2004年01月05日

歴史の方程式―科学は大事件を予知できるかこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加


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非常に勉強になりました。

・歴史の方程式―科学は大事件を予知できるか
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評価:★★★★☆

■大事件の発生は一つの方程式で説明できる

「戦争や革命など歴史的大事件にはすべて原因がある(決定論)」「好景気と不況は周期的にやってくる(周期発生論)」「100年おきに大地震が発生する(これも周期発生論)」「ある英雄の強い意思によって偉業は為される(自由意志論)」

大きな出来事を前にすると、上述のような考え方で私たちは歴史を物語として理解したがる傾向がある。この本は、そんな通説を間違っているとして、物理学のアプローチで鮮やかに切り崩していく。

種の絶滅、大地震、戦争、革命、経済恐慌、科学的なイノベーション。著者は、歴史上の大きな出来事を、物理学の世界で一般的に見られる、臨界状態からの相転移過程に働く冪乗則(グーテンベルク=リヒター則など)で説明する。

この本では砂山の例を使って主な概念を説明している。砂粒を上から一粒ずつ床に落としていくとやがて砂山ができる。砂山にはなだらかな面と、急な斜面ができる。どこかの段階で、臨界状態にある急な斜面に、ある一粒が落ちたとき、巨大な雪崩が発生することがある。

雪崩の発生過程を調査すると、大きな雪崩が一回起きるとき、その半分の規模の雪崩が2回、その半分の規模は4回、さらに半分の規模は8回といようように、二乗の数で発生していることが分かる(冪乗則)。そして、絶滅、地震、恐慌、戦争、都市の人口、お金持ちの比率、落として割れたガラスの破片、などの規模を調べても同一の冪乗則が成り立っているそうだ。自然や社会を広く支配している法則なのである。

物理現象から社会現象まで幅広い実例と、分かりやすい数学的モデルの解説が展開されていく。物理学と歴史がシームレスに統合される過程が見事だ。著者は理論物理学の博士で、科学誌「ネイチャー」と「ニューサイエンティスト」の編集者を歴任してきただけに、正確で分かりやすい記述に優れる。

この本を読みながら、因果律や正規分布、単純な確率論の考え方では説明できないことの多さ、自分の安易な現実理解に幾つも気がついた。目からウロコな部分も多かった。

読みながら考えたこと、調べたことは次のようなこと。

■人気ホームページの数

この本でも紹介されているが、科学論文における参照回数(リンク)もグーテンベルク=リヒター則に従うことが分かっている。特定の論文が多数回参照され、大多数の論文はほとんど参照されない。

・Available Citation Data
http://physics.bu.edu/~redner/projects/citation/index.html
論文参照数分析に関する論文へのリンク(Sidney Redner)

・Who is the best connected scientist?
A study of scienti¯c coauthorship networks
http://www-personal.umich.edu/~mejn/papers/cnlspre.pdf
論文の共著関係を調べて誰が最も「つながっている」科学者かを調べた論文

・CiteSeer
http://citeseer.nj.nec.com/cs
忘年会議でも紹介した論文検索。参照関係やキーワードの発生回数グラフなどを調べることができる。研究の影響伝播や、流行テーマを調べるのに強力なツール。


この参照に起きた現象は科学論文に止まらない。

世の中には少数の人気ホームページと、多数の無名のページ、その中間の人気のページが存在している。1億ページビュー(PV)のページがあれば、5千万PVのページが2つ、2.5千万PVが4つ、1250万PVが8つといった具合で存在することが考えられる。実際、そのような事実も以下のページからたどれる研究で証明されつつある。

・Zipf's law
http://linkage.rockefeller.edu/wli/zipf/
ニュース記事における言葉の発生率や、WebへのトラフィックがZipf's lawに従うことが示されている。多数の関連論文へのリンク。Zipf's lawは歴史の方程式とほぼ同義。

思うに、インターネットが一般に普及した頃の方が、ポータルサイトの寡占率は低かったのではないかと思う。その理由は、この本の歴史の方程式で完全に説明できるのではないか?。それはWeb利用のツールが未発達で、ナビゲーションが整理されておらず、一部のユーザだけが必死に情報流通をしようとしていたから、ではないか。

歴史の方程式の条件は、(1)相転移を発生させる臨界状態であること、(2)個の影響力が他に伝播すること、である。ユーザが情報流通に必死になること、競争が激しくなることで(1)が満たされ、通信環境と情報流通ツールの発達で(2)が満たされる。

つまり、皮肉なことに、

・個人が情報発信をしやすくするツール
・ページ同士のリンクを張りやすくするツール(ブログのトラックバックなど)
・ナビゲーションを効果的にするツール(検索エンジン、リンク集など)
・情報発信者たちがベストを尽くそうとする気持ちと頑張り

という状況が完璧になればなるほど、ポータル寡占は今後も進行していくことが予想できる。

■都市の人口や経済規模の分布

もうひとつの問題は大都市と地方、中心と周縁の問題である。

・複雑系とまちづくり (5)
http://www.kobe-toshi-seibi.or.jp/matisen/0urban/urbantalks/200009c.htm

本の中でも世界中の都市の人口や経済規模がグーテンベルク=リヒター則に従うことが解説されていたが、このページでは日本の都市でも同様の法則が適用できることを実証している。

・An introduction to geographical economics: trade, location, and growth
http://www.few.eur.nl/few/people/vanmarrewijk/geography/zipf/
世界レベルでの人口データと分析。データはダウンロード可能。

以前、気になって読んでいた議論にこのブログのスレッドがある。地方からの人材流出とブログがテーマである。(私は地方都市出身、在住なので中立の立場で読めた)

・「blogに関する中央と周縁」と改めて言われると
http://blog.readymade.jp/tiao/archives/000518.html

一般論として、ITや通信の普及によって、大都市と地方の人口や経済規模の格差が縮まると期待する声はあるのだが、インターネット普及以降、私にはあまりその格差が縮まったように思えない。

グーテンベルク=リヒター則は、個人の影響力が伝播する確率が高い系において強く発現することが知られている。よって、ITはこの格差を縮めるのではなく、逆に固定化しようとする力になると考えることができる。

地域におけるインターネットの啓蒙、地域からの情報発信の強化など、施策を否定したくはない。ある地域をITで活性化することはできるはずだ。だが、デジタルデバイドの真の解決には、二つの壁があるように思った。

1 影響力伝播の双方向性の壁

地方の活性化について、良い情報も悪い情報も出入りする。かつてテレビやラジオの普及によって、地方が都市文化に染まり、都市へ移動した人口や経済は多い。地域振興を考える上では、もう一歩進んで、このパラダイムから逃げるための複合アプローチを探っていかねば、効果はないのではないか、と思う。

2 相対的な都市部と田舎の壁

特定の地方が振興に大成功し、人口、経済規模を大きくすることはありえる。しかし、全国レベルではグーテンベルク=リヒター則に従い、その2分の1、4分の1の小さな地方が、形成されるだけで、中心と周縁の分離が解決されるわけではない。(中央政府の施策はこちらの視点も持つべきなのではないかと思う。経済や人口規模以外の国民が納得できる多面的評価尺度の導入など)

■冷たい方程式を暖かくする考え方を探して

歴史の方程式は、カオス、複雑系、バタフライ効果SmallWorldといったキーワードともリンクしており、インターネット、情報技術的に非常にホットなテーマと言えそうだ。

この方程式は、自由意志による決定論を否定するものである。ある行為が臨界点に落ちる最後の砂粒であるかどうか、自分が歴史を動かす英雄なのかどうかは、自身では分からないことになる。そんなタイトルのSF小説があったが、冷たい方程式のひとつと言える。

冷たさはたぶん、ある行為や状況の「偉大さ」「重大さ」「豊かさ」を単一の尺度で測る考え方に起因するのは間違いない。この計算では極一部の人に影響力と富が集中してしまう。21世紀は、多面的な尺度をどう成り立たせていくかが課題になるのではないか、と、この本を読んで考えさせられた。

私の大嫌いな評論家にテレビにもよく登場する森永卓郎氏がいる。彼は景気を一層悪くするような意見ばかり書いている。いつもうんざりする。

・年収300万円時代を生き抜く経済学 給料半減が現実化する社会で「豊かな」ライフスタイルを確立する!
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334973817/
「これから9割のサラリーマンは「負け組」の方に向かう。そのときに、可能性のない「成功」をめざすのか、割り切って自分にとって「幸福」な人生をめざすのか。安定が崩れ去った日本社会での「森永流前向き生き方」を緊急提言。」


そういう浅いレベルの価値観のすり替えの未来が理想ではないと思う。経済は重要だと思う。世界の富の所有量、お金持ちの発生率も冷たい方程式に従うことが明らかになっているが、富の再分配を諦めてはつまらない。冷たい方程式に真っ向から戦いを挑むのが正論と思う。

富の再分配を、コミュニズム以外の方法で、実現する方法をITやネットワークを使って模索できるのではないかと思っている。明確な施策が思い浮かぶわけではないのだけれど、私のアイデアは「価値観、経済を多様化し、(富の獲得の)チャンスを均等にすること」であり、以下のような施策を漠然と考えている。

1 影響力と報酬の多様化メカニズム

私が大尊敬する友人に伝播型流通貨幣PICSYプロジェクトの鈴木さんがいる。彼は20年後、ノーベル経済学賞を受賞するのじゃないかと密かに期待している。

・PICSY
http://www.picsy.org/
・ネットコミュニティ・通貨
http://www.hotwired.co.jp/matrix/0104/

PICSYはネット上の影響力の伝播を計算し、経済につなげる仕組みの研究。ITを使ったリアルタイム計算などの点が、従来の地域通貨とは質的に違う気がしている。多様な価値観を経済的報酬へつなげていく仕組みが重要と考える。

2 めまぐるしく変わる社会システム、情報技術

情報や影響力、富の分配システムが固定化しないこと。社会と情報技術が革新を加速させること。インターネットも黎明期の不安定な僅かな期間だったが、均衡を破って、新しいヒーローやビジネス成功者、ライフスタイルが生まれた。

3 臨界状態を回避する遊び、ゆとりの仕組み

生活や仕事に、遊び、ゆとり、冗長性がいきわたると、競争や集中による臨界状態の起きる場所が流動化され、チャンスの均等化が起きるのではないか、と考える。

冷たい方程式をしたたかに利用して暖かい方程式を作るための技術。私は、そういうものを開発していきたいと思った。冷たい方程式は厳然と存在し続けるのだろうけれど、めまぐるしく長者リスト(とそこに出てこない、準じる層)は数年おきで入れ替わる経済。どんな社会的地位や職業、在住地域にあっても、誰にでも経済的チャンスが期待できる社会。中心と周縁が正の効果を生むように刺激しあう社会。それを実現するための情報技術という理想。

と、年頭ということで、随分大げさに筆が進んでしまいましたが、そう思いますた。


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Posted by daiya at 2004年01月05日 00:00 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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Comments

橋本さん、明けましておめでとうございます。
TIAOのMAOです。

記事の紹介ありがとうございます。あの後でもう一つこのテーマで記事を書きました。
■ 「blogに関する中央と周縁」と改めて言われると・・・その弐
http://blog.readymade.jp/tiao/archives/000520.html

このベキ理論での中央と周縁の情報格差の分析はなかなか説得力があるので、周縁に生息するものとしては考え込んでしまいます。
そう簡単に定義されても困るんだよなあ、という感じですね(笑)。

正月に考えていたのは、中央と周縁の関係がベキ理論で語れるのは閉じた一つの系の中だけではないかということ。

周縁の外側には荒涼たる不毛の原野ならば、話は違いますが、外には実は別の世界=系が存在している。

例えば福岡と半島や大陸は目と鼻の先。周縁というのは実は外の別の世界に一番近いポジションにいるということを積極的に評価して取り入れるような戦略を考えてみたいと思っているのです。

それに一つの生態系が衰退し、滅び始めるときには大抵が中心部から腐ってゆくというのも、もう一つの現実ではないでしょうか。中心というのは実は逃げるのが難しいのです。

周縁は常に外部の環境にさらされながら、これまであまりよい目を見なかった分だけ打たれ強くてしぶといとは言えないでしょうか。

先日、高校駅伝を見ていて感じてこんな記事も書いています。

■高校駅伝に見る地方のコンテンツ力
http://blog.readymade.jp/tiao/archives/000523.html

コンテンツを創る人の才能ということでは、中央も周縁も差は大きくない。その才能を活かす機能がないだけなんですよね。そこを何とかしたいものです。

Posted by: MAO at 2004年01月05日 19:41