の芸術―時代を創造するものは誰か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005051.html

・岡本太郎の遊ぶ心
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005077.html

・岡本太郎の東北
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005167.html

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2008年01月09日

綺想迷画大全

・綺想迷画大全
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これは傑作。美術館めぐり10館分くらいの価値があった。

古今東西の絵の中から「ヴィジュアル的に面白いもの」を選りすぐってカラーで収録し、その時代背景や技法を解説する。美術的な価値や知名度だけで選ばず、視覚的な面白さに徹底的にこだわって、知る人ぞ知る名画迷画を多く発掘している。印刷も高精細で大きく美しい。ページをめくるたびに目が釘付けになった。見る快楽がたっぷり味わえる。

不思議な構図の絵、視覚的にどきっとする絵、信じられないくらい精密な絵、特異な技法で描かれた絵、不気味な想像の絵など、いろいろなヴィジュアル的面白さがあるのだが、共通するのはどの絵も圧倒的に美しいということ。フルカラーの絵にしばし見惚れてから、著者の博覧強記の解説文を読むのだが、絵のインパクトが大きすぎて解説が頭に入ってこないこともあった。

神々や悪魔、仙人や伝説の怪獣など想像上の世界を描いた絵にユニークな絵が多い。特にキリスト教の宗教画の悪魔は強烈である。「そもそも悪魔とは、絶対神に対立sする観念でありますから、絶対神をいただくキリスト教やイスラム教の文化圏においてこそ、その絵画的表現は多様化したといえるでしょう」と著者はその理由を考察する。たとえばミヒャエル・パッハーの聖ヴォルフガングと悪魔は、典型的な悪魔の絵だ。聖者を誘惑する悪魔の姿がリアルで、夢に出てきそうである。

・ミヒャエル・パッハー 聖ヴォルフガングと悪魔
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西洋画だけでなく、東洋の絵も多数紹介されている。定規で細かな直線を何万本も引いて建築物を描く中国の「界画」はこの本で初めて知った。美術というより設計図に近いらしいが、機会があったら実物をじっくり見て見たいと思った。

歴代の中国皇帝が保有していた名画は、絵の上にベタベタとたくさんの朱色のハンコがおされている。皇帝が鑑賞するたびに「乾隆御覧之宝」などと印を残したからだそうだ。これは画家にとっても名誉なことで作品の価値を高めたのだろうが、西洋美術では考えられない。「後世の人がいかに皇帝とはいえ、勝手に字を書いたりハンコを捺したりすることのできる文化とは、いったいなんであろうか」、東西には「作品空間という観念のちがいがあるように思われるのです」といった著者の考察がある。

日本の絵は少ないが伊藤若冲の南天雄鶏図が選ばれていて納得。


・怖い絵
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005184.html

・美について
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005145.html

・形の美とは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005144.html

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2007年12月25日

あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅

・あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅
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「中国残留孤児だった父の半生を追う、奇跡と感動のドキュメント!

日中の国交が断絶していた1970年に、
文化大革命さなかの激動の中国から
奇跡の帰国を果たした28歳の日本人戦争孤児
――それが私の父だった。
二つの国の間で歴史に翻弄された父は、
いったいどんな時代を生き抜いてきたのか?

21歳の秋、旧満州に飛び込んで、10年がかりの長い旅の果てに、
戦争のもたらす残酷な運命と、語り継がれるべき「歴史」の真実を鮮やかに描き出す。
戦争の被害者である父と、加害者だとされる軍人だった祖父、
父を育てた中国の養母と、血のつながらない親戚たち……
いまを生きる私につながる“戦争”の物語とは? 反日と情愛の国のリアルとは?
そして「歴史」は複雑に絡み合い、ひとつの数奇な運命としてその姿を現わす」

今年最も感動したドキュメンタリであった。特に第一部の出来が素晴らしい。自分よりも年下の書き手が、第二次世界大戦をテーマに、こんな傑作を書けるなんてと驚かされた。
著者の城戸久枝は「1976年日本生まれ、日本育ちの」中国残留孤児2世。2世とはいっても「ただの日本人」である彼女は、自分のルーツ探しとして父親の中国での足跡をたどる旅に出た。戦争によって大陸に取り残され、中国人として生き、苦難の末に帰国した父親の物語。

「あの戦争」がぐいぐいっとひきつけられて、間近に生々しく語られる。歴史に対する遠近感が独特の作品である。それは父親の帰国は1970年だったこととが大きい。この家族にとってはそれまで戦争は続いていた。だから遠く離れた「あの戦争」も30数年前の一昔前のこととして語られるのである。だから、30代の著者は自身の人生と地続きの話として、父親の人生も情感たっぷりに語ることができたのだと思う。

映画にもなった漫画「夕凪の街 桜の国」と同様に、「戦争を知らない子供たち」である私たちの世代でも、戦争をテーマの傑作はまだまだ生まれる可能性があるのだなあ。

・夕凪の街 桜の国
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005073.html

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2007年12月19日

超教養

・超教養
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さとう珠緒の文章がおもしろすぎる。テレビで見ていると、この人案外頭がよさそうだよなあと思っていたのだが、こういうエッセイの文才があったとは驚いた。

Webダ・ヴィンチでの隔週連載をベースに単行本化したブリッコ書評本である。

・さとう珠緒のバカブックガイド
http://web-davinci.jp/contents/tamao/index.php

ブリッコというキャラは天然ではありえない。「思えば、私は小学生のときから計算に計算を重ねて生きてきました。そして長じて獲得したのは、芸能界でのブリッコポジション。もちろん、今後もブリッコ道を邁進していく所存です。」と冒頭で宣言がある。ブリッコは自分の見え方に対して敏感だ。だから、さとう玉緒は書評する本の書き手たちの自意識をも行間から見事に看破してバッサバッサと斬っていく。斬るといってもその手法は「ほめ殺し」だったり「受け流し」だったりする。

本の内容がつまらないとかくだらないとは書かずに、本の揚げ足をとって男女関係の話へ脱線していく。敢えて中身を語らないことで、逆に長々と語る価値がないということを語っている。これって結構な知識とセンス=教養がないとできない話芸で歩きがする。

なお、この本では、書評される本の内容はあまりわからない。おすすめ度合いもよくわからない。どれもあまり薦めていない気がする。本を選ぶためのブックガイドではなくて、読んだ後にさとう珠緒のセカンドオピニオンを聞いて楽しむのがおすすめの読み方である。私は大変面白かった。それとさとう珠緒が嫌いという人は間違っても買ってはいけない本でもある。

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2007年12月07日

岡本太郎の東北

・岡本太郎の東北
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岡本太郎の写真集「神秘」の、神がかったイタコの写真は、あまりにも衝撃的だった。何かが憑依したイタコの表情は、心霊写真より怖いというか、これこそ本物の心霊写真なのだと感動した。

・岡本太郎 神秘
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004986.html

「岡本太郎の東北」は東北の撮影部分に特化している内容。写真と共に撮影時の状況や岡本太郎の東北論が収録されている。岡本太郎は東北に残された呪的民俗に強い関心を持っていた。芸術と呪術は似ているというのだ。

「呪術は一定の儀礼をまもらなければ呪力が現出しない。だが芸術は約束ごとを破ってゆくことによって働くエネルギーである。しかしその働き方は、よく似ている。   呪術には矛盾がある。   効果、力があらわれるという前提がなければ成り立たない。少なくともそれが示現する、した、と人々に思われることがなければならぬ。しかし同時にそれが必ずあらわれるのでは、やはりいけないのである。カクすれば、必ずカクなる、というんだったら、それは実用的約束であって、呪術でもなんでもないからだ。   当たるも八卦、当たらぬも八卦、というといささかヒヤカシ気味の文句だが、これは意外にも、その本質を鮮やかについているのである。   芸術の場合も、まさに同じメカニズムがある。相手に何らかの形で認められるという要素がなければならない。それがなかったら、働きかける力をもたない。だが全面的に受け入れられ、好かれてしまったら、また呪力を失ってしまう。ともに芸術として無存在だ。」

人間の内面にある根源的な生命力を、世界へ発現させる方法として、呪術や芸術があるということらしい。その発現する瞬間を「芸術は爆発だ」と言っていたのだろう。

・今日の芸術―時代を創造するものは誰か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005051.html

・岡本太郎の遊ぶ心
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005077.html

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2007年12月03日

『針聞書』 虫の知らせ

・『針聞書』 虫の知らせ
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へんな本だ。

九州国立博物館所蔵の「針聞書」は、織田信長の時代の1568年10月11日に、現在の大阪在住の二介という人が書いた鍼術の秘伝書である。人間の体内にすむとされる、想像上の63種類の虫の絵とその説明が書かれている。

たとえば一匹目は肺積という白っぽくて辛い味と生臭いにおいを好む虫。最初は右のわき腹に発生して、やがて胸先を多い尽くして肺病を引き起こす。治療に当たっては、鍼はやわらかく浅く立てよという指示がある。

日本語には虫という語のつく表現が多い。蓼食う虫も好き好き、若い娘に悪い虫がついて、虫がいい話、虫の知らせ。悪い虫が起きて、腹の虫がおさまらない、虫が好かない、本の虫、仕事の虫などたくさんある。多くの表現の背景には、人間の体内に虫がいて宿主の心身に影響を及ぼしているという民間信仰がある。昔は排泄物に回虫が多く見られたから、体内の虫は身近でリアルな存在だったのである。

63種類の病魔の虫は、現代のウィルスや細菌に相当する存在である。今でも子供向けの説明には、虫歯菌や風邪のウィルスが擬人化されて登場するが、この古文書に登場する虫たちは馬や蛇のような形をしていたり、独特の性格を持っていたりと、味のあるキャラばかり。

・九州博物館のサイト
http://www.kyuhaku.com/pr/collection/collection_info01_02.html

上記のサイトで実物が公開されているが、ヘタウマ系のキャラクターとして愛嬌があるものが多い。博物館はプロモーションにこの虫たちを活用しているようだ。フィギュアまで制作されて販売されている。戦国時代の精神世界から登場したこのキャラクター、結構、流行るかもしれない?

・フィギュアの販売サイト
http://www.j-cast.com/feature/mushi/fig.html

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2007年11月29日

武士道

・武士道
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「武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である。」。新渡戸稲造が明治32年(1899年)に、滞在中のアメリカでこの本を書いたとき、実践としての武士道は既にとっくに過去のものであった。

「それを生みかつ育てた社会状態は消え失せて既に久しい。しかし昔あって今はあらざる遠き星がなお我々の上にその光を投げているように、封建制度の子たる武士道の光はその母たる制度の死にし後にも生き残って、今なお我々の道徳の道を照らしている。」

日本では宗教なしでどうして道徳を教えるのですか?という外国人の問いに即答できなかった新渡戸は悔しくて、諸外国に日本人の精神的土壌を説明すべく、この本を書いた。結果として、ヨーロッパの騎士道やキリスト教やギリシア哲学における道徳との比較が頻繁に登場する。

たとえば、こんな風に。

「戦闘におけるフェア・プレイ!野蛮と小児らしさのこの原始的なるうちに、甚だ豊かなる道徳の萌芽が存している。これはあらゆる文武の徳の根本ではないか?」

「ブシドウは字義的には武士道、すなわち武士がその職業においてまた日常生活において守るべき道を意味する。一言にすれば「武士の掟」、すなわち武人階級の身分に伴う義務(ノーブレッス・オブリージュ)である。」

「武士道はアリストテレスおよび近世二、三の社会学者と同じく、国家は個人に先んじて存在し、個人は国家の部分および分子としてその中に生まれきたるものと考えたが故に、個人は国家のため、もしくはその正当なる権威の掌握者のために生きまた死ぬべきものとなした。」

「感情の動いた瞬間これを隠すために唇を閉じようと努むるのは、東洋人の心のひねくれでは全然ない。我が国民においては言語はしばしば、かのフランス人(タレラン)の定義したるごとく「思想を隠す技術」である。」

義理と義務、勇気、仁、礼、誠実、名誉、切腹自殺について、欧米や大陸の文化と比較して、共通と相異を詳しく述べている。欧米化した現代人にも、わかりやすい内容になっている。

一方で、この有名な「武士道」本の主張は、伝統的な武士道研究とはだいぶ違っていて、新渡戸稲造の独自の解釈も多いといわれる。「過去の日本は武士の賜である。彼らは国民の花たるのみではなく、またその根であった。あらゆる天の善き賜物は彼らを通して流れ出た。」などは過大評価であろう。武士道を桜にたとえて「しからばかく美しくて散りやすく、風のままに吹き去られ、一道の香気を放ちつつ永久に消え去るこの花、この花が大和魂の型であるのか。日本の魂はかくも脆く消えやすきものであるか」と嘆くような、大げさな文学的な表現も多い。

キリスト教と騎士道を背景に持つ欧米列強に対して、日本にも歴史のある立派な道徳があるのだと、日本代表として熱弁する新渡戸の姿勢が終始感じられる。国際的に理解を得たいという熱意のために、かなり強引に欧米のイディオムと対応関係を張ってしまった感がある。だが、結果として、数十カ国に翻訳されたこのベストセラー本のおかげで、よくもわるくも日本の「武士道」は世界に広く知られることになったのである。

・武士道 初版がデジタルで読める
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40004040&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0

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2007年11月27日

怖い絵

・怖い絵
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「ある種の「悪」が燦然たる魅力を放つように、恐怖にも抗いがたい吸引力があって、人は安全な場所から恐怖を垣間見たい、恐怖を楽しみたい、というどうしようもない欲求を持ってしまう。これは奇妙でも何でもなく、死の恐怖を感じるときほど生きる実感を得られる瞬間はない、という人間存在の皮肉な有りようからきている。」

16世紀から20世紀の有名な絵画の中から、見た目の印象があからさまに怖いもの、描かれた経緯を知ると怖いものを20点集めて解説している。興味本位、怖いもの見たさで読み進めるうちに、歴史的背景や画家の位置づけなど名画の見方が自然にわかる面白い本だ。

ダヴィッドの「マリー・アントワネット最後の肖像」は、フランス革命の4年後に、市内引き回しでギロチン台へ連行されていく元王妃を、画家が見物人の一人としてスケッチしたものだ。新体制側の画家は、王妃の欠点を誇張して堕ちた偶像を描いたはずが、「心は何ものにも屈せざる大した女性」に仕上がってしまったと著者は説明する。そういう背景を知ると、各章の最初にあるカラーの複写ページに戻ってじいっと絵に見入ってしまう。絵画への味覚が倍増するのがわかる。

個人的に本物を見て見たいと思った怖い絵は、

ゴヤ 「我が子を喰らうサトゥルヌス」
ルドン 「キュクプロス」
クノップフ 「見捨てられた街」

の3つ。前の2つは見るからに正常を逸脱した感性を持つ芸術家でなければ、描けない異様さがある。

この本のタイトル「怖い絵」を調べていて、こうした怖い絵の多くは検索するとWebでほとんど見ることができることがわかった。さらに芸術作品や心霊写真などネット上には怖い絵がいっぱいアップされていて、そうした情報が2ちゃんねるなどで交換されていることもわかった。

怖い絵を動画にまとめてYouTubeにもアップしている人までいる。

・怖い絵画リンク
http://tigerbutter.jugem.cc/?eid=524
・[2ch]これは怖い!と思った絵ってある
http://www.youtube.com/watch?v=5d_DTLUt0Vo
・「世界で最も怖ろしい」絵
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/993681.html


・美について
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005145.html

・形の美とは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005144.html

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2007年11月26日

〈性〉と日本語―ことばがつくる女と男

・〈性〉と日本語―ことばがつくる女と男
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ジェンダーと言葉のみだれという切り口から、とてもユニークな日本語論を展開している。分析するテクストも、スパムメールや翻訳文、漫画のスラムダンクやクレヨンしんちゃんなど、幅広い。そうした周縁的なテクストに見られる「ずれた言語行為」にこそ言語の創造性の本質を見出す。

英語と違って、日本語には一人称の幅広いバリエーションがある。私、俺、僕、わし、おいら、あたしなどがあって性別も意識される。語尾にも変化として女ことば、男ことばがあり発話しているのが男か女かを区別できる。

「話し手を<女>と<男>に明確に区別する言語資源を持っている日本語は、「人間は女か男のどちらかである」という社会的信念を日常的な会話において再生産することで異性愛規範を支え続ける強力な言語的装置としての側面を持っているのである。」と著者は指摘する。

日本語は、男は「無徴・標準・中心」で女は「有徴・例外・周縁」という支配原理を内在させているのだという。たとえば、女社長、女医、女流作家、女子社員とは言うが、男社長、男医、男流作家、男子社員とは、まず言わない。

こうした言語のなかの男らしさ、女らしさに反発して、僕や俺という言葉遣いをする少女がいる。上下関係を嫌って敬語を使わない若者がいる。だが、そうした現象に日本語が乱れていると嘆くのは間違いであるというのが著者の意見である。

「日本語のみだれ」を指摘する背景には、「年長者は優れた日本語の使用者である」という考え方があり、さらにその背景には、「大日本語」の如き「正しい日本語の伝統」があるかのような言語イデオロギーがあるという。

「しかし、正しい日本語」ばかりを求める風潮は、じつは現代に生きる私たちも日本語を創造的に使っており、これらの「ずれた言語行為」が少しずつ日本語を変化させているという側面を見えにくくさせている」

ずれた言語行為をあぶりだすために多方面のテクストが分析される。口調の援助交際系スパムメールだとか、ハーレクインロマンスの翻訳文章だとか、漫画スラムダンクに見られる「〜〜っス」という新しい敬体(上下よりも親疎を尊重する敬語として)、ときめきメモリアルの美少女のセリフなど、周縁的で先端的なケースが多く取り上げられている。

そうした「ずれ」こそ言語イデオロギーを乗り越えていくための、創造的実践なのだとして、肯定的に日本語の「みだれ」をとらえなおしている。

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2007年11月21日

みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
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「身体という観点からみれば、オルガスムは男女いずれの性にとっても、パンツのなかでの一瞬の快感にすぎない。男女を平均したその長さは一回に十秒ほど。週一〜二回という性交の平均回数からして、大半の人は週にわずか二十秒、月にして一分かそこら、年に合計十二分のオルガスムを体験していることになる。性交可能とされる年数を限りなく楽観的にみて五十年とすると、われわれはそのあいだにおよそ十時間、マスターベーションにとりわけ熱心な人であればおそらく二十〜三十時間、オルガスムを楽しめると考えていい。」

かりに人生を70年とすると時間にして6000時間程度である。そのうちの、たった20〜30時間の快楽を追求して、人間は膨大な労力を投じる。誰とするかという性選択の積み重ねによって、人類は淘汰されて種として進化する。意識的にせよ無意識にせよ、性衝動に影響された人々の判断が歴史を動かしていく。

この本はひたすらセックスの話題によって、人類の10万年の歴史を物語る。セックスの普遍性とバリエーションの豊かさに驚かされる。古今東西のあらゆるところにセックスの話題が見つかる。

・孔子は五日に一度のセックスを推奨した
・342年、アナルセックスとオーラルセックスは非合法化された
・性欲を断つため、指を焼き落とした神学者たち
・エジプトのファラオは川に向かって自慰をした
・ポンペイの壁画に似こる生々しい3Pシーン
・帽子に女の陰毛を飾るロンドンのメンズファッション
・マリーアントワネットはあそこの「道が狭すぎた」
・宇宙空間で試された二十の体位

第二部の各章では古代から現代までを時代別に、歴史学、生物学、人類学、心理学、社会学的な観点での特徴がまとめられている。各時代のセックスに対する道徳的な位置づけや、性生活の実情、流行の技巧、性をめぐる事件など、トリビア的なトピックが大量に時系列で語られる。時代や社会によって変わるものと変わらないものがある。

たとえば「火はたちまち燃え上がるが、水によってたちまち消える。水は火にかけて温まるのに時間がかかるが、冷めるのもゆっくりだ」と紀元前11世紀の易経には書かれている。男=火、女=水として両性ののオルガスムの違いについて述べた部分だが、同様の分析が古代ギリシアにもあった。セックスが気持ちよいということと、気持ちよさの内容は古今東西を通じて不変であるようだ。

今の世界があるのは、男と女がオルガスムを追求して、ヤり続けたからであって、それ以外の原因ではないのだとも言える。セックスは、歴史を一本の線で結ぶことができるほとんど唯一の要素である。そう考えてみると、このセックス史というのは案外、正統な歴史の記述形なのだ。

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2007年11月14日

ヨーロッパをさすらう異形の物語 上・下―中世の幻想・神話・伝説

・ヨーロッパをさすらう異形の物語 上―中世の幻想・神話・伝説
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・ヨーロッパをさすらう異形の物語 下―中世の幻想・神話・伝説
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伝説・神話好きにはたまらない内容。

中世ヨーロッパの伝説が解説つきで24編が収録されている。一部が童話として変形して伝わった以外は、日本ではあまり知られていない話が多いように思う。海外の人が、桃太郎や金太郎、一寸法師や海幸山幸のような昔話をよく知らないのと一緒だろう。知っていれば、異文化の文学や創作を深く味わうことにつながる。

上巻:

さまよえるユダヤ人―永遠という罰の重み
プレスター・ジョン―朗報かそれとも悪い報せか
占い棒(ダウジング)―なんでも見つけ出す魔法の棒
エペソスの眠れる七聖人―復活する死者
ウィリアム・テル―本当はいなかった弓の名手
忠犬ゲラート―命の恩人は動物だった
尻尾の生えた人間―「よけいなもの」か「必要なもの」か
反キリストと女教皇ヨハンナ―悪しき者たちへの恐怖と期待
月のなかの男―いまもそこにいる理由
ヴィーナスの山―戻ってきた者はひとりしかいない
聖パトリックの煉獄―足を踏み入れた者たちの証言
地上の楽園―それはどこにあるのか
聖ゲオルギオス―残酷な拷問とドラゴン退治

下巻:

聖ウルスラと一万一千の乙女―偽りだらけのくだらなくて愚かな物語
聖十字架伝説―けたはずれの創造力
シャミル―虫や石に宿る謎めいた力
ハーメルンの笛吹き男―誰もが知っている伝説の正体は?
ハットー司教―ネズミに食い尽くされた強欲の司教
メリュジーヌ―裏切りは別れを招く
幸福の島―聖なる場所は西にある
白鳥乙女―詩人に愛された美しい鳥
白鳥の騎士―素性をたずねてはならない
サングリアル(聖杯)―聖なる器の伝説
テオフィロス―悪魔と契約した司祭

聖プレスター・ジョンは大学受験の世界史で先生が、試験にはでないかもしれないが、と前置きして話してくれたのを覚えている。

中世ヨーロッパの十字軍は、イスラム教徒との戦いが苦戦する中で、ひとつの伝説を信じていた。東方に聖ヨハネの血をひく君主プレスター・ジョンが統治するキリスト教国家があるという「聖プレスター・ジョン」の伝説である。この偉大な君主が、この戦いに強力な援軍にさしむけてくれることを願った。ローマ教皇はプレスター・ジョンあての手紙を使者に持たせて派遣した。マルコポーロもこの伝説を信じて東方へ渡ったし、大航海時代のきっかけのひとつになったともいわれる。伝説が歴史を動かしてしまったわけだ。

ネオアトラスという名作ゲームを思い出した。実は最近PS3でもネットワーク経由でダウンロード販売されているので、懐かしくて、買ってしまった。まだ未探査の世界の噂を集めて、どの噂を信じるかで世界地図が変わっていくという仕組み。


・ネオアトラス 3
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何を信じるかで世界が変わるというのは、人間の同時代史において、案外、本質なのではあるまいか。荒唐無稽に思えるこれらの伝説が真実味を帯びていた世界を想像しながら読むと、もうひとつの世界史が見えてくるような気がする。

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2007年11月06日

日本語の源流を求めて

・日本語の源流を求めて
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日本語タミル語起源説の大野晋が研究の集大成を一般人向けに平易にまとめた新書。

「北九州の縄文人はタミルから到来した水田耕作・鉄・機織の三大文明に直面し、それを受け入れると共に、タミル語の単語と文法とを学びとっていった。その結果、タミル語と対応する単語を多く含むヤマトコトバが生じたのである。」

日本語とタミル語は文法も単語も共通点が非常に多い。物の名前が同じというだけならば、そういうこともあるかなというレベルなのだが、「やさしい」「たのしい」「かわいい」「にこにこ」「やさしい」「さびしい」「かなしい」などの感情を表す言葉までほぼ同じなのである。

さらには日本的情緒の代表格「あはれ」までタミル語に同義でみつかるのだ。五七五七七の韻律を持つ詩もタミル語にある。日本固有と感じられるものが実は南インドからの伝来のものであったというのは衝撃である。

たんぼ、あぜ、うね、はたけ、あは、こめ、ぬか、かゆなどの水田耕作に関係する設備や労働の呼び方も共通している。著者の現地調査によれば、似ているのは言葉だけでなく風俗習慣もまたそうであった。タミルには注連縄や門松まである。

7000キロ離れた南インドから、紀元前1000年頃、タミル語は日本に海路で上陸し、それまでの縄文の言語と融合したという。「タミルと日本とその二つの言語が接触し、文明の力の差によってヤマト民族が文明的に強かったタミル語の単語五〇〇(私の調べた限り)を自己流の発音で覚え、さらに文法も覚え、五七五七七の歌の韻律や係り結びなどまで取り込んだ。」

遠く離れた二つの言語で偶然ここまで単語や文法、背景の文化が一致するとは考えにくい。日本語研究において、タミル語起源説は比較的新しい学説のひとつに過ぎないが、この本にでてくる多数の共通点の例示を見ると、かなり確度の高い説なのではないかと思えてくる。

著者は今年で御年88歳。「私は日本語の過去を振り返り、文献以前の日本語を求めようと努めたが、それにはおよそ一生を要した」と最後に書いている。この本は学者が生涯をかけた研究の最終章ダイジェストなのである。

・日本人の神
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003868.html

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2007年11月05日

吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件

・吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件
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戦後の混乱で天皇の地位が一瞬揺らいだとき、「南朝の末裔である我こそが真の天皇である」などと主張する、なんちゃって「テンノウ」たちが乱立した。その中で最も有名な人物、熊沢天皇こと熊沢寛道の奇矯な半生を追う。この自称天皇は昭和天皇をニセモノとして裁判所に訴え、皇位の返還せよという勧告状を送り、北朝の天皇と同じように地方を「巡幸」してみせた。マスメディアもネタとして取り上げることが多かった、「時の人」であった。

山師、詐欺師の跳梁跋扈する時代であったが、この熊沢天皇は根っからの詐欺師というわけではなかったようだ。本気で自身の正統性を信じていたらしい。取り巻きはそれを利用した。熊沢寛道が本当に南朝の末裔なのかどうかは実際にはよくわからない。そもそも血がつながっているかどうか、と天皇としての正統性は関係がないという意見もある。

裁判所は熊沢の抗告をこう言って却下した。

「天皇であることが、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴なのであるから、現に皇室典範の定めるところにより、皇位にある天皇が、他のいかなる理由かにおいてその象徴たる適格がないかどうか、というようなことを云々する余地は全くないものといわなければならない」

当時の新聞に熊沢天皇問題について大宅壮一は次のように述べた。

「血のつながりをたどっていけば、すべての日本人がどこかで皇室につながっていることになる。”1億総天皇家”ともいえよう。問題は、血のつながりを世間が承認しているかどうか、というよりも、それにふさわしい地位権力を保持してきたか、今もつながっているかどうかということにかかっている」

つまり、天皇であることはその資格があるか云々の話ではなく、現に天皇であるから天皇であるということなのだ。熊沢天皇の滑稽さは、相手方が決めたルールで自身の正統性を訴えるしかなかったこと、そのルールさえ近代になって作られた神話に過ぎなかったことにある。

「寛道もまた、天皇を万世一系の現人神とし、その現人神である天皇をトップにいただいて臣民が一家をなすのが神代以来の日本の国柄であり国体だとする。明治以来の巧妙な洗脳教育が生んだ”作品”のひとつにほかならなかった。」

「寛道らの運動を成り立たせているもの、それは明治以降の政府がつくりだした「万世一系」という虚構にほかならない。彼らは後南朝というフィクションにとりこまれたのではなく、実は万世一系の現人神天皇という、権力者側がつくりだした虚妄の神話にとりこまれ、その妄想世界を、戦後になっても、ただひたすらさまよいつづけたのである。」

現代日本でも、つい最近、女系天皇の可否を議論する際に万世一系が重要時として取り上げられてきた。万世一系はそれほどまでに強力に国民に浸透した神話であり、その土壌のなかから色物としての熊沢天皇らが生まれてきた。しかし、この神話を本当に巧妙に利用してきたのは、この国を動かす権力者たちであったということを、著者は指摘する。

熊沢天皇という戦後の仇花の奇人伝に終わらず、今も続く天皇の権威の正体に迫る濃い内容に驚いた。新書だが相当読み応えがある。


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2007年10月30日

美について

・美について
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美についての哲学的考察。

映画のエンドロールで「この物語は実話にもとづいています」という字幕を読む、とか、作者が死を覚悟して描いた遺作ですという説明を聞かされる、とか、作品の背景を知ると感動が増すということがある。美しさという感動は純粋な知覚体験というわけではなさそうだ。

まず美は理性による発見=解釈というプロセスを必要とするものだと著者は述べる。

「こう考えてみると、美はたんに直接的な知覚や感覚の実の問題ではなく、なんらか成長するにつれて発達する知性と関係があるように思われてくる。たしかに、複雑な構成の長篇小説や単色の墨絵の美など、知性の不足している頃には無縁の存在ではなかったか。そこで、背景に秘めている教養の高まるにつれて、われわれが美と感ずる対象、つまり、われわれに美しいという知覚を呼びさます事物が変化してくるという事実を認めねばならない。」

解釈とは作品との対話であり、背景知識による分析をベースとしている。だから「換言すれば、作品は体験の浅い人にはその深さを示さないということになる。体験の深浅は決して事実体験として自己が経験したか否かという直接性の問題ではなく、意識がとらえるものをわれわれがどれほど深く理解するか否かということにかかっている。」ということになる。

感受性という言葉はこの本に一度も使われなかった気がするが、美を深く味わうには、感覚と知性の総合的な感受性の高さが必要であるということになる。そして教養だけでは不足で「愛」も要るのだという考察がある。

「ということは、われわれは与えられた作品との美的経験において、想像力を理性的に働かせて、その作品が、元来置かれていた場所では、いかなる背景を持ち、いかなる条件に基づいて輝き出ていたのか、ということを補い考えてみなければならない。この配慮は、言わば、作品に対する愛情なのである。作品はしばしばこの愛に応えて自己を開示する」
そして美の体験とは「日常的意識の切断」という意識の位相だという。日常を忘れてうっとりしてしまう状態が美の体験なのである。「真が存在の意味であり、善が存在の機能であるとすれば、美はかくて、存在の恵みないし愛なのではなかろうか。」

美について各章で哲学的、歴史的、社会的、芸術的に多角的な分析が行われる。美の正体を考える入門書として名著だとおもう。

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2007年10月28日

形の美とは何か

・形の美とは何か
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形の美しさを理論的に解明する大胆な内容。

著者は、機能美と装飾美、具象と中小、定形と非定形、自然と人工、理念と現実など、原始時代から現代までの東西の美の歴史にあらわれた美の構成要素を見直し、ひとつの大きな構成原理の体系にまとめあげた。

そして西洋の黄金比やシンメトリーの美、日本の等量分割やルート矩形の美などを分析して、人間の美的感性の本質を、美の中に数理性を見出す人間の能力だと指摘する。「私たちには、ものごとを秩序づけて見ようとする傾向が根強くあるため、自然の中にある規則性を知覚すると、いつも本能的に驚いてしまうのである」(E.H.ゴンブリッジ「装飾芸術論」)。数理性を基本とする定形は再現しやすいので、美術の伝統に繰り返し使われるようになったという。

自然の美は非定形であると 長い間考えられてきたが、現代のフラクタルやカオス、複雑系の研究から、自然の美もまた数理的に理解できるということがわかってきた。今ではその応用で本物とみわけのつかない自然な枝葉の樹木をCGで再現できるようになった。

自然の美の特徴をこの本では次のようにまとめている。

・自然の法則(造形の秩序)に準拠した機能の形である
・形状が滑らかで無駄がなく有機的形体(オーガニック形体)である
・フラクタル性の形では、自己相似性による黄金比のもつ美しさを内包している
・セルオートマトンによるリズミカルなパターンが見られる(貝類や動物の模様や柄)

そして自然の非定形の美を取り入れてきた日本の伝統美、ジャポニズムの先見性を、こうたたえている。

「先に述べたように非定形は、出鱈目な形、不規則な形だけで、さしずめ美の原理の存在しない形、複雑で偶然生じた形にすぎないと思われていた。しかし、実はこの非定形にある秩序があることが発見された。これがフラクタルであり、このフラクタルと黄金比とはきわめて近い関係にあることも科学的に解明された。こう考えると日本人は、何もやみくもに不規則な形や歪んだ柱や、単なるひび割れを好んで、芸術作品や美の対象としたのではなかったのである。日本人は自然の中に潜む黄金比にも通じる、きわめて高次元の美の原理を本能的に知っていたのである。」

形の美を、秘められた数理性に一元化して説明するアプローチがたいへんわかりやすい。天邪鬼な私は、できのいい理論を前にすると、美しさって本当にそれだけかなと疑問に思ったりもするのだが、それ以外の美の説明を考えるのは、きわめて難しい。

あるとすれば「ただ美しい」というのが、別にあるのだと思う。言語化や理論化できる美とできない美というのがあって、言語化や理論化できる部分については数理性での理解が説明として有効ということなのではないかなあ。

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2007年10月08日

肖像写真

・肖像写真
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19世紀後半のナダール、20世紀前半のザンダー、二十世紀後半のアヴェドンの3人の写真家の、代表的な肖像写真の差異を分析することで、顔の意味の歴史を考察する本。

「ナダールは自分の好みの人物たちを選び、彼らをできるだけ自由な状態に置きたいという応対をしながら相手を見ていた。ザンダーは、ピンからキリまでの人間のだれにも共感を抱きながら見ていた。アヴェドンは決して冷淡ではないが、善人に対しても悪人に対しても、権力者にも犠牲者にも、できるだけ冷やかで空虚な視線を投げかけた。」

肖像写真の出発点がナダールである。

・Nadar
http://en.wikipedia.org/wiki/Nadar_%28photographer%29
ナダールの肖像写真の作品が多数掲載されている。

「いずれにせよナダールが撮ったのは、貴族でもなく、もともとの金持ちでもなく、自らの知的な能力を磨き、活動させることによって、たんなる知識人ではなく有名人になっていく人びとであった。ナダールによって写真に撮られるとともに、ボードレールによって評価されていく人々でもあった。」

「ひとつの時代を共有する群れのなかから、このような歴史的な意義をもった人びとを差異化し、「同時代のびと」たらしめることこそ、ブルジョワ社会の特質であった。<中略>ナダールの肖像写真が明らかにしたのは、こうした歴史的なブルジョワジーの特徴であった。このエリート主義の社会だからこそナダールは浮かび上がれたのだ。」

まだ写真が珍しい時代では、ナダールに肖像写真を撮られるということは、特別な知識人として列聖されることなのであった。そして、それらの肖像写真を見る者には、その人物が誰で何をした人なのかという前提知識があった。

時代が下るにつれて、ザンダーはさまざまな職業、階層の人々を撮影して分類していった。多様な社会関係にある、有名無名の顔をたくさん集めることで時代を群像として写しだそうとした。

・August Sander
http://www.masters-of-fine-art-photography.com/02/artphotogallery/photographers/august_sander_01.html
多様な職業の人々の肖像作品集が掲載されている。

そして、20世紀のアヴェドンは「20世紀最後の奴隷」や「殺人者」の肖像写真を撮ることで、それが歴史的真実であることを伝えるパフォーマンスを行った。

・Richard Avedon Foundation
http://www.richardavedon.com/

後半の総括部分では、「仮面」と「観相術」というキーワードを使った分析が、肖像写真の被写体、写真家、観客の3者の関係性の変化をうまくとらえていてわかりやすかった。


・Portraits
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005048.html

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2007年10月07日

「世間遺産放浪記」「奇想遺産―世界のふしぎ建築物語」

ユニークな写真集を2冊。


・世間遺産放浪記
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世界遺産とは無縁でそこらへんにありそうだが、よく見ると職人の技が光る価値のある古い建築物を247件も、大きな写真と記事で紹介する。著者はそうした地味だが味のある建築に「世間遺産」という名前を与えた。30年の研究の成果。

「さて「世界遺産」や「近代化遺産」が脚光を浴びる中、社会からはなかなか見向きもされない、これら「世間遺産」たちとの出合いは、筆者自身に強い印象を与えるものばかりでした。長く人の生業やくらしとともにあった、「用の結果の美」としての建築や道具。または庶民の饒舌、世間アートとでも呼びたくなるような不思議な造形の数々...」

著者の狙いは、世界遺産の相対化にあるのだろう。それはかなり成功している。

田舎の田圃の片隅に打ち捨てられた農具小屋や、小川に架けられた名もない石橋、明治の頃に長者が建てた村一番の蔵。どの村や町にもありそうな、ありふれた遺産なのだけれど、TBS世界遺産風、ナショナルジオグラフィック風の撮り方の写真に、著者が調べた由来の解説が付けられると、不思議と風格を帯びて見えるのである。

・奇想遺産―世界のふしぎ建築物語
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奇想遺産は、世界の奇妙な外観の建築を集めた写真集。朝日新聞の連載の書籍化。まず表紙の「ル・ピュイ・アン・ブレ」をみて驚く。フランスの奇観というとモンサンミッシェルが有名だが、町はずれの野原に85メートルの岩があって、その上に教会がたてられている様は圧巻だ。

奇想遺産にはシドニーオペラハウス、大阪の通天閣、首里城正殿など、有名な建築も紹介されているが、建築にまつわるエピソード紹介を読むと、知らなかった事実がでてきて驚かされる。この本があると、旅行の計画をたてるときに、ちょっとユニークな味付けができそうである。


こういう世間遺産、奇想遺産って探すと身近に結構ある。たとえば市谷の奇妙なパイプ?橋と釣り堀の景観って、東京の世間遺産として残すべきものだよなあと思う。いつもあの釣り堀を見るとほっとする。

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2007年09月09日

奇想の20世紀

・奇想の20世紀
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「未来を空想する力を人類は失いつつあるのではないか。しかしわずか一〇〇年前には「未来予測」は凄まじいブームであった。産業、経済、政治、消費、娯楽など、あらゆる分野で未来が予測され、次々に現実となった。その大予告編とも言うべきスペクタクルが万国博覧会であり、一九〇〇年パリ博は、二十世紀最大のファンタジーであった。十九世紀が夢見た二十世紀という「未来」を振り返り、二十一世紀の我々の「夢」を展望する。 」。著者は荒俣宏

19世紀にテレビやブロードバンドのある未来生活を思い描いていた風刺画家アルベール・ロビダのビジョンが冒頭で紹介される。当時は科学小説家のジュール・ベルヌのライバルという関係であったらしい。ジュール・ベルヌが科学の驚異を肯定的に歌い上げたのに対して、ロビダは批判的に取り上げたため、大衆の人気は圧倒的にベルヌのものになり、ロビダはほとんど忘れ去られてしまった人だそうだ。だが、その未来ビジョンはかなり正確に20世紀の科学文明の光と影を言い当てていていて面白い。

こうした19世紀末の未来予想ブームの背景には、世界の未来技術、未来生活のデモンストレーションとしての万博が開催されていた。エッフェル塔やクリスタルパレスが万博のために作られて未来の象徴となった。

しかし、「エッフェル塔もビネの記門も、いまだ十九世紀的美意識をひきずる教養層、指導層には、バッドテイスト(悪趣味)の一語によって切りすてられた。その意味からすれば、未来の窓である万博自体が、ハイテイストあるいはグッドテイストであったためしはないだろう。一九〇〇年パリ万博は、まさしく「最高で、なおかつ最低の世紀」二十世紀のイメージを明らかにしたイヴェントであった。」

指導層教養層にとっては、いくぶんバッドテイストなもの、即座には受けられないものが、未来として実現していくというのは、どの時代も一緒だ。人間社会の多くの面で進歩史観が通用した19世紀は、素直に明るい未来を予測できた最後の時代であると著者は総括する。未来を予想することが楽しかったからこそ未来予想ブームがあったのだろう。

著者が問題提起する「未来を空想する力を人類は失いつつあるのではないか」というのは、少子化、高齢化、環境悪化、経済優位性の相対的な低下など、あまりよい未来の材料がない時代状況と関係が深いのかもしれない。少なくとも二十世紀高度成長期には「鉄腕アトム」のような未来ビジョンがあったし、その物語が親しまれ、それを科学で本当に実現しようとする人たちがいた。現在はそれにあたるものがない気がする。

この本には、一九世紀の人たちの想像力の歴史が総括されている。博覧強記で知られる著者だけに、幅広い方面の出来事がまさに博覧会的に並べられていて飽きない。

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2007年08月30日

美しき日本の残像

・美しき日本の残像
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「四国の平家の落人の里に民家を買って城と称し、日頃は京都・亀岡の天満宮の庵に暮す。書画骨董、歌舞伎、古都を愛する一風かわったアメリカ人の日本美見聞録。 --」。第7回新潮学芸賞受賞作。

日本通の外人の代表みたいな著者が語った日本文化論なので、日本に優しいと同時に厳しい意見が両方書かれている。世阿弥と利休の本を読んだばかりだったので、次の日本の思想についての考察に特に感心した。

「日本は中国とは大きく違います。中国の場合、孔子、孟子をはじめ、哲学者と文人が高貴な思想を巧みに文章にして後世に残しました。一方、日本文化の歴史の中に哲学者と、はっきりした「思想」を探しても、驚くぐらい見当たらないのです。極端に言えば、日本は思想のない国です。  (中略)  日本では文化のエッセンスは言葉として本に書かれてはいませんが、目に見えないところに日本の「思想」がやはりあったのです。伝統芸術に流れたのです。だから、日本には孟子、孔子、朱熹はいませんでしたが、定家、世阿弥、利休などがいました。彼らは日本の真の哲学者だったと思います。」

本来は、芸術だけでなくて、武士、職人、商人、庶民それぞれの生活の中に、あるべき理想の生き方、哲学が内包されていたのだと思う。日本の哲学は暗黙知なのだ。だから、本当に大切なものは明文化しない、できるものでもないと考えるのが日本人なのだろうと思う。外と内の両方から見ることができる著者だからこそ、その見えない日本の美を文章で客観的に語ることができた。

アメリカ生まれで、エール大学で日本学を専攻し、オックスフォード大で中国学を専攻した著者が語るのは、常にグローバル思考での比較文化論であり比較精神論である。素人の日本人とアメリカ人にはじめての陶芸をやらせると、日本人はみんな無難なものを作るが、アメリカ人は独創性を出そうとしてとんでもない形のものをつくってしまう、という体験にもとづく考察が面白い。

「時々思うのです。「人生を面白く」というアメリカ教育の要求はひょっとしたら残酷なものかも知れません。だいたいの人の生活はつまらないものですから、失望するに決まっています。一方、日本人はつまらなさに不満を感じないように教育されていますので、きっと幸せかも知れません。」

それから、この本の9章、10章、11章は、奈良、京都の名所巡りガイドになっていて、なんとしても、それらの場所を訪れてみたいなと思わせる内容である。私もたまたまこの夏、奈良に行ったばかり。南大門、東大寺、春日大社で写真を撮ってきたので、ついでにここで公開。

「美しき日本」になっている、かなあ。

Todaiji Nara Japan

Nara

Nara

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2007年08月21日

岡本太郎の遊ぶ心

・岡本太郎の遊ぶ心
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岡本太郎の秘書を50年間勤めた岡本敏子が書いたTARO伝。

岡本太郎は、漫画家 岡本一平、小説家 岡本かの子という、奔放な表現者の家に生まれた。一平は、かの子の愛人を家に同居させることを許し、奇妙な三角関係を内包する家庭で育てられた。やがてかの子は精神状態が不安定になり、子育てを放棄したも同然になる。太郎は孤独で早熟な少年に育った。後に太郎は「私は父母に生んでもらったんじゃなくて、自分が決意してこの世に生まれてきたのだ」と語っている。

子供時代から晩年までの岡本太郎の活躍のハイライトが、写真を使って解説されている。絵、造形、カメラ、ゴルフ、ピアノなどが一級の腕前で、岡本太郎の多才ぶりがよくわかる。縄文土器やペットのカラスをこよなく愛した偏愛ぶりや、ピカソ、アンドレ・マルロー、ブラッサイ、大江健三郎、瀬戸内寂聴など内外の著名人との幅広い交流が紹介される。

「私はまさに4、5歳のいのちをナマのまま生きている」

「無償の情熱をもって激しく行動することが、遊びの本質だ」

「合理主義こそが人間を大虐殺する」

「俗に大人になるというのは、本当に生きがいのある人生を降りてしまうことだといってよい」

「合理に非合理を突きつけ、目的志向の中に無償を爆発させる」

テレビで有名になった「芸術は爆発だ」という短いメッセージの裏側にある深い意味が、見えてくる本だ。

・今日の芸術―時代を創造するものは誰か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005051.html

・岡本太郎 神秘
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004986.html

この2冊を読んで、岡本太郎の人生について俯瞰したいと思ったのが、この本を読んだ動機だった。よくわかった。

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2007年07月26日

今日の芸術―時代を創造するものは誰か

・今日の芸術―時代を創造するものは誰か
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このロングセラー本で岡本太郎の偉大さをしみじみ実感した。

「岡本太郎はテレビのお陰で、眼玉ギョロリの爆発おじさんという印象だけで固定されているかもしれないけれど、この本はじつに明晰な論理をもって書かれている」と解説に赤瀬川源平が書いているように、極めてわかりやすい芸術論である。同時に凄まじく情熱的な人生論でもある。

「今日の芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」。芸術家はつねに前衛であれというメッセージ。

「芸術は、つねに新しく創造されなければならない。けっして模倣であってはならないことは言うまでもありません。他人のつくったものはもちろん、自分自身がすでにつくりあげたものを、ふたたびくりかえすということさえも芸術の本質ではないのです。このように、独自に先端的な課題をつくりあげ前進していく芸術家はアヴァンギャルド(前衛)です。これにたいして、それを上手にこなして、より容易な型とし、一般によろこばれるのはモダニズム(近代主義)です。」

岡本太郎の考えでは表現行為とは人間の本質であるから、誰もが思う通りに絵を描いたり音楽を作ったりすればいいのだ、下手も上手もなくて、ユニークかどうかが大事なのだということである。上手な芸術家をまねて美しく、ここちよい表現をするのは芸術ではないのである。日本の芸術家も教育も間違っていて、けしからんのである。

岡本太郎は長いフランス滞在から帰国して、日本の旧弊な芸術家の世界に不満を持っていた。権威や体制に迎合するのではなく、そんなものをぶちこわすのが芸術なのだと繰り返す。「芸術家は、時代とぎりぎりに対決し、火花をちらすのです。」。岡本太郎はアンシャンレジームに対して何度も喧嘩を仕掛け、孤立していたらしい。

こんなことも書いている。

「さあやろう、と言って競技場に飛び出したのはいいけれど、気がついてみると、グラウンドのまん中に、ほんとうに飛び出したのは自分ただ一人。エイクソ!こうなれば孤軍奮闘!ところで前方の敵とわたりあっていると、意外なほうから、こっそりなにかしらんが伸びてきて、足をすくうらしいのです。バカバカしい。いったい、これを日本的というのでしょうか。しかし、このバカバカしさに、これからの人は、けっしてめげてはならないのです。」

この本の出版は1954年。万国博覧会のシンボル「太陽の塔」で国民的な名声の芸術家になる16年前であった。文章の端々から、やけどしそうなほどのチャレンジャースピリットが伝わってくる。

「私はこの本を、古い日本の不明朗な雰囲気をひっくり返し、創造的な今日の文化を打ちたてるポイントにしたいと思います」。冒頭でそう宣言している。常識にとらわれず、新しいことをやってやろうと思っている人、古い業界体質と戦っている人は、この本を読んだらぐっと勇気づけられると思う。

・岡本太郎 神秘
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004986.html

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2007年07月16日

「いき」の構造 他二篇

・「いき」の構造 他二篇
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日本民族独自の美意識「いき(粋)」とは何かについて書かれた昭和5年の古典。

この本にでてくる表現としての「いき」についての記述を集めてみた。

「まず横縞よりも縦縞の方が「いき」であるといえる」
「縞模様のうちでも放射状に一点に集中した縞は「いき」ではない」
「模様が平行線としての縞から遠ざかるに従って、次第に「いき」からも遠ざかる」
「一般に曲線を有する模様は、すっきりした「いき」の表現とはならない」
「一般に複雑な模様は「いき」ではない」
「幾何学的模様に対して絵画的模様なるものは決して「いき」ではない」
「「いき」な色彩とは、まず灰色、褐色、青色の三系統のいずれかに属するもの」

これだけだとよく分からないが、ビジュアル表現として、何らかの二元性を内包していないと「いき」ではない、ということなのである。

それはいきの構造と関係がある。

まず「いき」とは、男女の関係から現れたもので、

1 異性に対する媚態 なまめかしさ、つやっぽさ、色気
2 江戸っ子の意気地 異性への一種の反抗意識
3 運命に対する諦め 垢ぬけ、解脱

の3つを構成要素とするものだと著者は定義する。

真剣で一途な恋は「いき」ではない。恋の束縛から自由な浮気心は「いき」である。追いかけすぎてもいけない。もっといえば「運命によって諦めを得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である」。

「要するに「いき」とは、わが国の文化を特色附けている道徳的理想主義と宗教的非現実性との形相因によって、質料因たる媚態が自己の存在意義を完成したものであるということができる。」

この本の特徴は「いき」をトポロジーで説明したことだ。表紙にあるこの図は見ていて飽きない。さらに詳しい解説を読みこむと、漠然としていた言葉の意味がすっきりと整理される。

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「いき」の説明を通して、同時に野暮、意気、渋味、城品、下品、地味、派手という伝統的な日本の趣味の位置づけを説明している。

併収された『風流に関する一考察』『情緒の系図』も「いき」論と関係する部分が多くあり、近代日本の美的センスについて、詳しくわかる。

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2007年06月18日

陰翳礼讃

・陰翳礼讃
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谷崎潤一郎が日本の伝統美について語った古典的名著。日本的情感の本質をとらえたエッセイ。

難しい本なのではないかと少し構えて読み始めたが、意外にも、とてもわかりやすい内容でびっくりした。

「漱石先生は毎朝便通に行かれることを一つの楽しみに数えられ、それは寧ろ生理的快感であると云われたそうだが、その快感を味わう上にも、閑寂な壁と、清楚な木目に囲まれて、眼に青空や青葉の色を見ることの出来る日本の厠ほど、恰好な場所はあるまい。そうしてそれには、繰り返して云うが、或る程度の薄暗さと、徹底的に清潔であることと、蚊の呻り声さえ耳につくような静かさとが、必須の条件なのである。」

「思うに西洋人のいう「東洋の神秘」とは、かくの如き暗がりが持つ不気味な静かさを指すのであろう。われらといえども少年のころは日の目の届かぬ茶の間や書院の床の間の奥を視つめると、云い知れぬ怖れと寒けを覚えたものである。しかもその神秘の鍵は何処にあるのか。種明かしをすれば、畢竟それは陰翳の魔法であって、もし隅々に作られている蔭を追い除けてしまったら、忽焉としてその床の間はただの空白に帰するのである。われらの祖先の天才は、虚無の空間を任意に遮蔽して自ら生ずる陰翳の世界に、いかなる壁画や装飾にも優る幽玄味を持たせたのである。」

「「掻き寄せて結べば柴の庵なり解くればもとの野原なりけり」と云う古歌があるが、われわれの思索のしかたはとかくそう云う風であって、美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。」

薄暗くて、清潔で、静かなところに日本の陰翳の美はあらわれる、というのが陰翳フェチの谷崎の主張である。

日本の古風な離れにある厠(トイレ)や茶室がそうした建築の代表例として挙げられている(この人は相当のトイレフェチで、この本には「厠のいろいろ」というエッセイも併録されているが、そちらでも排泄や便所そのものに相当のこだわりを見せている)。「もやもやとした薄暗がりの光線で包んで、何処から清浄になり、何処から不浄になるとも、けじめを朦朧とぼかして置いた方がよい。」という。

天に対して屹立する西洋の建築は光に向かう様式美だが、まず瓦や茅葺の大きな屋根を作ってその下に四隅の暗がりを作り出すのが日本建築の本質だと指摘する。暗がりの中に、薄ぼんやりと見えそうで、見えないようなのが日本の、わびさび的な陰翳の美なのである。谷崎はそれを礼賛する。

谷崎は抽象論にいかず、ディティールにこだわる。蝋燭の明かりに映し出された味噌汁って色がうまそうだろう、日本女性の身体のつくる陰って白人女性にはない隠微さがあるだろう、漆器や金蒔絵なんかも暗いところの方がきれいに見えるものだ、とか書いている。明るくて清潔で騒々しい部屋の生活に慣れた現代人が忘れかけている闇の中の美をずばり言い当てているのが凄い。

そして、その闇の中には何があるのかというと、何もないのである。神社の結界が張られた聖域の中が、からっぽな空間であるのに似ていると思った。そこに何かがあると感じる心性こそ日本文化を生みだした日本人の精神の本質ということなのだろう。

「味わい深いもの」を作りたい人は必読の名著だと思う。

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2007年06月11日

「日本」とはなにか ―文明の時間と文化の時間

・「日本」とはなにか ―文明の時間と文化の時間
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人類学者で「京都学」の提唱者 米山俊直の遺作。日本文明の本質を語る読みやすいエッセイ。

「日本文化は稲作文化が主流であると、私たちは思い込んできたふしがある。これは江戸時代の米本位制経済と、土地ことに水田所有にもとづく明治以降の地主制が確固たる私有財産の基礎となり、また食生活でも米が”主食”という観念が根強くつづいてきたためである。」

「日本人はお百姓さんだからリズムが二拍子なんだ」などという俗説をよく聞くが、百姓=農業という思い込みは間違っていると著者は指摘する。中世の「百姓」は多くが兼業農家で、農業以外の多様な職業も含まれていた。稲作の農家ばかりという一般的なイメージは実態と違っていたようだ。「縄文商人」が活躍した時代もあったという話もある。

「日本文明はふつう弥生以来、すなわち今から二三〇〇年ほどのものとされてきた。しかしその補助線としてみるならば、三内丸山遺跡の示すものは限りなく大きい。<中略>これまで二三〇〇年しかないと思われていた文明史に、縄文時代の三内丸山をつけ加えてみると、それが一挙に五五〇〇年も引き伸ばすことになる。それによって、これまで”古代”ということで幽冥のかなたに押しやり、古事記、日本書記あるいは風土記や万葉集を終点としてきた日本の歴史を、長い時間の中で見直すことができるのではないか。」

日本文明の連続性をみていくと縄文時代までを含めた長期でとらえなおすのが正しいと著者は提案している。メソポタミア文明に比肩するスケールで日本史を再評価するという大胆な考え方。

「『小盆地宇宙と日本文化』(岩波書店 一九八九・一・三一発行)で私は、”日本文化”は単一ではなく、およそ百の盆地を単位に成立していて、それぞれが小宇宙=地域文化を形成していると述べた。その単位を”小盆地宇宙”と呼んだのである。日本文化を大脳に見立てるならば、小盆地宇宙はその古い皮質にあたり、新しい皮質としての日本文明がその上に成立しているのであると主張した。」

著者は日本を、単一民族を天皇が支配してきた国というイメージではなく、多様なミクロコスモスの集合とみなすべきだという。大きなレベルでは、古代であれば北九州と近畿、中世には東日本と西日本というふたつの世界が相互に影響しあうダイナミズムの中で、日本の歴史を再定義する。

ところどころで日本とアジア、ヨーロッパの古代史、中世史の類似性を指摘し、生態史観、海洋史観というグローバルなパースペクティブを論じている。日本の常識的なイメージがつぎつぎに覆されていく。

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2007年06月04日

映像論―「光の世紀」から「記憶の世紀」へ

・映像論―「光の世紀」から「記憶の世紀」へ
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「わたしたちは文字通り「映像の地球時代」に生きている。地球上のどこにいても、特定の地域の特定の情報を、いながらにして手に入れることが技術的に可能なのだ。」

テレビやインターネット、DVDを通じて、私たちはおよそ考えられる限りの映像を入手可能になった。その状況を著者は「ピクチャープラネット」と呼び、写真誕生から現在までの映像史を振り返るとともに、「そこでは見るという行為が、身体的な移動の経験と切り離されて、独立してしまう危険が常にある。」と問題提起をしている。

写真や映画は大衆心理の操作の道具として、前世紀から利用されてきた。戦争報道の写真を新聞に掲載したり、犯罪者のモンタージュで優生学の正当性を主張したり、プロパガンダは映画を積極的に取り込んだ。誰かが作り出す「スペクタクル」映像を人々は信じるようになった。

フランスの思想家ギー・ドゥボールが1967年に「スペクタクルの社会」の中で

「スペクタクルは、社会そのものとして、同時に社会の一部として、そしてさらには社会の統合の道具として、その姿を現す。社会の一部として、それはあらゆる眼差しとあらゆる意識をこれみよがしに集中する部分である。この部門は、それが分離されているというまさにその事実によって、眼差しの濫用と虚偽意識の場となる。」

と書いている。

これはピクチャープラネット化が進んだ現在、ますます重要な問題だと思う。たとえば世界で最近起きていることは無数にあるが、テレビが報道する映像の長さや頻度で、私たちはそれぞれの事件の重大さをとらえがちである。今がどんな時代かという同時代イメージもまた映像に強く影響されていると思う。

この本では、映像とは何かを、映像技術、記憶、身体性などの観点から歴史的に整理して、映像社会の問題を指摘する。

エピローグに登場する、全盲の写真家ユジュン・バフチャルのエピソードは印象的だった。

眼が見えない写真家がカメラを向けると、撮られる人の顔がこわばることを、彼は知っていて逆手にとっている。音などを頼りに自らレンズの絞りを合わせる。撮影後はコンタクトプリントをつくり作品を選ぶ。その作業は対話の中で行われる。そうしてできた写真を彼自身は見ることはない。しかし彼は自分が見たものを信じている、共同作業を信じている。強い印象を持った作品が次々に出来上がる。社会的な盲目状態の人たちと比べて、何倍も見ることを意識している。

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2007年05月25日

写真の歴史

・写真の歴史
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写真の黎明期を解説する教科書。

「1839年1月7日、フランスの著名な天文学者であり物理学者でもある下院議員のフランソワ・アラゴは、パリの科学アカデミーで、ダゲレオタイプと呼ばれる写真術に関する講演を行った。ルイ・ダゲールによって発明されたダゲレオタイプは、16世紀以来画家たちが写生にもちいてきたカメラ・オブスキュラという装置を使った写真術だったが、それまでのように装置がうつしだした像を手で描くのではなく、画像を化学的に記録することができる、まったく新しい方法だったのである。」

「記憶を持った鏡」ダゲレオタイプの技術公開があった1839年が「写真誕生の年」と言われる。当時のカメラは露出時間が短くて10分、長いと2時間以上かかったそうで、被写体は動かないものに限られた。それが1841年には現像促進剤の開発により、いっきに10秒程度まで短縮される。ポートレートが撮影できるようになった。

長時間露出がマストの時期の人物写真はポーズが妙である。眼をつぶっていたり、手を上着の中に入れていたり、顔がこわばっていたりする(後頭部に固定棒があった)。これは長時間動いてはいけないために、編み出された撮影姿勢だったのだ。

ダゲレオタイプは一回の撮影で一枚の画像しか得ることができなかったが、1840年にはイギリスのタルボットがカロタイプという、何枚も画像を焼き増しできる写真術を発明した。

・タルボットのカロタイプ Wikipediaより引用(Public Domain)
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タルボットは「だれもが印刷屋や出版社になれる」と利点を説明したらしい。この言葉は、まるでインターネットやブログのことを言っているみたいである。

大量複製できるようになって世界中の人が写真に注目した。一方で写真を快く思わなかったのが絵画を描く芸術家たちであった。景色がそのまま写しとれる写真の登場に、彼らは職を失うことを恐れたようだ。当時の芸術家たちの往復書簡が巻末に多数引用されていて、時代の空気が読める。こんなものは芸術ではないと斬る人多数。

だが、既に写真は芸術的であったことが、この本の掲載写真でよくわかる。キャメロンの神秘的な肖像写真(この本の表紙)や、レイランダーの絵画風写真などは、今見てもうっとりする。1850年代のル・グレイの「海景」はこの本で見て感動した。空と海を異なる露出時間で撮影したネガを組み合わせて作ったものらしい。当時の最先端の画像処理である。

・MOMAのサイトで「海景」
http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3ADE%3AI%3A4&page_number=5&template_id=1&sort_order=1


1860年代になると新聞や雑誌にも写真がよく使われるようになり、カメラも一般人のものになった。1870年にはアメリカのイーストマン・コダックが、アマチュアでも使いやすい乾版フィルムを発明し、大衆化が進む。こうして写真の黎明期が終わりを告げる。本書はそこで終わる。ざっと写真誕生から30年間の歴史が、この本では丁寧に語られている。

・すぐわかる作家別写真の見かた
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004934.html

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2007年05月22日

日本語は天才である

・日本語は天才である
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天才翻訳者、柳瀬尚紀が書いた日本語の蘊蓄本。

柳瀬尚紀といえば難解さで知られる世界文学ジェイムス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」「ユリシーズ」や、知的構築の極みダグラス・ホフスタッターの「ゲーデル・エッシャー・バッハ」、幻想文学の古典ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」、映画になったロアルド・ダール 『チョコレート工場の秘密』 など、歴史的名作に名訳をつけてきた。

学生時代にフィネガンズ・ウェイクを柳瀬の翻訳で読んだ。この作品はジョイスが作った人工言語で書かれている上に、文体が章ごとにめまぐるしく変わる。アナグラムや回文などの言葉遊びが何万も続く。辞書を使って単語を置き換えても意味は通らない文ばかりだ。そもそも英語としても意味が確定できない。普通に考えれば訳出は不可能な作品だが、柳瀬は創造性を発揮して、原作の面白さを活かす形で日本語に翻訳した。異言語の「言葉の綾」を、日本語の綾に取り換えて見せた、何万回も。唖然とした。

この偉業を完遂した背景には、圧倒的な日本語の語彙とことばへのこだわりがあるのだろうなと感じていた。この本には柳瀬尚紀の日本語への異常な執着ぶりが最初から最後まで語られている。言葉の由来を説くだけではない。同音異義語を何十も挙げたり、七は本来シチであってナナじゃないのだぞと何十ページも説明したり、長大なアナグラムをいくつも評論した上でハイレベルな自作まで示したり、敬語ならぬ「罵倒語」について延々と説を述べたりしている。

そして、日本語の変幻自在の自由度、漢字や外来語を飲み込む包容度を絶賛して、日本語は天才であるという。確かに日本語の強さを納得させられるのだが、それ以上に柳瀬尚紀の天才ぶり(奇才ぶり)が明らかになる。

どうやるとこういう日本語の天才になれるのだろうか。こういう一節があった。

「背伸びしているふうに、と言いましたけれど、そもそも本は背伸びして読むものではないでしょうか。もちろん、本を読むとき、人はうつむく。そっくり返っては読めない。しかしうつむいて読みながら、気持は背伸びする。精神は上へ向く。それが本を読むということだと思います。使う言葉も背伸びしたものになる。一段上の言葉を使うようになる。そうして言葉が成長するわけです。」

本で読んだちょっと難しい言葉を、日常生活や作文で使ってみる背伸びが、日本語能力を成長させる。そういった意味では、メールより手紙の方が日本語能力は高まるのだろうな。かつては年長者の日本語を若者が真似をしたが、最近は逆でいけませんと嘆いているのもそうだよなあと思う。いいお手本がなくなったのが現代社会の日本語なのだろう。

絵文字でごてごて(しかも字が動いたりする)携帯メールや、文末にw (笑)(藁)がついたような2ちゃんねる文体が、インターネットやメールでは流行している。きしょいとかきもいとかの最近現れたばかりの若者言葉や、ら抜き表現などを、年長者が若者に迎合するように使ってしまっている。言語の伝統保守とその破壊がバランスをとるべきなのに、最近は破壊の力がアンバランスに強烈な気がする。語彙は増えているが、きれいな日本語、美しい日本語が増えていないように感じる。

柳瀬尚紀というのは、日本語を愛し伝統を守りながら、同時に破壊解体して、自身の創造行為(翻訳)をする前衛的日本語使いである。機械には絶対に無理な翻訳をして、芸術のレベルにまで高めてみせた人でもある。そういう凄い使い手が、今の日本語を主観的に、そして客観的に、どう見ているのか、がわかって勉強になった。いい日本語を使うにも、守・破・離が重要なのだな。

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2007年05月21日

岡本太郎 神秘

・岡本太郎 神秘
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これは大傑作だ。沖縄・久高島の秘祭イザイホーを写した表紙にひきつけられ、本屋でちらっと数ページ見て、これは凄いと感心し、即購入を決めた。写真集として5つ星をつけたい。

・日本人の魂の原郷 沖縄久高島
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003941.html
久高島については以前書きました。

「芸術は爆発だ」の岡本太郎と、「婆バクハツ」の写真家 内藤正敏の爆発系の二人のコラボレーション写真集。岡本太郎が遺した2万枚の写真ネガを内藤が現像して、岡本の文をキャプションとして配置した。

60年代に岡本は民俗学に強い関心を持ち、数年間の間、東北、関西、沖縄で撮影を重ねていたらしい。プロの写真家ではないからこそ、意図的演出ではなく偶有性の奇跡がしばしば顕れる。自らシャーマンとなることで神秘の写真を撮ることができた。

岡本太郎の養女 敏子の序文はこうある。

「神秘を感得する能力は現代人からはほとんど失われてしまった。だが稀に、そういう原始の資質を鋭く、なまなましく持っている異常な人がいる。岡本太郎はそういう人だった。フランスで育ち、教育を受けているし、本来極めて論理的な頭脳を持っている。合理的な人なのだが、感応すべき場や、ものに出会うと、ぴりぴりとし共振してしまうらしい。人に言っても解らないから、ふだんは黙って、底に秘めている。だが、あるとき、突如彼はシャーマンになる。直接、彼方の世界、神秘と交流する。」

岡本太郎の見つけた神秘の正体は民俗であった。貧しくぎりぎりの生活だが、本物の暮らしをする人々の原初的なパワーだった。ここに写された人々は現代文明から取り残された場所で、必死で一杯であるが故に、常に霊的力の源と隣合わせなのである。女、こども、水と火、生と死、性と聖、浄と不浄、リアルとバーチャルの際を、岡本のカメラはキワどくフィルムに写し撮る。情念のレンズが非生命の人形にさえも魂を写した。

「人間の純粋な生き方というものがどんなに神秘であるか」

「この運命に対して、下積みになりながら日本の土とともに働くもののエネルギーは、黙々と、執拗に、民族のいのちのアカシを守り続けてきた。形式ではなく、その無意識の抵抗に、私は日本文化の可能性を掴みたい。」

「芸術は芸術からは生まれない。非芸術からこそ生まれるのだ」

この写真集を見れば、岡本太郎の視覚芸術での圧倒的な表現力の根源が、神秘の感得能力にあったことは疑いようがないと思える。生の民俗こそバクハツの起爆剤なのだ。そこには生きる力のすべてがある。

内藤の白黒ネガの現像技術も芸術だ。白黒ネガの創造性は多くは現像の技法によって生み出される。機械的な現像処理ではこの傑作はなかったはずだ。露出の制御が絶妙である。昼夜がわからない暗く焼いた画像は被写体の時間を止める。粒子が粗く、ブレを効果的に見せる作風は、写真家 森山大道の作風に似ているが、神秘性の視覚化という点ではこちらが何枚も上にあるように感じる。

二人で一つの偉大な芸術を生むことに成功した、世界でも珍しい奇跡の写真集である。130ページの神秘。

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2007年05月15日

全東洋街道

・全東洋街道 上
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・全東洋街道 下
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「東洋の魂を求めて放浪400日!チベットでは山寺にこもり、チェンマイでは売春宿に泊まる…。全アジア都市の聖・食・性を写し出す、毎日芸術賞受賞のオールカラー・人間ドキュメント。」

四半世紀前の作品だが、この藤原新也の数ある放浪記の中でもこれは傑作だと思う。アジアの風土がこの人の気質と合っているのだ。外国人でありながら現地の風俗にどっぷり浸かって、観光とは無縁の、魂の遍歴とでもいうべき旅を続けた。

ときには売春宿で娼婦たちと生活を共にし、彼女たちの肢体も写真におさめている。裸の娼婦はカメラにコケティッシュなポーズを取りながら「頭の人ばかり ダメネ 人間は肉でしょ 気持いっぱいあるでしょ」と笑う。

生と性の根源である食にもこだわる。トルコでは排泄物の香りがする羊の腸のスープや、グロテスクな山羊の頭料理を写しては食べる、そして、写してまた食べる。豚のレバーにむしゃぶりつきながら、市場でシャッターを押す。「市場があれば国家は不要」。名言だ。

「レンズは九十九パーセント、肉眼に近い広角レンズを使った。街を歩き人に触れるのに望遠レンズを多用するのは卑怯だという私なりの考えがある。つまり写真を撮りながら被写体がその気になり、その時私の頬を殴ろうと思えばいつも殴れ、笑いかけようとするならいつも笑いかけられる位置において、私は写真を撮りたいと思う。」

このカメラのスタンスで挑んだからこそ、放浪先の土地の人たちの、猥雑で力強い普段の姿を、ありのままに写し撮れたのだろう。藤原新也の作品は、後期になるにつれて、次第に哲学的で説教臭くなっていき、それはそれで面白いのだが、やはり、この放浪記の頃の作品が、作家としてのベストショットだなあ。

・メメント・モリ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004925.html

・黄泉の犬
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004906.html

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2007年05月14日

僕の叔父さん 網野善彦

・僕の叔父さん 網野善彦
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学者一族に生まれた中沢新一は、偉大な歴史学者の網野善彦の甥にあたる。幼少のころから仲が良かった中沢は、網野の死に際して追悼の記念にこの回想記を書いた。中沢の名文により、二人の背景がよく見える本だ。どちらかのファンなら必読である(私は中沢新一のファン)。

それにしても恐ろしくインテリな家系である。おじちゃんと甥っ子、お父さんと子供の会話の内容が、そのまま歴史学であり民俗学であり宗教学なのだ。冗談ではなくて、本当に学会みたいな家族である。

たとえば「私は高校生になった頃、英語に訳された「我国体の生物学的基礎」を読んでいて、奇妙なことに気がついた」と中沢の思い出が語られている。高校生がそんな本を読んで、英訳のニュアンスの違いを発見して、叔父にそれを指摘するのだが、活動家の父親も加わって天皇制と国体の議論へ展開して、ひとしきり盛り上がる。

そして

「このときの網野さんと父の会話は、私には忘れる事ができないものとなった。網野さんは日本の歴史の中に、自然と直接的にわたり合いながら活動する、野生あふれる非農業的な精神の存在を掘りあてようとしていたのである。そして、天皇はそうした人々を、神と人をつなぐ宗教的な回路を通じて支配していた。その人々の世界は農業的日本よりも、もっと深い人類的な地層にまでつながっており、しかもその人々の世界の中から日本型の資本主義もユニークな技術も生まれ出てきた。その世界のもつ潜在力の前では、農本主義も保守主義もほとんど無力であろう。どこかへひきかえすことなどは、不可能なのである。
私は自分がどんな場所に足をすえて、ものごとを考え抜いていかなければならないかを、その夏の夜に知った。私は網野さんの思考にうながされながら、「コミュニストの子供」らしく、思考はつねに前方に向かって楽天的に開かれていなければならないことを、悟ったのであった。」

と感慨を書いている。高校生が悟っている。

何十年間に渡る中沢と網野のやりとりは、後年の二人の学者としての仕事の内容に大きな影響を与えていることがよくわかる。「「トランセンデンタル」に憑かれた人々と形容しているが、人間の心の中の、超越的で先験的な領域の存在への情熱が、彼らの家系には共有されていた。集合することで一層その志向は強まっていったらしい。中沢新一の独特の神秘性の源は、こういう血縁の背景にあったのか、と納得した。

・アースダイバー
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003694.html

・対称性人類学 カイエ・ソバージュ<5>
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001148.html

・神の発明 カイエ・ソバージュ〈4〉
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000314.html

・「精霊の王」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000981.html

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2007年05月13日

読書という体験

・読書という体験
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岩波文庫80周年である。

学者、作家、ジャーナリスト、俳優など各界で活躍する34人の本好きが、それぞれにとっての読書の意味をエッセイとして寄せた。内容はさまざまで、座右の書を紹介する人もいれば、長く生き残る本とは何かを考察した人もいる。岩波文庫の歴史を博覧強記に語る人もいるし、実は若いころはあまり本を読んでなかったと告白する人もいる。

有名な書評家の斉藤美奈子氏はこんなことを言っている。

「よく雑誌の読書特集なんかで「あなたの人生を変えた一冊の本は?」と問われることがある。これは気がきいているようで、じつはマヌケな質問なのだ。だから私はそんなとき「本じゃ人生変わりません」と答える。これは本当。第一に「人生を変える」のはやっぱり生身の体験で、本はしょせん本なのだ。第二に、仮に「人生を変えた本」があったとしても、それがたった一冊のはずがない。ていうか一冊じゃ困るわけ。たった一冊の本に人生を左右されるようでは、危なっかしすぎる。」

まさにおっしゃるとおりで一冊で変わるわけもない。複数の本が人生を変えるはずだし、読む順番だってかなり影響するはずだ。必ずしもその分野で一番良い本と最初に出会えるとは限らないから、名著が人生を変えるとも限らないだろう。どんな本でもきっかけにはなりえる。

ところで私は昨年、書評の本を書いた。本好きの中でも、本とのかかわりにおいて、かなり珍しい体験をした部類に入ると思う。それで自分にとって人生を変えた一冊を敢えて挙げるとしたら何かなと考えてみた。

・モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語
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小学生の時に読んだこの本は、明らかに本好きになるきっかけになっている。先日、取りよせてあるので、これから読みなおそうと思っている。近日このブログに書く予定。

それから、妙に共感してしまったのが、多和田葉子氏の「予感の香り」

「ページをめくると、本によって違う香りがたちのぼる。出版社によって、というよりおそらくは使っている紙と糊によって、本の香りは違うのだろう。それは食べ物の香りでもない。むしろ埃を被ったもの、泥のまみれたもの、すえたもの、忘れられたもの、禁じられたものなどの香りである。」

本を開いた時に、周りに誰もいないと、綴じ部に鼻をあてて、匂いをかぎたくなる人って、私だけじゃなかったわけだ。経験を積むと読まなくても、この匂いでだいたい、どのレベルの本かはわかってしまう、というのは冗談だが、情報の匂いをかぐ気持はすごくよくわかる。出版不況を打開する奇策として、名著らしい匂いのする本なんて、どうだろうか。結構、本好きには評判になるかもしれない。

そういえば、岩波文庫というと私の子供のころは、薄い半透明のパラフィン紙が表紙に被せられていたのを思い出す。夏などは汗でパラフィン紙が指にまとわりついてきて、何度も直しているうちにぐしゃぐしゃにしてしまい、諦めてはがしていた。どうやって読むのが「正式」の方法なのか、気になって仕方がなかった。大学にでもいけばわかるだろうと思ったが、行ってもその件は分からずじまい。パラフィン紙の表紙も廃止されてしまった。

愛書家の34本のエッセイを読んで本好きと情報好きは違うなと思った。本好きはそこに書かれている内容だけでなく、本を読むという体験にこだわっている。情報を得るだけが本ではないのだ。寄稿者たちは、本というメディアを、その物理的制約も含めて、人生の一部として愛している。

ぐしゃぐしゃのパラフィン紙、私も結構好きだった。

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2007年04月26日

中世日本の予言書 <未来記>を読む

・中世日本の予言書 <未来記>を読む
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中世の日本では政治や社会の大きな変化があると、人々は、ずっと昔にそのことを予言していたという「未来記」のことを話題にしたそうだ。この本では「野馬台詩」と聖徳太子が書いたと言われる「聖徳太子未来記」の二つの未来記を読み解き、中世の日本に果たしたその役割を指摘する。

こうした未来記の多くは予言であるにも関わらず、事件が起きた後になって”発掘”されていることが多い。あの事件を予言していた昔の文書が見つかったという風にでてくる。内容は、世の中の荒廃に嫌気がさして神仏が日本を見捨てて去っていき、社会が崩壊するという末法思想である。空から猿が飛来し、黒鼠が牛腸を食らうという象徴的な記述に満ちている。ノストラダムスの大予言みたいである。

未来記は由緒が怪しいし、記述にも矛盾が多く、偽書に分類される。特に近世にはいってからは本気で信じる者が少なく、パロディとして扱われていた。歴史学者はまともな研究対象として見てこなかった。

著者は未来記が発見された中世の当時には、偽書として切り捨ててはならないくらい、大きな影響力を持つ文書だったろう、と再評価している。朝廷が菅原道真の怨霊を本気で信じて政治の意思決定を行ったような時代である。少なくない人々が、予言書の内容に影響を受けていたはずだとして、当時の世情を解説する。民衆だけでなく、後白河院も未来記の一つに魅了されていたという事実も紹介されている。

そこには十分なリアリティがあったのである。そして、現在の状況への批判の姿勢がある。

「もちろん利権や私利私欲をねらって捏造した場合もあるだろう。しかし、時代を動かし、難局を乗り越え、ひたすら世の中や人々の救済を指向し、あらたな未来に挑戦しようとする強い意志がそこには横溢するのではないか。名もない人たちの、未来記に託した想いが凝縮されているともいえよう。」

未来記は、混迷する世の中への問題提起として、当時の誰かが書いた怪文書ということのようだ。怪文書はそれが出てきたコンテクストと突き合わせて読み解くことで、時代状況を知るための有意義なテクストにもなる。中世から近世まで、日本人がどんなフィクションにリアリティを感じてきたかの歴史学として面白く読めた。

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2007年04月25日

硝子戸の中

・硝子戸の中
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夏目漱石が1915年1月13日から2月23日まで新聞連載したエッセイ36本。

「硝子戸の中から外を見渡すと、霜徐をした芭蕉だの、赤い実の梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれといって数え立てるほどのものは殆ど視線に入って来ない。書斎にいる私の眼界は極めて単調でそうしてまた極めて狭いのである。」

この時期、漱石は持病の胃腸病に悩まされて、自宅療養生活を送っている。「自分以外にあまり関係のない詰らぬ」事を書くと断って、日々の生活や追憶を短く綴っている。当時すでに文豪としての地位を確立していた漱石だが、このエッセイ集では意外にナイーブな内面を見せている。

自分が親から疎まれていたのは性格が悪かったからだろう、とつぶやいたり、偏執的な読者から繰り返し送られてくる手紙にほとほと参ってしまったり、あなたの講演は難しかった、わからなかったと言われて、随分落ち込んだりしている。

「今の私は馬鹿で人に騙されるか、あるいは疑り深くて人を容れる事が出来ないか、この両方だけしかない気がする。不安で、不透明で、不愉快に充ちている。もしそれが生涯続くとするならば、人間とはどんなに不幸なものだろう。」

他人の眼をとても気にする人だったのだなと驚く。そんな世間と自分を連載の題名「硝子戸」で隔てた上で、新聞の依頼で書くけどこれは「つまらぬこと」ですよ、という断りまで入れる。何重にも対読者バリアを用意しているわけである。こうしたナイーブな感性が数多くの傑作を書けた理由なのかもしれない。

「ある人が私の家の猫を見て、「これは何代目の猫ですか」と訊いた時、私は何気なく「二代目です」と答えたが、あとで考えると、二代目はもう通り越して、その実三代目になっていた。」という、有名作品を連想させる記述もある。有名作家だからいろいろな人から相談を受けている日常も書かれている。女性の身の上相談に理屈で答えている。カウンセラーとしてはあまりうまくない先生だったみたいだが、物語のネタをそうやって吸収していたのだろう。自分語りが少ないと言われる文豪漱石の、日常と内面がのぞけるのが、このエッセイ集の面白さでもある。

漱石の文体は、エッセイでも、ちゃんと四角いなと感じた。漢字や仮名遣い、接続詞、句読点の打ち方が、なんというか、お手本的である。無駄がない。特に事の顛末を、時系列に、短文を並べて、説明するのがうまいなと思う。

「この小包と前後して、名古屋から茶の缶が届いた。しかし誰が何のために送ったものかその意味は全く解らなかった。私は遠慮なくその茶を飲んでしまった。するとほどなく板越の男から、富士登山の絵を返してくれといってきた。彼からそんなものを貰った覚のない私は、打ち遣って置いた。しかし彼は富士登山の画を返せ返せと三度も四度も催促してやまない。私はついにこの男の精神状態を疑い出した。「大方気違だろう。」私は心の中でこう極めたなり向こうの催促には一切取り合わない事にした。」

という風に数週間を短く圧縮してみる一方で、時間的には一瞬の心理描写を同じくらいの行数で綴ったりする。文章の意味の圧縮率を自在に変えられるから、全体として構成の整った文章になっているように思えた。こういうのを実際に書こうとすると、下手な私は思い入れのある部分が冗長に引き延ばされてしまう。文章のうまさというのは、こういうところでも差が出るのかもしれないなと、文豪の手すさみを読んで思うのであった。

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2007年04月21日

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ

・字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ
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いま、劇場で洋画の吹き替え版の人気があるそうだ。しかし、私は吹き替え版を一度も劇場で観た経験がない。同じ料金を払って俳優の肉声が聞けなければ、作品本来の出来を味わえないから損ではないかと思ってしまう。DVDで吹き替えが選べても同じである。例外は子どもと一緒に観るディズニーアニメくらいだろうか。

英語力は自信がないが、たまにセリフと字幕が違っていて、なぜそのような字幕にしたのか意図を考えてしまうことがある。冒頭でも紹介されている名画「カサブランカ」の「君の瞳に乾杯」。これは私も見た時に英語ではなんて言っているのかなと確認して見た。”Cheers to your eyes”とは言っていない。実際のセリフは”Here's looking at you,kid!”である。翻訳者がこの映画の名セリフをかなり創作していたのだ。

一秒のせりふなら翻訳文は四文字以内、二秒なら八文字以内、三秒なら十二字以内。つまり一秒に四文字が字幕の原則だそうだ。一本の映画には約1000本のせりふがあり、字幕翻訳者は一文字レベルの要訳、圧縮作業に苦闘している。

字数のみならず語順も意識するそうだ。「ドラマティックなシーン以上に語順で神経を使うのがジョークだ。たいてい最後の一語にオチがくる。字幕もそれに合わせないと、どうにもマヌケなことになる。」。日本語と英語では述語の位置が違うから、これを補正するのは大変なクリエイティブ能力がいる。

他にも言語の違いは大きい。英語には一人称がひとつしかないが、日本語の一人称は発話するキャラクターによって変化する。私なのか僕なのか俺なのか、そして語尾も状況に応じて変えなければならない。それには作品の背景知識が相当に必要とされるわけだが、公開前の管理が厳しい大作の場合は、映像は見ないで台本ベースでつけねばならないこともあるという。

作品ごとに想定される観客の教養レベルを推し量ることも大切らしい。たとえばシェイクスピアのような有名作家や、リンカーンやナポレオンやキング牧師のような歴史上の有名人の名言がせりふに使われている場合、そのまま使うと知識のない観客には理解できない。だから「ロシアの文学者はこういった」のように説明的に字幕をつくるケースも多いという。

こうした親切な要訳は賛否両論になる。インターネット上には字幕翻訳者を批判するサイトがある。原作のマニアたちが原文との違いを指摘している。全体の流れや観客層を総合的に判断して字幕をつけているのだから、マニアのつくる正しいが長い字幕ではうまくいかないのに、とプロとしてボヤいている。

字幕翻訳者は苦労が多い割に実入りのいい仕事ではないらしい。納期も厳しい。なんと一作一週間ほどというから驚いた。全世界一斉公開に間に合わせるため、まだ最終版ではない台本で字幕を作っては、台本が修正されて字幕もやり直すという泥沼作業もあるそうだ。そんなに急いだ割に配給の関係で公開は2年後になりましたということもある。

最後に著者は映画業界は「難易度別字幕上映システム」を導入したらどうかと秘策を提言している。お子様向けの「あっさり字幕」からインテリや専門家向け「こってり字幕」まで何段階かを用意するという仕組みだ。劇場の制約があるから映画館での導入は難しいのではないかと思うが、DVDで、こんな仕組みが用意されていたら、繰り返し見たい作品を何度も新鮮に味わえてよいかもしれない。

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2007年04月11日

危ない写真集246

・危ない写真集246
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いろいろな意味で危ないサブカルチャー写真集を246冊もレビューした奇書。それぞれ代表的な作品が掲載されているので、紹介されている写真集を見た気になることができる。
ここに取り上げられる写真はどれもマスメディアには出てこない危ない写真ばかりである。死体、セックス、奇形、精神病患者、自傷などなど、ちょっとパスしたいシロモノ多数。一人の女性の陰部ばかりを長期にわたってマクロ撮影した写真家や、少年の勃起した裸体ばかり集めたモノもある。

目次

00-ベスト
01-屍体のある風景
02-医学・フリークス・タトゥー
03-ボンデージの愉しみと恐怖
04-セックス&ボディ
05-狂気のポートレイト
06-グロテスクの劇場
07-人間人形時代
08-オールド・ファッションド・エロティカ
09-クラシック・ドキュメンタリー
10-現代のドキュメンタリー
11-危ないアーティスト・ブック
12-コレクションの魔

インターネットの路地裏へ一歩入るとこうした写真は簡単に見つかったりするものだが、体系的にその危うさの意味が論じられているのが、この本の価値である。

たとえば、かつて写真がまだ高級なものであった頃、亡くなった家族の遺体を写真に撮ることは思い出を残す行為として、広く行われていたようだ。精神病院の患者の写真集というのも、人権やプライバシーが重視されていなかった時代には多数出版されていた。それから、結構長期にわたってヌード自体がイリーガルな時代が各国にあった。今見るとライトなヌードも当時は人目を忍ぶディープなポルノであったらしい。時代背景とセットで作品を見ることで、各時代に、権力が何を隠さねばならなかったかがわかってくる。

何を隠すかもまた時代を写す鏡である。

たとえば、いまどきのネットで隠されているものとして「キムタク」がある。

久々に毎週見ていた人気ドラマのサイト(番組は終了)を見ると、

・TBS 日曜劇場「華麗なる一族」
http://www.tbs.co.jp/karei2007/

他の木村拓也の写真は一枚もないのである。他の俳優は配役紹介で顔写真が出ているがキムタクだけイメージ画像であり、極めて不自然だ。

調べてみると分かるが、ネット上ではジャニーズのタレントの肖像権は厳しく管理されている。キムタクがCM出演しているニコンのデジカメのサイトにいけば顔を拝めたりするが、この画像を保存しようとすると「このサイトでは、右クリック操作ができません」とポップアップが出てくる。

・ニコン アドギャラリー
http://www.adgallery.nikon-image.com/

キムタクの顔も、業界関係者にとっては、ある種の危ない写真なのである。別の意味でメディアには封印作品がある。音楽では放送禁止の歌もある。なぜそれが危ないのか、出してはいけないのかを考えると、時代の構造が垣間見えてくる。

そして、危ないものが多い時代はやっぱり危ないのじゃないか、と思う。

・封印作品の謎
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002818.html

封印作品の謎 2
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004341.html

・放送禁止歌
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001449.html

・案外、知らずに歌ってた童謡の謎
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003167.html

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2007年04月08日

モノクローム写真の魅力

・モノクローム写真の魅力
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モノクローム写真の魅力を、国内有名写真家50人の作品、インタビューと一緒に紹介している。「写真の持つ記録性と表現性を、カラーとモノクロームに照らし合わせて考えると、記録としての写真は自ずと情報量を備えたカラーが有利であり、表現としての写真は抽象的なモノクロームが有効と受け止めるのが自然です。」

モノクロ写真は情報が整理され、被写体が持つ意味をはっきりさせる。

「モノトーンのなかに色を読み取って欲しいし、見る側にとってもカラーよりモノトーンのほうが自由に受け止められるはず」「モノクロームは絵で言えばデッサンでしょ。写真の基本じゃないかしら」といった写真家もいた。

雑賀雄二という写真家の「月の道」は、夜中に長時間露光で無人島の背景を撮影したもの。普通に撮影したら真っ暗闇だが、月の明かりをゆっくりじっくり吸うことで、夜でも昼でもない不思議な世界が現れる。カラーではこういう表現はできないだろう。

・月の道/Tsuki no Michi-Borderland-top,by SAIGA yuji
http://www.ne.jp/asahi/saiga/yuji/gallary/tsuki/top.html
Webで作品を鑑賞できる。

魚を使ってオブジェを作る今道子の写真もカラーではあまりにグロテスクで鑑賞に耐えない作品になる気がする。色を消すことで純粋にカタチの面白さが味わえるのだと思う。

・The PHOTOGRAPHER/今 道子
http://www.fujifilm.co.jp/photographer/2004_12kon/index.html

この写真集を見ていて面白そうなので、モノクローム写真を自分でも撮影してみることにした。デジカメのカラー写真をモノクロ化するのは簡単なのだが、それでは味が出ない。ここはやはりフィルムだろうということで、先日入手したチープなカメラにこの白黒フィルムを入れてみた。

フジフィルム 35mm白黒フィルム ネオパン100 アクロス 36枚撮り

・メーカーのサイト
http://fujifilm.jp/personal/film/monochrome/film.html
「中庸感度、超高画質の黒白写真用ネガティブフィルムです。このフィルムは、ISO100としては世界最高水準の粒状性と豊かな階調、優れたシャープネスを備えていますので、ポートレート、風景写真、建築写真、商品写真から顕微鏡写真や複写用途に至るまで幅広い分野の撮影に適しています。また、優れた相反則不軌特性を有しており、低照度長時間露光による感度低下が非常に少なく、建築写真や夜景などの長時間露光の撮影では特に効果を発揮します。」

白黒で撮影してよく写りそうなものを探して撮影してみた。