2004年11月30日

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・感性の起源―ヒトはなぜ苦いものが好きになったか
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■物理感性と化学感性

世界初の味覚センサー開発に成功した科学者の本。

まず感性には大きくふたつあると著者は分類した。

感性、感覚というとまず思い浮かべる視覚や聴覚は、光やサイズ、音の大きさなど物理的な数値で計測することができる「物理感性」であるとする。一方、嗅覚や味覚は化学物質に反応する「化学感性」であるとする。言葉で表現しやすい物理感性の研究が進んでいるが、本来、生物にとって、より古い起源を持つのは化学感性のほうだという。

感性に関わる遺伝子の数と全遺伝子に対する比率は、この本によると、

嗅覚   1000個 3%
味覚   30個 0.1%未満
視覚   4個〜10数個 0.01-0.04%
聴覚   50-100個 0.14%〜0.29%
触覚   20-40個 0.06%〜0.1%

となり、嗅覚に関する遺伝子が桁外れに多い。これは嗅覚が、大脳が発達する以前から存在していた古い感性であるからであり、数千種類の匂いのもととなる化学物質のレセプターを発達させた。匂いは種類が多いのだ。

だから、私たちの言葉では、特定の匂いを表すには「リンゴのにおい」「マツタケのにおい」のような個別的な言い方をする。これではリンゴやマツタケを知らない人にうまく伝わらないが、抽象化、一般化することが難しい。「20センチ四方の青い箱」「小さな丸いボール」のように表現できない。

バクテリアなどの単細胞生物にも感性があるという。バクテリアは苦い物質から逃げ、甘い物質に近寄っていく。苦い物質は一般に毒だからであり、甘い物質は糖分などの取り込み可能なエネルギー源だからである。無論、単細胞生物には感覚器官や脳はない。これを実現しているのは、細胞の自己組織化のはたらきそのものである。著者は、こうした単細胞生物の化学物質への反応を、ヒトの感性の原初形態だと推測している。匂いと味は原初的なのだ。

逆に、物理感性は外部からの入力を、大脳が情報処理できるようになってから発達した新しい感性で、遺伝子レベルでは関与が比較的少ない。レセプターの数が少ないので入力情報は少量だが、その代わり大脳がそれを高度に処理する。受け取った情報から「連想」することで多彩な反応が可能になる。ヒトの場合には紙などの外部記憶装置にも感性情報を記録することで、高度な文化、文明を形作ることができた。

■牛乳+麦茶+砂糖=コーヒー牛乳?プリンに醤油でウニ?

この本では古い起源を持つ化学感性がメインテーマである。後半では嗅覚と味覚の研究が紹介される。

牛乳のおいしさを調査した実験結果は面白い。何種類もの牛乳を飲み比べてもらい質問を行うと、甘いだとかコクがあるなどの純粋な味ではなく、新鮮度が高いと感じる牛乳をおいしいと答える被験者が多かったという。人間の体は、牛乳については、新鮮=安全さを求めているのだ。

味覚についてはバーチャルな味覚を作り出せるという研究も面白い。たとえば「牛乳+
麦茶+砂糖」はコーヒー牛乳そっくりの味になるそうだ。プリンに醤油をかけるとウニの味になるそうだ。実際、味覚センサーで化学的に計測すると、かなり近いグラフが描かれる。

化学物質は数十万種類あるものの、それを受け取るレセプターが感じる味覚の基本要素は塩味、苦味、甘味、酸味など数種類であって、異なる化学物質が、他と類似した味覚パターンを描くことがあるのだという。だから、意外な取り合わせで似たようなバーチャル味を作り出すことができる。味覚センサーを使うと、味覚の楽譜「食譜」を記録することができるので、将来的には、コンピュータネットワークを通じて味を伝送し、リモートで再現する「味ラジオ」も可能になるかもしれないという。

これに対して、嗅覚のバーチャル化は、いくつか既に製品が市場に出ているようだが、実際には難しいのだという。嗅覚には味覚の甘味、苦味のような基本要素がないため、その組み合わせで何かの匂いを再現することができないのだという。4つの化学物質でリンゴの匂いは作れても、その組み合わせで他の匂いを組み立てることができないのだそうだ。匂いは個別性が高く、基本要素が数千種類あるということでもあるのだろう。

■区別できない味、異性を惹きつける匂い

味と匂いについて興味深い知識が満載の本である。

米のうまさを調査した結果、米のおいしさは食感や見た目など味以外の要素が強く影響している。味は3割くらいしかおいしさと関係がない。水道水のうまさとは結局のところ、臭いがしないことなのだという。「昆布(グルタミン酸ナトリウム)とかつおぶし(イノシン酸ナトリウム)の味を区別することができますか?」の答えは化学センサー的にはNOであるという。これは異なる化学物質が同じ味を表現しているからである。味を区別できるという食通たちは、純粋に味でこれらを区別しているわけではなく、香りや食感などの体験全体で区別していることになる。

匂いの好き嫌い(嗜好性)は後天的なものであるという話もあった。赤ちゃんはバラの香りの部屋、スカトール(糞便の臭い)のする部屋、どちらでも楽しく遊べるそうだ。だが、9歳〜12歳くらいで、後天的にスカトールは汚物で遠ざけるべき臭いだと学習してから、避けるようになるらしい。ハエは逆にスカトールを好んで集まる。

匂いは男女関係にもやはり影響しているという。女性は自分の父親に似た匂いのする遺伝子を持つ男性を好むそうである。マウスのオスは血縁関係にないメスの匂いを好むが、姪やおばのマウスの匂いも好むそうだ。遠すぎず、近すぎない関係の異性が好きなのだ。こうした研究を突き詰めると、科学的に媚薬の開発が可能になるかもしれない。

ところで私の場合、幼稚園や小学校低学年の頃の記憶を強く想起すると当時の匂いを感じることがある。これって他の人にもあるのかなあと気になっているのだが、脳が感覚をよみがえらせてしまうのだろう。感覚→想起という普通の流れだけでなく、想起→感覚という逆流ルートも研究してみたら面白そうだ。どこから科学的にとっかかるかが難しそうだけれど。


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Posted by daiya at 2004年11月30日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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