2005年03月31日
デジタルとネットワークで会議は踊る?
今日はどうも書く気が起きないので過去(2003年)にあるニュースサイトに寄稿した記事の再掲載。そのサイトは既に消えているので、それなりに意義があるかなと。
■会議を支援するノウハウやツール、環境
共創の場として真っ先に連想するのが会議である。ブレインストーミング、問題解決、意思決定、報告や雰囲気づくり、会議の目的はさまざまであるが、日常的に、組織のコミュニケーションプロセスで重要なイベントである。普通のビジネスマンなら年間何百回もの会議を経験しているだろう。
その重要性の割に、工夫のある会議というのは少ないと感じる。そこに参加する人数に比例して、生産性が高まることは稀である。大人数になれば、各自が持っている潜在的な情報や知恵の総和が増えるはずなのに、大抵は逆に、会議がだらだら長引いたり、形式的になって自由な意見がでなかったりする。
工夫と言うのはノウハウやツールのこと。例えば他人の意見を否定しないでアイデアを出し合うというのは、簡単だけれど効果のあるノウハウだ。発言に時間制限を設けて、時間が近づくとチーンと鳴るチャイムは、以外に役立つツールである。長引く会議が煮詰まったときには、チョコレートやキャンディなど甘いものを配ると言うのも、一般的な工夫のひとつだろう。
環境も大きい。会議室の机の形状やレイアウト。壁の色やインテリア。会社によっては廊下や階段の踊り場に小さなテーブルを置いて、立ちながら手短な会議ができるようにしているケースもある。これはかなり有効だと言う。煙草部屋は人を選ぶが、独特のマッタリ感が、きちんとした会議室ではでないアイデアを生んだりする。
■ITによる会議支援の現状と可能性
じゃあ、ITは会議をどう支援しているだろうか?どんな支援がこれから可能だろうか?そしてその有効性は?
ここ数年、会議に議事録担当以外の人間も、ノートPCを持ち込むケースが増えていると思う。私の主観では、この持込はあまりうまく機能していないと思う。自然と目線は話者を向かずに液晶画面をみつめてしまうから、アイコンタクトによる活性化が失われる。PCに向かう人間も、積極的に発言する側というよりは、淡々と記録する側に回ってしまう。いや、会議に向かっているならまだマシで、無関係なメールチェックやネットサーフィンに時間を費やしてしまう人も少なくないはずだ。
なぜ会議生産性にPCがうまく機能しないのかと言えば、会議を支援する、良いアプリケーションがないからだろう。会議室予約のWebアプリやビデオ会議システム以外、これといったツールがないように思える。
まだ一般的とは言えないが、この分野を支援するITツールはいくつか登場している。
・音声、映像と連動するメモ Quindi
http://www.quindi.com/
会議の音声や映像を記録しながら、電子メモをとる。電子メモはデータベース化され、そのメモがとられた時間の音声や映像を見ることができる。
・ホワイトボードのデジタル化 mimio
http://www.kokuyomimio.com/
ホワイトボードに書いた内容を取り込み、プロジェクターで投影したPC画面をその場で操作。
・論内容のリアルタイム可視化 コラジェクター
http://www.ciec.or.jp/event/2002/papers/pdf/E0120.pdf
http://www.keiomcc.com/colla0305/
会議の内容を訓練された担当者が聞きながら、プロジェクター上で、パワーポイントの概念図にまとめていく。コラジェクターはこの知識流通のイベントで以前、試しているが、私はかなり感動した。だらだら話していても、自然と概念図が話を収束方向へ向けてくれる感じが良かった。
さて、これから会議はITでどう変わるのだろうか?ツールは会議の何をどう支援すべきなのだろうか?
2005年03月30日
けなす技術
■くだらない本だ、1500円以上の価値がある
この本は広くは売れないだろう。狭く熱狂的に売れるかもしれない。
週刊誌の電車吊り広告に”ネットのカリスマ”と書かれるくらい著名な”切込隊長”のブログは何か事件があると私も見に行く。隊長の文章は、意味が先鋭的に圧縮されていて、二重の意味でキレている。毒がある。ただの毒では摂取しにくいが、広範な分野の知識と濃い人脈から得た情報を、高性能な脳をフル回転させて、短評にまとめるなり、フィクション仕立てにするなりして、読者に高品質な情報エンタメとして提供してくれる。
・切込隊長BLOG(ブログ) 〜俺様キングダム
http://kiri.jblog.org/
だが、切込隊長のハンドルネームであれだけキレた冴えのある文章をネットに書くのに、紙の本に山本一郎で書くと、急に毒がなくなってしまう。何がいけないって、説明が多くて、無粋なのである。彼は過去にも何冊か書いているらしいが、どれもネットでの人気に反してあまり売れないのは、やはり、この毒抜きされた文化人的文体がいけないのではないだろうか。隊長のブログをそのまま印刷して解説付きで出版したほうが、売れる気がするのだ。
隊長の洗練された、けなす技術はひとつの技芸(メチエ)である。それを鑑賞しに多くの読者がサイトを訪れている。読者は隊長と言うキングコブラの中毒患者なのだ。
この本のタイトルである、けなす技術について山本一郎氏は要らぬ解説を書いている。
「
あえて褒めるより、けなすことを手法として紹介しているのには理由がある。議論を行ううえで、相手の意見に賛同することは、論点を掘り下げることに何らの貢献も見いだせないからである。わざと反論し、けなし、紛争を起こすことが問題の本質に近づく最短距離であり、議論を志向するものはすべからく称賛と批判の2つの武器を研ぎ澄ましておくべきである。そもそもあらゆる事象は賛成も否定もできてしまうのである。賛成しかしない人物は存在しないに等しい。そして、それはその人物が単なるその他大勢で取るに足らないことを自ら証明していることになるのだ。
」
このような自己の「俺様キングダム」的立場の、良識的正当化を普段、彼はブログではあまり書かない。その代わり、「「どうしたら世間の常識から逸脱せずに自分の意見をより鋭くできるか」という目的に集約して」圧縮した過激な文章で、読者を楽しませる。こうした立ち位置、前提の説明は、中毒者たちを解毒させてしまうだけだ。そもそも中毒者たちだって、そんなことは分かっているはずだ。
逆に言うとこの本のくだらなさは、価値でもある。メチエの技法が遂に一般公開されたのだとも言える。ネットのカリスマ切込隊長を演じている山本一郎の素顔が見える。普段は真正面から話してくれないブログのトピックについて、実にマジメに懇切丁寧に説明してくれる。彼のブログの愛読者にとっては、やっと本音を聞けたよ、な部分が1500円以上の価値を持つ。私は大満足だった。
■ネットマーケティング論、ネットコミュニティ社会学の考察が秀逸
山本一郎の素顔と本音の吐露以外にも読みどころは多い。
特にブログ文化についてのまとまった考察は、紙の本ならではだ。超人気サイトの運営者として強い影響力を持つ彼が、内側から見て、今のブログの社会的影響をどう見ているのか、は大変参考になる。
人気ブログの作り方について、実験考察した章は、ブログに関心を持つ企業サイト運営者にとっても知見である。
・国内のブログ数86万
・開始3ヶ月以内で68%が更新をとめてしまう
・凡庸な記事でも毎日更新するだけで3倍近い読者獲得ができる
・1年続くのは18%程度で通常のホームページと同じレベルに落ち着く見込み
ブログのオピニオンリーダを企業がどう扱っていくべきかにも詳しく、
・ネットの売れ筋は数ヵ月後のリアルの売れ筋に近いことの検証
・マス広告が消費者に選択肢を与え、選択肢からの決定にはネットが大きな影響力
ネットだけではマーケティング効果は期待薄
・はてな、Mixiはネットコミュニティの主流にはなりえない
社会学的考察については、
・ネットの意見=国民の意見ではまったくない。民度は低い。
・ネットコミュニティは脊髄反射的であるがゆえに、ある種の利用価値?
・日々が楽しいと思えない有能でありながら不遇な若者の不満のはけ口と化している
などなど。気になった結論だけ抜粋したが、そこに至る解説は相当の時間をかけた考察のはずで、どれも読みどころがある。数字や事実の提示も知らなかったものが多かった。
もちろん、個人的には反論したい部分もあるのだけれど、概ね、現在のネットコミュニティの動向について、行き着くところを明示してくれる。まだ見えていない部分については仮説を提示してくれる。
ああ、一度隊長に聞いてみたかったことを、なんて分かりやすく説明してくれるのだ。いつもの過激派論調はどこへいっちゃったんだ、これじゃあ、皆にわかっちゃうよ。
それじゃくだらないよ、隊長!。
というわけで、極めて面白い人物が書いた実にくだらない本だ。隊長も一般向けの本を書くとなると必死だなという感じだ。
隊長のファンならば、そのくだらなさは1500円以上の価値があるのでマストバイだ。逆に言えば、隊長やブログ文化を知らない人にとってはこの本は無価値だ。この本を買うくらいなら、他のフツーの評論家の本を読もう。その方が、もっと当たり前でタメになるようなならぬような価値が詰まっているから。ただ、私のブログの読者にはそういう人がいないだろうから、全員にオススメである。
2005年03月29日
通勤電車で座る技術!
企画の勝利。この本は売れそう。
メールマガジンをベースに書籍化された本。通勤電車で座る「シット・ダウン・テクノロジー」について67の技法を考察している。
各技法は、以下の章立てに分類される。
・座るために並ぶ技術
・いざ乗車で座る技術
・座るために立つ技術
・降りる客を見極める技術
・快適に座る技術
・座るために暮らす技術
・座る技術 悪のマニュアル
・譲り合いこそ最大の技術
7人掛けシートの真ん中のドアの前に3列で並んだ場合、計算上、1列目に並べば座れる確率は100%だが、5列目だと66.7%になる、など、一度は誰しも並びながら計算してみようと思って面倒になってやめた経験がある?はずの計算をしっかり分析している。
カップルの後ろに立つな、だが座るなら隣にしろ、だとか、降りる人を探す際は、厚い本を読んでいる人より文庫本を読んでいる人の方が有望だ、とか、降りるサインはこれだといった今日から実践できる超実用ノウハウがある。
私は毎日片道1時間半の電車通勤をしているので、シット・ダウン・テクノロジーは長年、独自に研究してきたが、コミュニティの発想の豊かさにはかなわない。全部を覚えておけば、座れる確率は10%から20%程度向上するのではないかと思ってしまった。とても面白かった。
私の場合は始発駅をうまく使えるため、帰りはほぼ必ず座れる環境にある。私にとってその時間は貴重な読書タイムで、おかげで、このブログが続けられるという事情がある。今の課題は、疲れた帰りに座って本を広げていると眠くなってしまうこと。シットダウン&ウエイクアップ・テクノロジーを現在は研究中。これには、気になったところに付箋紙を挟む枚数のノルマを決めておくと目的意識が高まり、眠気が飛ぶ。本を優先したい日は敢えて立ち上がる、というのが現状のノウハウ。
シットダウン&ウェイクアップ&ファストリーディング(速読)テクノロジーという複合技も開発中だ。私の通勤はJRに1時間+地下鉄に15分、待ち時間15分という構成。まとまっている1時間のJRが重要な時間だ。1時間の半分、30分目にある中間駅通過時に、自分の読書ペースをチェックしている。その時点で予定より消化ページ数が遅れていたら後半30分はスピードアップする。到着5分前に本を閉じて55分間の読書を頭の中で要約する。可能ならばメモを取る。これを続けていると結構速くなった。
ただし、私が読んでいる本を閉じる5分前にはちょうど前の駅がある。このノウハウ本にも出ていたのだけれど、降りる人の見極め方からすると、私の閉じる動作はやはり紛らわしいようで、前に立っている人を期待させてしまって申し訳ないのが悩み。スミマセン、私が降りるのは本当は次の駅なんです。
・通勤電車で座る技術!
http://members.jcom.home.ne.jp/sitdown/
2005年03月28日
「おいしい」となぜ食べすぎるのか―味と体のふしぎな関係
■おいしさの科学
この本によると、味を感じる細胞には5つの受容体があり、それらに対応する甘み、塩辛味、酸味、苦味、うま味の5つの基本味があるそうだ。それぞれ、ショ糖、食塩、クエン酸、キニーネ、グルタミン酸が特異的に作用することで、味細胞を活性化させているらしい。
味覚は音楽に似ていて、ひとつやふたつくらいなら単体で感覚することができる(グレープフルーツは甘くてすっぱい)が、複合的な”おいしさ”はシンフォニーのようなもので、全体として感じることしかできなくなる。
この味覚要素のシンフォニーとしてのおいしさに対する人間の判断力と言うのはかなり曖昧らしく、ある学者が、老舗の一本2400円の羊羹とスーパーの800円の羊羹を目隠しで評価させると、被験者の意見はちょうど半々に分かれたという事例が紹介されていた。ただし、「よく噛んで」と指示を与えると、老舗の羊羹の支持者が増えたという。これは歯ごたえ、風味がよく感じ取られた結果だそうで、注意深く味わえば、料理の価値は分かるものだという結論。
そもそも生き物は甘味を生まれつき好む性質はあるらしい。新生児に甘みと苦味を与えると、甘みでは微笑むが、苦味は嫌な顔をする。甘みはエネルギーに結びつくので、生物は好む。
食後に快感があったり、食事の際の良い思い出と結びつくと人はその味を好きになるという心理効果も大きいらしい。最大の快感は「おいしい」と思うことであり、おいしいから食べ過ぎるということでもある。
私はお菓子のラムネが大好きで、大人になってからもときどき買ってはスーツのポケットに入れて持ち歩いたりしている。理由ははっきりしていて、子供時代に海外に居た頃、このラムネ菓子というのが、滅多に手に入らず、希少で貴重な「夢のようなお菓子」だと思っていたから。ときどき入手できると、薬の錠剤のような外観と、不思議な感じの人工的な甘さが、とてもおいしく感じられた。まさに、甘さと思い出のダブルパンチで30過ぎてもラムネを買っているんだなあ、と納得。
この本では、他にも、マヨネーズ、ピーナッツにはまる理由の科学的な分析だとか、満腹でも甘いものを食べられる別腹の解明だとか、味覚判別センサーの開発、食べ合わせのよさ、悪さなど、おいしさをめぐる謎が解明されていく。なぜおいしいのか、おいしいと思うのかには理由があるのだ。
■究極のおいしいを知る方法
この本では、味の各要素の受容機能は生物学的なものであっても「おいしい」は後天的なものという結論になっている。若者と中年と老人がおいしいと思うものは違うようだし、普段のライフスタイルや所属する社会階層でも「おいしい」は違いそうだ。おいしいものを教えあうソーシャルネットワーキングサービスなんてあったらいいな、と思う。
で、その真似事をここでやってみようかと思いついた。
私は神奈川県民なのでときどき横浜の中華街にでかける。この中華街、本当に美味い店というのがありそうなのだけれどなかなか見つからない。相当に高い値段を払えばそれなりにうまさの保証もあるのだろうけれど、地元民としてはそういう店を知りたいのではない。長いこと中華街で大満足という店がなかった。
先週の休日に中華街に行った際、ぶらぶらと探索していたら、街のはずれに一軒の店をみつけた。質素な店構えなのだけれど何か本物っぽさを感じた。この店を観察していると中国人しか出入りしていない。どうやら華僑が観光客相手の店を避けて集う本格の店らしいと感じた。入ってみると私たち家族以外は皆、中国語で話している。もしかして、この店アタリ?。
結果はというと...。
出てくるもの全部が、物凄く美味かった大アタリ。本場の味付け。私の横浜中華街体験では史上最強だったと思う。値段も手ごろで、素晴らしくおいしい店。土日なのに行列もしていない。
さて、この店について知りたくありませんか?
先着10名さまに店の名前と場所をお教えしましょう。ただし、私から聞いた後、この店は他人にどうか教えないでください。少なくともネットでは。
そして、あなたの究極の店を一軒教えてください(全国で構いません)。知る人ぞ知るでお願いします。私もその情報については少なくともネット上では、黙っています。
おいしい情報のギブ&テイク希望者は、
【締め切りました】
まで、自己紹介メールを送ってください。あなたが先着10名以内ならば情報を送ります。それに対する返信としてあなたの究極の店情報を送ってください。
よろしくお願いします。
###でしたが10人に達して締め切りました。
・感性の起源―ヒトはなぜ苦いものが好きになったか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002597.html
・東京 五つ星の手みやげ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001930.html
2005年03月27日
やがて消えゆく我が身なら
面白い読み物。
論旨明快で、ユーモアがある。説得力のある極論の連続。歯切れが良くて気持ちが良い。
人間の死亡率は100%で人はいつか必ず死ぬ、が主要なテーマ。だから人はこう生きるといい、こう考えたらいい、という考察が30本。死が主題でも重くない。
いきなり、がん検診は受けるな、意味がないから、と論じる。がん検診を受けたグループ、受けなかったグループの死亡率に有意の差がないという論拠を提示し、早期発見で手術で直る程度のがんは、放っておいたとしても死なない”がんもどき”だから、本当はその発見には意味がないというのである。
ハンチントン病の家族の人生についての話も考えさせられた。この病気は治療法がない死にいたる病。やっかいなことに優勢遺伝する。つまり親が患者であったらば、こどもは2分の1の確率で発病する。発病は中年以降なので、こども時代は自分の運命が分からなかった。
この患者の家族の書いた本が紹介されていた。
これは読んでみたい
ウェクスラー家の娘たちは、母の病気を見て自分たちも長く生きられないのではないかと思い、病気の原因を調べ始める。徹底的に調べた努力の結果、病気の遺伝子を特定することに成功する。だが、それでできたことは病気の治療ではなかった。将来の発病の可能性の有無を正確に知る検査だけだった。悩んだ末、娘たちは検査を受けない選択をしたそうだ。
この検査は自分が若く死ぬかどうかを確実に知る検査になってしまう。もしも自分だったら、どうするだろうか。治療すれば治るかもしれないがんの告知よりも、難しい選択だ。遺伝子医療が進んでいけば、将来の病気や死の時期が確実に分かるケースは増えてくるだろう。これはやがてもっと一般的な問題になるかもしれない。
著者は、
「
池田 清彦
1947年、東京生まれ。東京教育大学理学部卒業、東京都立大学大学院生物学専攻博士課程修了。早稲田大学国際教養学部教授。構造主義科学論、構造主義生物学の見地から、多彩な評論活動を行っている
」
といプロフィールで生物学専門らしい。生き物や環境についての知見から、世の中の諸問題をばっさりと斬っていく。エッセイだが情報量も結構多い。なにより著者自身がいう「実も蓋もない」論調が愉快だ。
「はっきり言って私は、人間の命が大切だなどと思ったことは一度もない」
「生物多様性の保全などというのは、たかだか人間の考えた理念に過ぎない」
「断言してもよいが、ほとんどの子は人並みの才能しか(すなわち何の才能も)もっていない」
などちょっとそこだけ抜き出すと、過激な意見が次々に出てくるのだが、敢えてそれを言う根拠も明確に書いており説得力がある。30編のエッセイで、だんだん著者の言いたいことが分かってくる。戦略なのか、後半になるに従い言いたい放題度が高まる。電車でニヤニヤしながら読んでしまった。
事実と考察と意見とユーモア。等身大で嫌味のない文体。こういうエッセイを書けるようになりたいと思った。
2005年03月26日
iPodでRSSを読むiPod野郎とGoogleNewsを読むGoogleGet
iPodにはテキストファイルを液晶に表示するメモ機能がある。インターネット上のニュースを入れておくと便利だが、最新の情報に保つのは手動では手間がかかる。そこで、ファイルの変換や転送を自動化するソフトを2つ使っている。
・iPod用情報ツール - Pod野郎
http://buin2gou.nyaa.co.uk/ipod/ipodman.html

「
iPodのバッテリ状態を数値化したり、MP3やAACの曲情報を取得して曲データをiPodからパソコン等に転送することが出来ます。メモの編集やアドレス帳等の諸機能に対応したデータの編集や作成が可能です。また、青空文庫などに掲載されている小説などのテキストファイルを取り込むときにテキストの分割が行えるなど、iPod用に合わせた機能を取り揃えています。さらにRSS(RDF)情報やホームページのデータ(HTML)を取得し、iPodで最新のニュースやブログを閲覧できるなど、iPodを毎日の有効なアイテムにすることが可能です
」
このソフトはiTunesの代わりに使えるiPodマネージャー。iTunesではPCからiPodへ音楽ファイルを転送することはできても、逆はできない。Pod野郎はiPodからPCにも転送できるのが大きな利点。iPod本体の電池表示を数値表示にするという裏技的な機能もある。iTunesの代わりとして使える優れもの。
このソフトには、URLを指定したページやRSSの情報を、自動でダウンロードし、テキストに変換して、iPodへ転送する機能がある。
こちらは、米国のGoogleNewsをテーマ別にダウンロードしてiPodへ同期させるフリーソフト。海外の動向をチェックするのに
なお、気象情報にも対応している。これを利用するには設定時に、Airport Codeで地域を指定する必要がある。このコードは、
・Airport Technology - ICAO Codes
http://www.airport-technology.com/icao-codes/
で検索できる。
東京であれば、
TOKYO HANEDA INTERNATIONAL JAPAN RJTT
がよさそう。
2005年03月25日
OS X風のアプリケーションランチャをWindowsで Aqua Dock
Mac Miniがいま大変欲しい。
・Apple Mac mini (1.25GHz, 40G, 256, Combo, 56k, E) [M9686J/A]

雑誌やWebでこの写真を見るたびに衝動的に購入ボタンを押しそうになって困っている。Macは買ったことがないのだが今回は気になる。そんな人はきっと今、多いはず。
とりあえず、気分だけMacユーザになってみるのにちょうどいいのが、このAquaDock。気分転換だけでなく、とても実用的でもある。MacOS XのドックにそっくりのアプリケーションランチャをWindowsOSに追加するフリーソフト。
任意のアプリケーションを登録することができる。
・Aqua Dock - Reviews and free downloads at Download.com
http://www.download.com/Aqua-Dock/3000-2341_4-10277932.html
本家のサーバは接続できないことがあるのでダウンロードはこちら。
カスタマイズが細かくできるのが特徴。

私は画面右横に配置し、カーソルを画面端に持っていったときだけ表示するAuto Hideオプションをオンにして使っている。メニューサイズの最適化、透明度設定、パフォーマンス設定など自分好みのドックを作成できる。
Windowsの”クイック起動”のスペースが一杯になってしまって、どうしよう、という人に最適。
2005年03月24日
消滅する言語―人類の知的遺産をいかに守るか
■消滅する言語
地球上から2週間に1つのペースで言語が消滅している。
世界には著者の調査では6000±1000の言語があるが、実際の話者の数を見ると、非常に限られた言語の話者が世界全人口60億人のかなりの割合を占めている。上位8つの言語(標準中国語、スペイン語、英語、ベンガル語、ヒンディー語、ポルトガル語、ロシア語、日本語)だけで24億人。上位20位まで広げると32億人で世界人口の半数を越える。さらにすすめると4%の言語が全人口の96%によって話されているという。
6000±1000の言語のうち、4分の1は話者1000人未満であり、半数は1万人以下の少数の話者しか持たない。消滅しようとしているのはこうした小さな言語のことだ。危機的な状況に陥っているのは6000の言語。つまり、数的には90%の言語が、話者が減少傾向が続いていたり、まさに絶滅しようとしている。
まず危機言語の問題を聞いて思うのは、深刻さがよくわからないということ。言語の消滅がどのような不利益や危険をもたらすのかがはっきりしない。
歴史や民族文化の多様性が失われてしまうという生態学的多様性の危機という学者の見解は一応、理解できる。しかし、消滅しようとしている言語の多くに、大抵の人間は一生に一度も触れることがない。1000人、1万人の小さな共同体の文化に具体的にどんな素晴らしい知的資産が含まれているのか知らないものだから、多様性論は極めて抽象的で、説得力の弱い意見に思えてしまう。遺伝子資源のように、それを使った特効薬のような成果が作れますという効用が見えないのが厳しい。
そこで著者は、たとえば、二十世紀最後に戦争が起きた地域、ベトナム、カンボジア、ルワンダ、ブルンジは、単一言語の地域であるという事実を指摘する。統一言語は相互理解だけでなく、衝突も加速させる面があるようだ。言語障壁があるおかげで、言語圏ごとに多数の経済が成立したり、多数の文化的英雄が活躍しえたりすることも、多様性の利益だという。
ただ、それでもなお、環境問題の如く言語消滅を人類にとって解決が急務の課題という共通了解をつくるには、まだ論拠が足りていない気はする。消滅言語の具体を私たちは知らないからだろう。
■言語の多様性を具体的に
言語の多様性を紹介する事例調査はとても興味深い。
英語では、Youは単数のあなたであると同時に複数のあなた方の意味を持つ。日本語の場合、あなたは単数を表す。ところが英語から派生したパプアニューギニアのトク・ピシン語では、
mitupela 私たち二人(あなたを含まない)
mitripela 私たち三人(あなたを含まない)
yumitripela 私たち三人(あなたを含む)
yutupela あなたたち二人
emtripela 彼ら三人
yumifoapela 私たち四人
という人称があるそうだ。数人単位のグループのコミュニケーションが生きていくのに重要な文化がうみだしたバリエーションなのだろう。
明証性と呼ばれる言語概念を含む言語があるという話も面白い。英語では「本が床に落ちた」というセンテンスは、自分で見たのか、誰かにその状況を聞いたのか、判断できない。明証性のある言語では、それを文法的に区別する。
オーストラリアのンギヤンバー語では、5つの明証性規則が分化していてとても複雑になる。(1)私が見た、(2)聞いたけれどみていない、(3)その証拠を見たがそれ自体は見ていない、(4)誰かに聞いた、(5)そう考えるのが合理的だ、の5つがあるそうで、観点をはっきりしないと文を作れないという。これは科学の議論に向いていそうな言語だが政治やビジネス営業では使いにくそうだ。
消滅寸前の言語には、きっと、こうした認知構造の違いにもとづくメジャー言語にはない視野が隠れている。昨日の日本の古代語の本のあったように言語に豊かな民族の歴史が刻み込まれてもいる。この著者がいうように、消滅言語の記録を積極的に残す施策は、有益だろうと思う。問題はそれ以上の”介入”は必要なのかということだ。
■何をすべきか、何ができるか
ITの普及と国際コミュニケーションの活発化は、言語の消滅を加速させていることは間違いないだろう。二言語を使うようにすることは、消滅の歯止めになると書かれているが、実際にはメジャー言語圏では、日本人のように日本語と英語の組み合わせがバイリンガルの大半だ。少数言語話者はメジャー言語を学習することで、言語経済学的に、メジャー言語に染まってしまうことの方が多いだろう。
山岳民族や騎馬民族など固有の地域の自然、風土と密接な関係がある共同体の言語も、生活の近代化によって、言語背景の特徴を失っていく。現代は急速に世界が狭くなり、異なる文化がかつてなかったほど接触する時代だ。多数の言語が混在するバベルの塔が、いままさに崩れようとしている。それが良いことなのか、悪いことなのか、誰の倫理基準で決めたら良いのだろうか。
著者はかつてのキリスト教布教の伝道師のように、言語の強者=英語圏(著者は英語学の大家)の善意の人間として、”予防言語学”を広めようとしているようにも見える。積極的に介入し、失われた言語を人為的に復活させることを理想としている。だが、成功例として挙げられている少数言語の復活事例(ヘブライ語など)が、どの程度の意義を持つのかはっきりしない。記録を残すこと以上の、消滅言語を救うアファーマティブ・アクションが本当に必要なのか、よくわからない。そもそも大量消滅を止めることはもう不可能だ。
ベンチャー企業の設立件数/倒産件数の比率と同じように、倒産件数が増えても、設立件数が上回っていれば良いという考え方もある。言語が生まれるスピードについてはまだよくわかっていないらしい。どこまでが方言で、どこまでが独立した言語なのか、判断が難しいからだ。政治的抑圧で消されようとしている言語はともかく、自然消滅する言語については、レッセフェールで自然に任せて、むしろ、新しい言語の誕生を加速させるような施策を進めてみるというのは奇策だろうか。
・コミュニケーション拡張装置としての機械翻訳
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/guest/990817/
99年に書いた記事。ちょっと古いが今回のテーマに深く関連する。
・危機言語のホームページ
http://www.tooyoo.l.u-tokyo.ac.jp/ichel/ichel-j.html
2005年03月23日
日本の古代語を探る―詩学への道
古典学者による古代語についての11のエッセイ。
「
夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ、ほたるのおほく飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
」 枕草子
書き写していて、まさに名文だと思った。こうはなかなか書けない。リズムや情感が抜群だ。やはり、最後の「をかし」が効いている。
「をかし」は、現代の「おかしい」に変化して、InterestingやFunnyやSomething Wrongの意味でも使われるようになった。そもそもの語源が古事記にも使われる「をこ」であり愚かしく滑稽な様子を意味する言葉であったらしい。それが変化して趣があるという意味を持つようになった。歴史的経緯が、現在の「おかしい」の多義性につながっているようだ。
この枕草子の「をかし」については「物の形状・色彩・光線・音・香り・肌触りなど、感覚的な美を表し、または主知的な目で自然や人生を見る場合の平安朝的美の体系を示す」というある研究者の定義が紹介されている。
同時に、著者は、当時は「主知的な目で自然や人生を見」たり「感覚的な美」を見出すような美の体系など存在していなかったはずだとこの定義の矛盾も指摘する。自然を対象として客観視する感性はもっと後世になってからのことだから。ことばをそれが使われる歴史的文脈と切り離して考えてはいけないとして厳しく細にわたる考証が論じられる。古代の歴史、文化、生活についての著者の博学が、古代語の説明を通して、語られる。
古典学者でもない現代人が古代語を探る意味というのは、この本の副題にあるとおり、詩学への道ということなのだろうと思う。古代の文学の詩性を味わうだけでなく、日常、日本語を使う際の味や品にも、言葉の使い手の、重層的な知識というのは密接に関わっているだろう。
取り上げられる古代語は他にも、
木、毛
東西南北
石
キトラ
シコ
タビ
シト・バリ
豊葦原水穂国
などがある。
特に最終章の「豊葦原水穂国」(日本の美称)の解説は力が入っている。この呼び方には、未開の自然である葦と、人の手の栽培であり文化と秩序である稲が一緒に出てくる。著者はこの言葉が作られた背景、すなわち、征服される土着の民族や新しい農業技術を持って入ってきた新しい支配者層、権力の集中と律令国家の成立、記紀神話との関係を説明し、この国の王制の開始を神話的に告げる語なのだと結論する。
「
たった一語というかもしれぬ。しかし一粒の砂に宇宙が宿るように、たったの一語でも、ある時代の生態が、したたかに宿ることだってありえるだろう。少なくともこの語には、初期のヤマト王権が水田農業をいかに受け入れ、活かし、いかに展開しようとしたかというその政治的・文化的な次元や道程が、深く刻み込まれているはずである。そしてそれこそが、この語のになう記号論的な意味ないしは価値だと私は考える。
」
単なることばのトリビア本ではない。
・古代日本人・心の宇宙
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001432.html
・タブーの漢字学
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002684.html
・日本人の禁忌―忌み言葉、鬼門、縁起かつぎ…人は何を恐れたのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000809.html
・日本語は年速一キロで動く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002025.html
2005年03月22日
人はなぜ憎しみを抱くのか
1923年ベルリン生まれでナチス迫害を逃れ米国に亡命し大学で教えた後、今はスイス在住の精神分析医が書いた本。
テロリズム、民族紛争、原理主義。人の憎しみという破壊的な感情とどう折り合いをつけるかは、今世紀前半の一大テーマだろう。憎しみを解消するために、経済格差の解決が課題だとか、政治イデオロギーを乗り越えるべきだとか、異文化相互理解が必要だ、などいろいろな意見がある。
この本では、こども時代の親との不幸な関係がうみだす「自分の中の他人」こそ、憎しみの根源であるという。小さなこどもは親に依存して生きるしか術がない。自然と親が無意識に求める要求を想像して、本来の自分を排除してでも、それを満たそうとする。その過程で排除された本当の自分は消えずにこころのどこかに「自分の中の他人」として残ってしまう。この自分の中の他人に対する憎しみが、外に向かってあふれだす、というのが著者の持論だ。
優しく育てればよいというわけではないらしい。こどもを怒ってはいけないと思う母親が、悪いことをしたこどもを叱らないとする。否定的な感情はこどもには見せたくないという気持ちで、外面的には優しく接してしまう。すると、こどもは、本当は母親が怒っていることを想像しているのに、実際にはそうではない母親と直面することになる。こどもは本当に感じたことを認めることができなくなってしまう。締め出された気持ちが「自分の中の他人」になり、ことあるごとに、こどもを苦しめる。この苦しみが外や内へ向かい、自分や他人を罰しようとする気持ちに変わっていくという。
無視、無関心も原因になる。「自分の存在が認めてもらえないと、自分を認めてくれない親の目で、自分自身を否定的に見るようになる」。そして「親が愛してくれないのは自分が悪いからだ。自分のせいだ、親は良い人たちなんだから」とこどもは考えるようになる。そしてやがて、権威に対して服従することで、こころの中の軋轢を解消しようとする。
権力者への服従や原理主義への傾倒も、根源はすべて自分の中の他人に発する憎しみが根源であるという本だ。第2次世界大戦のナチスのホロコーストにせよ、9.11の同時多発テロにせよ、真の問題はつまり、彼らの親が育て方を間違ったんだよ、という大胆な結論を言いたいようだ。
「憎しみは親の働きかけから生まれる」とはっきり書いている。論旨は明快。こうした憎しみの生まれるメカニズムを客観的に知ることで各自が自分を見つめなおし、自分の中の他人から解放された自分らしい生き方を見つけ出すことが、世界の問題の解決につながる、と結論している。
この、親の育て方が間違ったが諸悪の根源、というのは大胆すぎる結論のような気もするのだけれど、「三つ子の魂百まで」という諺が日本にもある。ひとりひとりが、自分の今の状態に満足し、権威への盲目的服従や強すぎる劣等感や優越意識で心の埋め合わせをせずとも幸せな状態であるならば、確かに戦争やテロリズムは、起きないかもしれない。
世界平和のためにはまずは子育てをちゃんとしましょうという論理、それなりに説得力があるようにも思えた。
一人っ子の長男は1歳8ヶ月。彼は果たしてこういう問題と無縁でスクスク育ってくれるだろうか。最近、性格がでてきた。私に似ておっとり型。研究熱心タイプ。アルファベット24文字を覚えて、街で英文字を見ては、得意げに教えてくれる。Wは発音が難しいらしく、声を小さくごまかしている。
とりあえずここ数日はロタウィルス(こどもがよくかかるらしい、はじめて知った)に感染してぶっ倒れている。ABCの次は平和主義者教育をするので、早く元気になってくれよっと。
2005年03月21日
人類最古の哲学―カイエ・ソバージュ〈1〉
宗教学者、中沢新一の大学講義シリーズの第一巻。
レヴィ=ストロース風構造主義的神話分析が現代においてどのような意義を持つかが主題の本。
「
人類的な分布をする神話というのがたくさんあります。地理的に遠く離れ、社会構造も言語もまったく異なる社会が、驚くほどよく似た神話や伝承を伝えているのです。例えば、八・九世紀の古い中国や日本の書物に記録されている伝承が、遠いヨーロッパの伝承の中に残っていたりするのです。
」
世界に散らばるシンデレラ物語が取り上げられる。フランスの民話「サンドリヨンまたは小さなガラスの靴」やドイツのグリム兄弟版「灰かぶり少女」と、中国の「酉陽雑俎」、北米インディアンの「見えない人」物語が比較され、類似した構造と共通項が取り出される。これらの神話は細部は異なっても、構造は同じである。人類が世界に広まる何万年も前に、とてつもなく古い起源の原型が存在していたのではないかと著者は推測する。
どのシンデレラ物語でも、実の親の不在や意地悪な継母の登場のような欠落から始まって、高いもの(裕福)と低いもの(貧乏)のような対立・矛盾が解消されていく過程になっている。魔法がうみだすカボチャの馬車ような仲介機能によって、貧乏で小汚い娘が、高貴な貴族に見出され、永続する幸福な結婚という結末に向かっていく。
面白いのは古い物語ほど残酷であったり、具体的であること。シンデレラの原型では、意地悪な姉妹は足の指や踵を切断してまでもガラスの靴に挑戦して失敗している。中国では鳥に目をつつかれて盲目になったりもする。もともと魔法使いのお婆さんは出てこなくて、魚や鳥がその役割を果たす話の方が古いようだ。
古層の物語では、魔法のような飛躍が少なく、具体的描写が多い。つまり、きめ細かい仲介機能の連続となっている。神話は本来、空想物語ではなく、人間の直面する現実という足場を持った物語だった。
シンデレラは台所で働かされる。これはカマドや灰の近くにいるという意味である。カマドや灰は、本来、死者と生者を結ぶ場であり、そこで働くのはシャーマンだった。片足の靴は、片足を引きずりながら異界との行き来をするオイディプスの姿とも重なる。死者との交通も本来、シンデレラの重要テーマだった。この他にも仲介によって解消される人類的テーマはいくつも織り込まれていた。
時代が進むにつれ、物語の合理化が行われ、単純化され、バーチャルな内部に閉じた物語に変容してしまう。ディズニーのシンデレラは、王子様に外見の美しさで認められてお金持ちになる女性の社会的サクセスストーリーという、資本主義の愛する物語に変化した。そこには、もはや「死者との交通」や「見えない価値を見る」といった他の重要なテーマはなくなっている。
仲介機能による矛盾の解消という構造を使って、宇宙を重層的に語る神話本来の力について、著者はこんなことを書いている。
「
日本人はいまCG技術による自然の再現ということに関して、群を抜く能力を発揮してみせていますが、それはいまのアニメ文化を背負っている人々の体内に、合理化される以前の重層的な自然の記憶が生き残っているおかげなのであって、合理化された自然イメージばかりに取り囲まれて育った世代がこれを担うようになったときには、もはやそのレベルを維持することは難しくなるでしょう。
」
確かに宮崎アニメはディズニーと比較して重層的多義的で解釈のバリエーションが豊かだ。バーチャルな世界に生きることで、自然や現実との結びつきが希薄化すると、イマジネーションの豊かさまで失われてしまうことを著者は危惧しているようだ。
そして神話とは、
「
神話はまぎれもなく哲学です。宇宙の中で拘束を受けながら生きている人間の条件について思考しているからです。
」
であると結論している。これはレヴィ=ストロースがいう「野生の思考」であり、現代において、もう一度考えてみる価値のあるテーマだと復権を試みようとしている。
・対称性人類学 カイエ・ソバージュ<5>
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001148.html
・神の発明 カイエ・ソバージュ〈4〉
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000314.html
2005年03月20日
iPod shuffleとStationRipperでチープでリッチな音楽生活
■シャッフルの使い勝手と魅惑の周辺機器
・Apple iPod shuffle 512MB M9724J/A

ホワイトデーのお返しに妻にiPod Shuffleをプレゼントしたと書くと聞こえが良いのだけれど、実は自分が使ってみたくてという動機もあっての購入。
たくさん楽曲ファイルを入れてから、手に持ってよ〜く振ると自分好みのいい感じに混ざるというシャッフル機能はさすがに便利。あまり振りすぎるとコーラス単位でバラバラになるので、20秒くらい片手で軽く振るがポイントだ。
うそ。

本当の感想は、
・軽くてストラップで首から下げても疲れない。
・フラッシュメモリは可動部がないため通常のiPodに比べて壊れにくそうな印象。
・USB端子を内蔵しているので今までのiPod以上にUSBメモリとしての使い勝手が向上している。
ラジオっぽく使うには、とにかく使い勝手が良かった。
私はいつも第4世代のiPod 20Gを愛用しているが、USBメモリとしてビジネスでも使えるShuffleもいいなあと思ってしまう。もう一台私も買おうか...。
iPodは周辺機器も魅力的なものが多数。
・Apple iPod shuffle Arm Band M9760G/A

軽くて柔軟なアームバンド型のホルダー。腕に巻き付けてiPod shuffleをセットするだけでOK。スポーツトレーニングやジョギンク中など、いつでもiPod shuffleを楽しめる。
・Apple iPod shuffle External Battery Pack M9759G/A

バッテリーパックを使えば、iPod shuffleの再生時間を3倍に延ばせる。内蔵バッテリーを使い切った後も、単4電池(AAAバッテリー)で最長24時間まで連続再生させることができる。コンピュータなしでも充電時間を気にせず、長時間のフライトやハイキングのパートナーとしてiPod shuffleを携帯する時に最適。
・Apple iPod shuffle Dock M9757G/A

デスクトップユーザやUSBポートがコンピュータの背面にしかないなど、接続しづらい環境にあるユーザに特におすすめ。iPod shuffleをDockの上にセットするだけで、すぐにシンクと充電が始められる。ノートPCでもUSBポートに挿した状態だと折ってしまいそうという人にも。
・Better Energy Systems Solio (iPod3G,4G(Click Wheel),iPod Photo,iPod mini対応モバイルバッテリー)

「Solio」は、太陽光で蓄電を行い、iPodなどのモバイル機器にバッテリ充電できるポータブルソーラーバッテリ。3枚の高性能太陽電池パネル(耐水性パネル)により、太陽の光を吸収し、本体内部のリチウムイオンバッテリに充電する。 Shuffleは今のところ未対応だがUSB充電ケーブルにいずれ対応するのでは?と期待。
・BIRD Electron エジソン EZ6 モバイルスピーカー iPod用シルバーEZISON6:BIRD

Podを気軽に再生できるミニスピーカー。お好みのストラップをつければ、持ち運びも簡単。本体は軽量のアルミニウム製なので移動の時も重量が気にならない。操作は、付属のステレオケーブルを使ってiPodのジャックに差し込むだけ。ソフトモードをセレクトするとお休み前に柔らかい音でBGMを楽しめる。 中高音が得意 SOFTモードの弱音では、睡眠用に最適。
・Apple iPod shuffle スポーツケース M9758G/A

首にかけて使うクリアケースはカラフルでクールなだけでなく、水やほこりなどからiPod shuffleを保護する。ケースを開けなくても操作ができるので、ビーチやプールなどでも音楽が楽しめる。
・iPod Fan iPod shuffle入門・活用ガイド―For Windows & Macintosh

シャッフル専用の解説書まで出ています。
■StationRipperでストリーム放送をMP3ファイルとしてダウンロード
まさにシャッフル向きの音楽を用意するソフトがある。
StationRipperは海外のストリーム放送(ShoutCast)をMP3として録音するフリーソフト。アプリケーション内の番組表(StationRipperPortalやstreamGuide、ShoutCastなど)から聴きたいジャンルのラジオ局を選んで、視聴しているママをMP3で保存することができる。同時に2局を録音可能。洋楽メインだがJpopのチャンネルもある。
・StationRipper
http://www.stationripper.com/

ずばり、素晴らしい使い方をお教えすると、好きなラジオ局をつけっぱなしで一晩中録音すること。え、そんなことをしたら12時間分の大きなファイルで扱いにくくないかって?仕組みは知らないが、とにかく曲ごとに曲名もついたファイルのMP3になってリッピングされているから、大丈夫だ。

1日おいておけば100曲や200曲のMP3が手に入る。洋楽ファンにとって天国以外の何者でもない。特に私は”米国のラジオで流れているようなカントリーやブルース”が好きなので、StationRipperは最高だ。CDショップへ行くより、イメージどおりのリストが手に入る。
なお、StationRipperはフリーソフトだが$14.99払って登録バージョンにアップグレードすると、同時録音できるストリーム数が最大600局まで増やせたり、iTunesのプレイリストを生成したり、PodCastに対応したりする。
1日に3,000-6,000曲がStationRipper対応の局では放送されているという。一生分の音楽を数ヶ月で揃えることができる。また音質の良いCDを購入するためのBuySong機能もある。
2005年03月19日
仮想デスクトップで画面を広さ100倍にするGrandWin3
・GrandWin 3
http://www.shimousa.com/gw/index.htm
ハードディスク容量と同じでデスクトップサイズも、いくら大きくしても、いっぱいになってしまう法則があるのじゃないだろうか。
メインのノートPCの画面サイズはSVGA+(1400×1050)で使っている。当初、これは広々としていた気がするのだが、使い慣れてくるとソフトを多数同時起動するようになり、やはりウィンドウで一杯になってしまう。
そこでデスクトップを複数つくり、切り替える仮想デスクトップソフトが欲しくなる。このGrandWinは最大100画面までデスクトップ領域を上下左右に拡大してくれるソフト。マウスを画面の端に持って行くことで、画面間をスムーズに移動できるのが便利。

設定でウィンドウの数や固定したいアプリケーションを指定することもできる。

個人的には3×3で9画面で使うのが管理しやすいと感じた。
なお、フリーソフトのGrandWin2とシェアウェアの3がある。
3は2に加えて以下の機能がある。
・ウインドウドラッグ中の移動が可能
・操作中に停止、移動モードの切替え(トグル機能)や移動モードの切替えが可能
・固定ウインドウの定義が簡単になり、ワイルドカードによる部分合致定義も可能
・タスクバーにてサイズ復元されたウインドウへの追従が可能
・OSのユーザ毎の設定値管理が可能
2005年03月18日
Windows正規版チェックでタダでもらえるMicrosoft Photo Story 3
マイクロソフトがWindows Genuine Advantage (正規 Windows 推奨プログラム) の試験運用を開始した。これはユーザのWindowsが正規のライセンスを受けたものかどうかを判別するプログラム。海賊版対策の一環だ。
・マイクロソフト、Windows(R) XP ユーザー向けの特典提供プログラム、Windows Genuine Advantage Programの試験運用を3月
http://www.microsoft.com/japan/presspass/detail.aspx?newsid=2223
「
WGAプログラムは、Windows XPのライセンスが正規であることを確認することにより、Windows XPを使用しているユーザーに対してプレミアムソフトウエアを無償提供するなどWindows XPに付与される特典を提供し、そのソフトウエアが提供する価値を享受していただくための正規Windows推奨プログラムです。
」
とある。
当面の具体的な特典は以下のとおり。
Microsoft Photo Story 3 for Windows
Microsoft Office OneNote(R) 2003 180日間限定評価版
Microsoft「圧縮(LZH形式)フォルダ」の提供(4月提供開始予定)
というわけで「Microsoft Photo Story 3 for Windows 」は魅力である。早速、正規版の認証を受けて、特典をダウンロードした。これがなかなか使えるソフトだった。万歳。
・作品1 Layout Of Tokyo 2005
http://glink.jp/movie/layoutoftokyo.wmv

先日、九段下で仕事をした帰りに天気が良かったので東京駅まで歩いてみた。携帯のカメラで撮影した写真を、このPhotoStory3を使って映像化してみたのが上のサンプル。東京駅周辺のレイアウトが好きなのでLayout Of Tokyoというタイトルもつけてみた。
・作品2 Spring Campus
http://glink.jp/movie/springcampus.wmv
今日は昼に会議で早稲田キャンパスで撮影した写真で構成。こちらはトランジション効果を多用してみた。
デジタルカメラの写真を取り込んで、写真切り替え時のアニメーションを選択。BGMとして手持ちの音楽ファイルを指定したり、自動作曲でジャンルやテーマを選んだりしていくと、映像ファイルが自動生成される。
作成時間は5分。誰かに写真を見てもらいたいときに、こうしてBGMつきのスライドショーにしておくと、飽きずに最後まで見てもらえるかもしれない。結婚式やパーティーの写真公開には特に相性がよさそうだ。
数千円で販売されていてもおかしくないソフトなので(実際2は有償追加ソフトに収録されていた)、正規版認証を受けるだけでもらえるのはお得。
2005年03月17日
ワルに学ぶ「実戦心理術」
ウケた。
面と向かってほめない、けなした後にほめる、シメだけ自分がやる、恩に着せるおごり方、など基本から高等テクまで、70以上のワルになるノウハウが「自分の株を上げる」「失敗を逆手に取る」「駆け引き」「嫌なやつとつきあう」「その人の心を手に入れる」「自分のペースに巻き込む」の6章にまとめられている。
個人的に面白かったベスト3を紹介するとこんなかんじ。
・絶対ばれないウソを使って持ち上げる
「昨夜、部長とゴルフをしている夢をみましたよ」
確かにばれない。
・「端数」を使う
端数の方が強力
「九千八百円貸してくれないか」 > 「一万円貸してくれないか」
「首都圏の81.2%の家庭で...」 > 「80%」
「では3時50分にロビーで」 > 「4時」
・反対意見を分断する
例えば20人中8人があなたの意見に反対だった場合、「賛成12、反対8」では、反対も結構居るので決定しにくい。そういうときは、こう言いなさいというノウハウ。「つまり、賛成意見が12、もっとテストしてからが2、改良の余地ありが1、○○が1、△△が1...」。反対意見をバラバラな少数意見としてしまう心理テクニック。
仕事のワルだけでなく、「女を泣かせたらもう一度(映画などで)泣かせれば最初の泣いた理由が薄れる」などの男女駆け引きのワルのノウハウも混ざっている。1つのノウハウが2ページ程度で読みやすい。
ビジネスシーンで多少のワルであることは大切なことかもしれないと最近思うようになった。
仕事の交渉や営業、問題解決の会議などでこうしたテクニックを使っている人はよく見かける。自分でもたまに仕掛ける。こうした技術は何冊か本を読んでいるとパターンが見えてしまうので「ああ、彼、仕掛けてきてるな」と気づいたりするものだが、30を超えたあたりから、そういう人の方がむしろ頼もしくて一緒に仕事をしたいと思うようになった。仕掛けが分かっていても、敢えて乗ってみるようにもなった。
ワルと悪は違うわけでしたたかさも必要なことは多いと思う。なんて言ってる私は、やっぱり汚いオトナになってしまったのだろうか。
関連書評:
・NYPD No.1ネゴシエーター最強の交渉術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003031.html
・トップに売り込む最強交渉術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000324.html
・心の動きが手にとるようにわかるNLP理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000609.html
・「できる人」の話し方、その見逃せない法則
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000445.html
・悪の対話術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002109.html
・ハーバード流「話す力」の伸ばし方!―仕事で120%の成果を出す最強の会話術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000228.html
・パワープレイ―気づかれずに相手を操る悪魔の心理術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000150.html
・ソリューション・セリング―賢い売り手になるための10の戦略
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000145.html
2005年03月16日
ありえない日本語
■そのありえないは、ありえない
若者言葉の研究を一般向けにやさしく解説してくれる本。
なにげに
うざい、きしょい
よさげ、やばげ、ひどげ、おもしろげ
など、この本で紹介される言葉づかいはウェブ上でも書き言葉として使われる。言葉の普及状況や、受容度のアンケートの数字が出ていたり、言葉の変化の背景にある若者文化や心理の変化が深く解説されていて勉強になる。
標題となった新しいタイプの「ありえない」もよく聞くし、これに限っては自分でも使うことがある。たとえば、
友:取引先のA社の社長さん、突然、失踪しちゃったらしいよ
私:え、あんなに景気のいい会社の社長が?、そんなのありえないって
だとか、
ヤフーオークションで古いPCを出品してみたらありえない高値で売れてしまってさあ
といった具合である。
本来は、現実に確定していない未来のことに対して「ありえない」が使われていたのに対して、現実に確定した過去に対しても「ありえない」と言えるようになった。著者の調べでは大学生の8割がこの新種のありえないを気にしないと答えている。近い将来、国語として定着していくようだ。
年長者の世代はこうした「ありえない」の代わりに「信じられない」を使うと著者は説明している。そして、その言葉遣いの背景にある心理の相違を次のように解説している。
「
これは自分がもつ現実世界についての情報を保持し、それと合わない現実世界のほうを切り捨てるというほう構成を持つ。「現実にはこうだけど、わたし的にはこうだ」ということである
」
「
「信じられない」と言う話し手にとっては、世界は変更可能なものだが、「ありえない」と言う話し手にとっては、世界は変更不可能なものである。
」
若者は世界より自分の方がリアルに感じているということか。
同じように新しい用法で使われるようになった「やばい」についても取り上げられる。「やばいくらいイイです」「あのゲームよくできてて、やばいよ」のように肯定的に使える「やばい」。
■私ってブログを毎日書いてるじゃないですか?
知らない業界人とパーティで会って、
「私って業界のいろんな人と会うじゃないですか、それでこの前...」
などと言われると内心、
しらねえよ
とつぶやいてしまったりする。
このタイプの「じゃないですか?」も時々聞く。だが、8割が受容した「ありえない」とは違って、「じゃないですか」は若者の66.9%が「気になる」、つまり違和感のある表現と感じているそうだ。
この言葉を使うのはコミュニケーションに積極的なタイプに多いらしい。じゃないですかは、相手にも自分と同じ知識の共有を求める言葉だ。だが、自分の個人的な体験を初対面の相手が知る由もないことは、話し手も、内心わかっているはずである。著者によると、この「じゃないですか」は、
「
コミュニケーション能力の未熟さによって、共有知識の見積もりに失敗しているわけではなく、むしろ、失敗することを前提に、親しさを演出したコミュニケーションを行おうとしているのだと考えられる。
」
一見、言葉の乱れのように見えながら、相手とのコミュニケーションを大切にする若者が、既存の文法や語彙に適切な用法がみつからず、新しく発明してしまった言葉なのだ。社会的なものである言葉を、一方的に発明するのってどうよ?とか思ったりもするが、なにげに、思いやりから言葉遣いがよさげに変わっていくというのはチョベリグかもしれない。(無理がある)。
■新しいカタカナ
カタカナ語の変化の事例も詳しい。
ゲッチュ、ポインツ、パーフェクツ、サンクー、プリチー、チェケ、チェキラ
ああ、確かによく耳にするようになった。著者はニュータイプ外来語と呼んでいる。
英語の発音に近づけようとした本物指向のもの、古臭い日本語っぽくすることで逆に新しさを求めたものなどが混ざっているそうだ。
英語の日本語化が行われる際の音素数と文節構造の変化法則からニュータイプ外来語を作る方法まで解説されている。この法則を使って新語を作って流行させることができるかもしれない。マーケティングの視点で見ても役立つ知見だ。
漢字をカタカナ語にする例も増えているという。
ソッコーで
センパイが
ホントは
ケッコー時間がかかる
スミマセン
あるある。
著者の研究は、アンケート、インターネット上の表記、メール、テレビ番組のトーク、少年少女マンガ、ヒットソングの歌詞など膨大な資料から、調査を行っている。10年や20年と言うスパンでも、日本語にかなり大きな変化が起きることが分かってくる。
・Subculture-Linguistics
http://www.ifnet.or.jp/~akizuki/
著者のサイト。サブカルチャー言語学。面白くてやばすぎ。
関連書評:
・問題な日本語―どこがおかしい?何がおかしい?
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002920.html
・日本語は年速一キロで動く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002025.html
・関西弁講義
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001143.html
・かなり気がかりな日本語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001093.html
・犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000935.html
2005年03月15日
案外、知らずに歌ってた童謡の謎
誰でも知っている童謡に隠された背景を探ったベストセラー本。シリーズ3冊で20万冊も売れたらしい。後半で若干作者の創作も入っていそうだが、全体的に読みやすくて、ウンチクを増やすには面白い本。
・「赤い靴はいてた女の子」はどうなったか?実は異人さんに連れられていっちゃって...なかった。そこにはなんとも悲しい実話が背後にあった。
・「夕焼け小焼けの赤とんぼ、おわれてみたのは」の「おわれて」とは?。
・花いちもんめ。花=女の子、いちもんめ=一匁(金額)。負けて悔しい、あの子が欲しい。貧しい農村と女衒のやりとりが歌になっている?
・ひなまつり、お嫁にいらした姉さまに良く似た官女の白い顔。「いらした」は行ったのか、来たのか?なぜ敬語扱いなのかの考察に始まるもうひとつのストーリー。
・ずいずいずっころばしの、”ずい”はずいきで、茶壷は大名行列で、それに追われてというのは...。遊郭の男女の秘め事との関係が...。
・かごめ、かごめは籠女でやはり遊郭系なのか?「鶴と亀がすべった」「夜明けの晩に」「後ろの正面」に秘められた意味とは。
などなど、あの歌に隠れた背景説明に、驚きの連続。
私もひとつ、童謡の秘密を先日、インターネットで知った。童謡といえるか分からないが、小学校で音楽の先生が独自に用意した副読本に「たんぽぽの歌」という歌が収録されていた。先生のピアノ伴奏で毎週歌わされたので、歌詞をすべて丸暗記している。こどもながらに素晴らしい歌詞とメロディだなあとじーんと感じて














