2008年02月29日

+6℃ 地球温暖化最悪のシナリオ

・+6℃ 地球温暖化最悪のシナリオ
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+1℃ 2100年には地上の水の3分の1が失われる。
+2℃ グリーンランドが融けだし、ロンドンの中心部が水に浸かる。
+3℃ 北極の氷は80%失われ、ニューヨークは浸水し、オランダは島に。
+4℃ 永久凍土の融解により二酸化炭素5000億トンが大気中に排出。
+5℃ メキシコが砂漠化。深海のメタンガスが大気中に放出。

第1章が「1℃上昇」、第2章が「2℃上昇」というように各章がそれぞれの温度上昇時の変化を語っている。平均気温がたった1度上がっただけで、新たな由々しき事態が発生する。

「世界の平均気温が5℃上昇すると、まったく別の惑星が登場することになる。われわれが知っている地球とは似ても似つかぬ星だ。氷床は両極から完全に姿を消し、熱帯雨林は焼失。海面が上昇して沿岸の都市をのみ込み、内陸部まで海水が押し寄せる。人類は旱魃と洪水のために、縮小していく居住可能な地域へ集まる。内陸部の気温は今よりも10℃以上も高くなる。」

そして+6℃ではさらに大きな変化が起きる。地球はかつての白亜紀にも同様の急激な気温上昇を経験している。そのとき、海は無酸素になって生物は激減する。海底からメタンガスが空に向かって噴き上がり大爆発を起こす。人類を含む地球の生態系は壊滅するというのが、科学的な予想であるらしい。

気温上昇は現在よりも2℃を超えると不可逆的な変化とになってしまい修復不能になる。それよりも前に温暖化現象を止めないと人類に明るい未来はないのだ。困ったことに明日二酸化炭素の排出をゼロにしても、これまでの排出の効果で1度上昇までは避けられないらしい。つまり、残る猶予はあと1℃であり既に瀬戸際なのである。

政治経済的にはともかく技術的には豊かな国での二酸化炭素排出量の90%削減は不可能ではないそうである。その上で排出権の国際取引市場を設立し、豊かな国が貧しい国の排出量を買い取ることに合意することが極めて重要な温暖化回避策であると著者は述べている。

昨年、シリコンバレーに出かけたら、最近のベンチャーキャピタルはITではなくてクリーンテクノロジー分野のベンチャーに注目していると聞いた。ベンチャー投資による技術革新に期待したいところである(本書は夢のような技術の出現に期待してはいけないという論調だが...)。排出権取引市場に加えて投資家の市場も使って、市場が引き起こした問題を市場で解決するというのは賢いと思うのだが。

・成長の限界 人類の選択
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003701.html

・地球のなおし方
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003752.html

・世界の終焉へのいくつものシナリオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004729.html

・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004210.html

・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004218.html

・感染症は世界史を動かす
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004403.html

・インフルエンザ危機(クライシス)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004247.html

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2008年01月21日

量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる

・量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる
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これまでに使われている暗号技術は、どんなに高度なものであっても、原理的には第三者が解読することができる暗号である。現在、インターネットなどでも使われている暗号技術は、非常に高度なものであるとはいえ、コンピュータを使って天文学的な時間の計算ができるなら、いつか解読できる。人間にとって意味のある時間で解読できないから、安心というだけである。

量子暗号は原理的に解読や盗聴することができない暗号である。電子や光子のような超微細な粒子のレベルでは、なにか観測するということは、対象に対して光子などをぶつけることである。必然的に観測するということは対象の状態に影響を与えてしまうことになる。この不確定性原理を通信に応用するのが量子暗号である。

「量子の状態にある信号は、測定すると必ず痕跡が残る。それを利用して盗聴があったかどうかを検知し、安全に暗号の鍵を配布できていることを確認する。これを繰り返し実行すれば、いくらでも鍵を安全に配布することができる。そうすれば絶対安全であることが唯一証明されているバーナム暗号を実現できる。」

究極の暗号である量子暗号だが安定した通信の実用化には技術上の壁があって時間がかかっている、と聞いていた。この本は今日の段階で量子暗号の実用化の取り組みがどこまで実を結んだか、普及にはどんな問題があるかを詳細に紹介している。

量子暗号とは何かについて、最初に比喩を使ったおおまかな説明があって、その後詳細な解説がある。それにつづいて究極の暗号にかかわった科学者たちの業績ドキュメンタリが読み応えがある。ひとくちに量子暗号といっても細かな仕組みにはいくつかの種類があること、量子コンピュータが普及した場合に量子暗号はどう進化していくか、など量子暗号について過去現在未来を総括する。

ひとつの技術の最前線を知ることができてワクワクした本だ。

・暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004028.html

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2007年12月27日

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

・眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎
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なんじゃこりゃ、おもしろすぎる。年末になってこんな傑作と出会うとは!ノンフィクションだがミステリー小説のような趣もある第一級の医療ドキュメンタリ。

イタリアの高貴な一族が18世紀から現在まで原因不明の奇病に悩まされていた。50歳を過ぎたくらいになると、一族の中の何人かが異常な発汗と瞳孔縮小という症状を発症し、重度の不眠症になって死んでしまうのだ。遺伝性がある病気だったが、医師たちは長い間、ウィルスや遺伝子などの原因を特定することができなかった。

実はこの致死性の不眠症の正体は、ウィルスでも遺伝子でもなく、自己増殖する悪性のタンパク質が正体であった。ある形状を持ったタンパク質は”鋳型”を使って自己を複製して増えていき、やがて宿主の脳細胞を侵食して殺してしまう。殺人タンパク質の発見は「遺伝子が生物の形質を決定する」「生物だけが感染を引き起こす」という生物学の根本を揺るがす大発見であった。

そして、この一族の病は、18世紀に流行した羊の病気「スクレイピー」、20世紀前半に発見されたクロイツフェルト・ヤコブ病、20世紀後半にパプアニューギニアで発見された「クールー」、そして1980年代英国に始まり現代も続くプリオン病(狂牛病)と同じタンパク質の異常が原因であることが判明する。

ノーベル賞受賞の研究者たちの努力によって、プリオン病の発生の経緯が次第に解明されていく本書のスリリングな部分はつい最近の話である。プリオン病の原因は牛の飼料の原料であった「肉骨粉」を食べたこと、つまり牛の共食いが原因であった。パプアニューギニアの一部族にみられた「クールー」病は数十年前の人肉食が原因であった。「まるで生物のように増殖して感染を引き起こす非生物の分子」=殺人タンパク質は、煮たり焼いたりしても容易には壊れず、感染性を維持する。肉食が媒介した可能性が高いのである。

牛肉食が原因のプリオン病(狂牛病)は世界的な大騒動になったが、実は患者数は極めて少ない珍しい病気である。遺伝的に感染しやすい人とそうでない人がいるのだ。そうでない人が多数を占めるから広がらない。本書ではその原因は原始人類が八十万年前に行った人肉食にあったのではないかという仮説が提示される。

プリオン病(狂牛病)といっても吉野家で牛丼が食べられなくなった事件を連想するくらいで普通の日本人にはあまりピンとこないものだろう。だが、この本を読むとプリオン病の潜在的な恐ろしさを科学的に理解できる。現在のところ有効な治療法はない。患者が少数なので特効薬をつくる製薬会社もない。致死性の殺人タンパク質がさらに突然の進化を遂げて感染力を拡大した場合、人類壊滅の脅威にもなりうるのではないかと想像すると、産地がどこであれTボーンステーキは当面やめておこうと思った。

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2007年11月28日

多世界宇宙の探検 ほかの宇宙を探し求めて

・多世界宇宙の探検 ほかの宇宙を探し求めて
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「無からの宇宙創生」理論、「永久インフレーション」モデルの提唱者である物理学者アレックス・ビレンケンが書いた現代宇宙論。一般向けの本だが、ビッグバン、インフレーション理論、超ひも理論、人間原理、宇宙定数、暗黒物質など基礎的な事項は予備知識として知っていて、知識のアップデートを望む読者に特におすすめ。

「インフレーション理論では、内部的な視点から見ると島宇宙は無限に大きいので、それぞれの島宇宙はO領域を無限にたくさん含んでいます。また量子力学により、どんなO領域もそこで展開されるはずだという結論が避けようもなく出てきます。量子力学によれば、保存則によって厳密に禁止されないものはすべて、ゼロでない確率で起こります。そしてゼロでない確率を持っている歴史はすべて、無限個のO領域の中で起こるーあるいはもうすでに起こっているーのです。」(O領域は800億光年の巨大な球状の空間)

この多世界モデルは、条件分岐で世界が増殖していく平行世界モデルとは異なる。多世界モデルでは、あらゆる可能な世界が同じ大宇宙に実在している。観測可能なO領域としての世界同士が、あまりに遠いので互いにアクセスができないだけである。

まったく同じやほとんど同じ世界が二つあることもありえる。故に「永久インフレーションから導かれる世界観では、地球と私たちの文明は決して唯一無二のものではありません。そうではなく、無数の同一の文明が宇宙の無限の広がりの中に散在しているのです。人類の宇宙的な重要性といったものが微塵も認められなくなり、私たち人間の世界の中心からの退場は完了しました。」と、著者はなんだか嬉しそうに唯一性という価値を否定している。

つまり、人間はひとりではないどころか、あなたもひとりじゃないのである。

宇宙の観測データによる仮説の裏づけや量子力学寄りの新理論の登場によって、この10年という短い期間でも、宇宙論の論点や結論は変化していることがわかる。神話が宇宙を定義していた時代は何百年や何千年も不変だった宇宙論が、いまは世代ごとに科学の最前線としてコロコロと変わっているのだ。宇宙論は科学であると同時には哲学でもある。人間とは何なのか、私は誰なのかという存在論に、科学が常に揺さぶりをかけている時代だといえる。

そして宇宙論は科学であり、哲学であると同時に、フィクションの面白さがあるとこの本を読んで改めて思った。科学者たちは、それぞれが妄想したフィクションのリアリティを競い合っているようにも見える。宇宙論では最初は突飛で荒唐無稽と思われたアイデアが、古い仮説を覆してきた。

人間はまだ宇宙のほんの一部しか観測することができないので、宇宙論の仮説を検証し理論化するに当たっては、ローカルな宇宙で得られるデータから統計的に推論していくしかない。宇宙論には観測にもとづいた数値を代入する26もの定数があるため、純粋な理論からの演繹モデルはつくることができない。科学者たちが議論して、ローカル情報とすりあわせ、最もありがちな宇宙の姿として妥当ということに落ち着いた暫定モデルを更新していく。

理論的な矛盾がなく、いくら権威付けが行われても、今後の観測で、宇宙の果てにガムテープで補強の跡が見つかりましたなんてことにでもなれば、すべてのモデルは総崩れになる。ガムテープはないだろうが、ブラックホールやら暗黒物質など、ありそうにないものが実際に発見されてきた。この本のいう多世界モデルの、隣の世界がみつかっちゃいました、なんてこともあるかもしれない。

・ビッグバンの父の真実
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004784.html

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

・はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html

・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html

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2007年08月16日

闘う物理学者 天才たちの華麗なる喧嘩

・闘う物理学者 天才たちの華麗なる喧嘩
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歴史上の偉大な物理学者をめぐるで喧嘩や論争に焦点を当てて、現代物理学の歴史の一面を面白く、わかりやすく描いた一般向けの科学読み物。取りあげられたのは以下の大物物理学者(ではないのもあるが...)。

・ファインマン VS ゲルマン
・ガリレオ VS ローマ法王
・アインシュタイン VS ボーア
・ノーベル賞 VS フランクリンメダル
・ボーム VS アメリカ「帝国」
・ランダウ VS スターリン
・マリー・キュリー VS 差別
・湯川秀樹 VS 朝永振一郎
・ホーキング VS ペンローズ

意外な事実の紹介で読者に関心を持たせていく。

たとえば350年にわたったガリレオとバチカンの戦いの章はあれ?と思った。史料をちゃんと調べるとガリレオは、そういったと言われる有名なセリフ「それでも地球は周っている」などとは言っていないそうなのである。

「ガリレオ裁判は、通常流布されているような「科学と宗教の争い」という次元の話ではなく、老練な政治家(ローマ法王)が自分の保身のために親友であったガリレオを生贄にしたという次元の話なのである。意外と単純な話だったのである。だから本当は、後世に語り継がれるほどの大事件ではないのだ。」

ガリレオは法王とツーカーだったらしく、現実は内輪揉めに近い状況だったという。科学のために戦った孤高のガリレオのイメージが崩されて、政争に敗れたエリート科学者という実態が明かされている。

こうした天才たちの現実の姿を伝えるエピソードを紹介しながら、天動説と地動説、相対性理論と量子論、実在論と実証論など、当時彼らが対立した論点を、わかりやすく解説してくれる。どれも上質なエッセイで科学への興味をかきたててくれる良書だと思う。

それにしても天才科学者たちには極端でこどもっぽい振る舞いが目立つ。天才であるが故に、横暴も奇行も仕方がないとして許されたということなのだろう。また、こどもの純粋さ、飽くなき好奇心、無謀な行動力などがあったからこそ、天才だったのだろうなあとも思える。

周囲が「天才だからしょうがない」と大目に見ること=本人の能力といえるのかもしれない。だとしたら、奇行の量で科学者たちの行動を測れば、次の大天才を発見できるのかもしれないと思ったりした。

・タイムマシン開発競争に挑んだ物理学者たち
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005061.html

・ビッグバンの父の真実
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004784.html

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

・はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html

・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html

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2007年08月02日

タイムマシン開発競争に挑んだ物理学者たち

・タイムマシン開発競争に挑んだ物理学者たち
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タイムマシン開発に取り組んだ科学者たちの歴史を時系列でまとめた読み物。主な登場人物はニコラ・テスラ、アインシュタイン、エディントン、ホーキング、キップ・ソーン、リチャード・ゴットなど。

理論的にタイムマシンが実現可能かどうかは現代の物理学者の間でも意見が分かれている。これまでに考案されたタイムマシンの原理の多くは、とてつもなく大きなエネルギーを使って時空をねじまげることである。ブラックホールやワームホールのような天体を利用するアイデアがいくつも考えられてきた。あるいは光より速い粒子”タキオン”を発見して利用するという考え方もある。

もうタイムマシンは完成しているという話もでてくる。

・ローマ教皇庁が一流科学者の手を借りて過去をのぞくカメラクロノバイザーを完成させていた
・ニコラ・テスラはタイムトラベルを体験していた
・ロシアの科学者が開発した最新タイムマシン装置でネズミを数秒だけ未来へ送ることに成功した

などという怪しいエピソードが実態とともに紹介されている。

現実に実現可能性が高そうなのは、原子以下のレベルでのタイムトラベルである。たとえば量子テレポーテーションは、情報を時間経過なしに別の場所へ送信する技術であるが、もしその情報を元に物質を再構成できるなら、時空を超えて移動したことになる。ごく微小な物質レベルでは、タイムマシン、タイムトラベルが今世紀中に証明されるかもしれない。

タイムマシンという夢の乗り物を作る科学者たち。そのの試行錯誤を通して、先端の難解な研究をやさしくひもといてくれるおもしろい科学読み物。

・タイムマシン
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004825.html

・タイムマシンをつくろう!
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003584.html

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2007年07月03日

生物と無生物のあいだ

・生物と無生物のあいだ
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生命とは何か?

人は生物と無生物を簡単に見分けられるが、何が生命なのかと定義を問われると、明確には答えることが難しい。この世紀の難問に対して、分子生物学者の著者は、生命とは「動的な平衡状態」であり、「かたちの相補性」を原動力にするものだ、と明解で美しい答えを出す。

「肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実感はまったく担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。」
人間の細胞を構成する分子や原子は、年中、総入れ替えが行われている。1週間経つと分子レベルではそっくり別人だといわれる。しかし、原子レベルで入れ替わっても、個は同一の個のままである。生命は「現に存在する秩序がその秩序自身を維持していく能力と秩序ある現象を新たに生み出す能力を持っている」という特徴があるという。

そして、その平衡状態を維持する仕組みとして分子レベルの相補性があると説明している。相補性とは、パズルのピースが偶然その形であったとしても、結果的に隣り合うピースの形を規定してしまう、という関係性を指す。

「生命とは動的平衡にある流れである。生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される。それは生命がその秩序を維持するための唯一の方法であった。しかし、なぜ生命は絶え間なく壊され続けながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。その答えはタンパク質のかたちが体現している相補性にある。生命は、その内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられており、その相補性によって、絶え間のない流れの中で、動的な平衡状態を保ちえているのである。」

動的平衡状態の具体例や、その発見に至るまでのエピソードたっぷりの生物学の歴史が、抜群に面白い読み物である。読ませ方がうまい。たとえば冒頭、お札にまでなった野口英世は、米国ではまったく評価されていないって知ってますか?という話題で始まる。野口英世の間違った研究アプローチが紹介され、それに対して隠れたヒーローが同時期にいたのですよ、という話が次の章で続く。気になる話題が連鎖していくので飽きることがない。

総論レベルで明快でわかりやすく、各論レベルで面白いエピソード満載の、科学読み物として名著だと思う。

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2007年02月06日

人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」

・人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」
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著者は人類700万年を1年のカレンダーにたとえている。二足歩行する猿人の誕生が1月1日とすると、脳の大型化と石器の使用が始まる原人が8月下旬に誕生する。複雑な知性や言語を持つ現生人類が現れるのは12月21日である。これは人類全体の歴史の3%を占めるに過ぎない。

その長い歴史の前半は大雑把にしかわかっていないので様々な仮説がある。二足歩行の起源については、「森林を追い出された類人猿が広大な草原で立ち上がったとき、二本足で歩く人類が誕生した」という説明や、アフリカ大地溝帯の活動でアフリカ東部が乾燥し森が減少し人類は樹上の生活をやめて大地に降りたという「イーストサイド・ストーリー」などがよく知られている。しかし、最近の研究ではどちらも疑いが持たれている説なのだそうだ。

なぜ人類だけが二足歩行を始めたのか。なぜアジアではなくアフリカの人類にだけ二足歩行が始まったのか。多くの仮説が完璧にはこれらの疑問に答えきれない。二足歩行するには、前段階として、それがしやすい骨格が必要である。しかし、二足歩行するために骨格が変化するはずはないので、偶然と必然が重なり合ったというのが真相だと著者は考えている。

「人類への進化は「前適応した祖先が折良く環境変化にでくわした」という偶然の巡り合わせの結果なのだろう。そのときに、直立歩行を促す遺伝子の変異が起きるという偶然も重なったのだろうか」

食糧を両手で運びやすかったからとする食糧供給説、エネルギー効率が良かったからとするエネルギー効率説、日射病回避説、威嚇、視野拡大説、海辺で有利だったからとするアクア説など、二足歩行をめぐる仮説は多数あるが決め手には欠けている。科学記者である著者はそれらを偏り無く紹介している。

証拠が少ない化石と年代測定のアプローチと比べると近年の遺伝子から見た最新の研究は面白い。人類進化はゆっくり進むように思われるが、世界の民族の遺伝子の分布を調べると1000年前頃に特定の遺伝子がアジアの人類の8%に急速に拡大していることがわかった。この遺伝子が有利な適応に働いたという形跡はなかった。ある研究者たちはこの時期にモンゴル帝国が領土を拡大し、土着民族の虐殺と支配者との結婚を繰り返したことに原因があるのではないかと結論した。チンギスハーン仮説というそうだ。一人の英雄の行動が何千年、何万年の人類進化を左右してしまう可能性がでてきた。

この本はジャーナリストが人類学の最新事情を一般人向けにわかりやすくレビューしてくれる。学校の教科書で習ったことがその後だいぶ書き換えられていることがわかる。人類史のアップデートにいい本だ

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2007年01月09日

図説 50年後の日本―たとえば「空中を飛ぶクルマ」が実現!

・図説 50年後の日本―たとえば「空中を飛ぶクルマ」が実現!
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東京大学と野村證券の共同研究として、50年後の未来について考える「未来プロデュースプロジェクト」の研究成果。15人の東京大学の各分野の研究者が、産業・生活・世界の3つのグループで討論した結果をわかりやすくまとめたもの。現在の科学技術の延長ではなく、ブレークスルーが起きることを前提として自由発想で未来を描いている。未来の予想の内容をあいまいにぼかさず、「2055年には「エアーカー」という今までの自動車とは異なる新しい車が生まれ、街中を走りまわります」みたいに言い切る潔さがかっこいい本。科学的根拠だけでなく、こんな形のものがあったらいい、社会にとってこういったものを築きあげる必要がある、という視点が予測の基本姿勢にある。

私が気になって付箋を挟んだ項目をリスト化してみた。

・地震の揺れを吸収する「考える土」
・服を入れるとクリーニングするタンス
・東京ー大阪間を30分でむすぶ超電導磁気式リニアモーターカー
・自家製ゴミ発電
・今日の体調に最適化する家庭用サプリメント製造機
・自分にぴったりのテーラーメイド美容液
・量子コンピュータ
・軌道エレベータで宇宙へ

科学技術の未来といえば宇宙開発が私は最初にイメージするのだけれど、地上3万6千キロの軌道までのエレベータをつくり6時間をかけて宇宙へ移動する軌道エレベータが構想されている。NASA出身の研究者達が設立したLiftport Groupでは一般投資家から投資を集めて、ちょっと気の長いカウントダウンまで始めている。

・Liftport Group Home
http://www.liftport.com/
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軌道エレベータのロードマップ

・LiftPort Group、さらなる宇宙エレベーターの開発テストに成功 (MYCOMジャーナル)
http://journal.mycom.co.jp/news/2006/02/22/364.html

コンピュータの進化では量子コンピュータ、ナノサイズの3次元トランジスタなどが実現されるという。バイオ分野では、イノベーションが人間の生命や健康に大きな変化をもたらす。

仕事柄、普段、パソコンの中でどんな新しいことができるか仮想技術ばかりを考えているのだが、この本に取り上げられた多くは現実世界を大きく変える技術が多い。発想を広げるデータブックとしてとても参考になった。

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2007年01月08日

情報時代の見えないヒーロー[ノーバート・ウィーナー伝]

・情報時代の見えないヒーロー[ノーバート・ウィーナー伝]
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「サイバースペース」「サイバー社会」「サイボーグ」の語源であるサイバネティックスの創始者ノーバート・ウィーナーのよみごたえのある伝記。知能早熟に生まれ14歳でハーバード大学に入学した天才少年は、MITの教授になり、情報理論の大家となる。だが、若い頃から奇行が目立ち孤立しがちであった。それに加えて戦争に研究成果が利用されることに強く反対し政治的な発言を繰り返したため政府の危険人物リストに載っていた時期もあった。後年は高名だが孤独であった。革命的な業績を残したにも関わらず、正当な評価を受けていない「見えない」ヒーローの一人である。

ウィーナーは10歳の頃に「無知の理論」という哲学論文を書いている。人間の知識は相対的で、すべて近似にのみ基づいているもので、不完全であるという内容だった。この相対主義的な考え方は、後年のウィーナーの研究にも影を落としているなと思った。サイバネティックスの中心的な概念である、負のフィードバックによる制御モデルも、系が不完全であるということが重要な前提となっている。ウィーナーは生まれ変わりを信じていたそうだが、これも循環因果論的な考え方を突き詰めるとそういう人生観になるのだろう。信念の人であった。

情報論の基礎を築いた論文としては、ウィーナーの弟子のシャノンの通信理論が有名である。シャノンは通信チャンネルを流れるビットの量が情報量だと定義したが、もともとシャノンはウィーナーの情報論にかなり影響されていたらしい。ウィーナーはシャノンより大きなビジョンを持っていたと認めている。

「シャノンは自分の研究に制限をかけて、理論の自分が進めた部分を、ある特定の純然たる技術的なところに限ったことを、あらためて認めた。ウィーナーによるサイバネティックスの使命と展望の特徴となる、大きな哲学的希求と、社会的関連ぬきの部分だった。「理論はビットをこちらからあちらへ移すことだけに関係する」とシャノンは繰り返した。「それが理論のコミュニケーションの部分で、通信工学者がしようとしていたことだ。意味を付与する対象となる情報はその次で、それは一歩先のことで、それは技術者の関心の対象ではない。そういう話は面白いんだけどね。」」

そのまさに面白い部分がいまWeb2.0の世界では注目されているのだと思う。

「ウィーナーの見方では、情報は、意味があろうとなかろうと、伝えるべきビットの列、つまり信号の連なりにとどまるものではなく、系における組織化の程度の尺度だった。」
ネットという系でもデータ量の増大によってエントロピーは増大している。その一方でタグや関連リンクの付与、ブックマーク数のランキングなど、人間がデータに意味を与えて組織化していく動きがある。データに間違いがあれば訂正や批判や無関心によって、修正が行われている。こうしたWeb2.0的コミュニティのあり方は、サイバネティックスの発想にとても近いものではないかと思う。

ウィーナーはサイバネティックス理論において、アナログで連続的な相互作用に注目していた。目的論を指向した時期もあった。これはデジタルの離散的で相互作用中心の情報論に対して、いま一度、古くて新しい革新をもたらすのではないか、と私は考える。Web時代の再評価として時機をとらえた和訳の出版に拍手。

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2006年11月12日

渋滞学

・渋滞学
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「自己駆動粒子」の研究。

自己駆動粒子とは、自分の意志を持って自発的に動く粒子のことで、道を歩く人間は典型例である。自己駆動粒子の動きは、ニュートン力学の3つの法則(慣性の法則、作用=反作用の法則、運動の法則)で動くニュートン粒子とは異なる。意識を持った人間は、近づいてくる他人をよけようとするし、前が空いていれば早足になる。水や空気の流れはニュートン粒子の流体力学で分析できるが、交通渋滞やインターネットの混雑の場合には、異なる分析アプローチが必要なのだ。

自己駆動粒子系の理論モデルとしてASEP(非対称単純排除過程、エイセップ)が近年注目されているという。ASEPとは、右か左か進む方向が決まっていて(非対称)、一人分の空間には一人の人しか入れない(排除)という、シンプルなルールでモデル化される過程である。ASEPのシミュレーションには、横に並べた箱の列に複数の玉を入れ、ルールに従って順次に動かしていくセルオートマトン法が適用できる。

最初に適当に箱の列に玉を入れておく。単位時間あたりに一回、すべての玉を動かすものとする。進行方向にある前の箱が空なら玉をひとつ動かす。前が埋まっていたら動かせないで一回休み。玉の数が増えるとお互いが邪魔で動けない玉の集団(クラスター)が発生する。これが大規模になると渋滞クラスターになる。遅れは後ろへ伝播する。箱の数に対して玉の数が半分を超えると、渋滞は発生するそうで、

「自由相から渋滞相への相転移の臨界密度は2分の1である」

というそうだ。つまり道の半分以上が埋まっていることが渋滞発生の条件といえる。この基本条件は、前が空なら2回に1回移動するというような移動確率を設定しても、2分の1という数字は不変だそうで、系の普遍的な性質であるらしい。

もちろん現実の交通渋滞にはその他の要素もたくさん影響している。運転手は考えながら車を走らせているので、車間距離を混雑状況に合わせて調整している。渋滞の直前には混んでいるけれども速く走ることができる「メタ安定状態」が見られる。渋滞回避への協調行動の成果である。しかし、その持続時間は通常は短いため、すぐに渋滞に陥る。メタ安定状態を長時間維持できる仕組みが発明されれば、素晴らしい渋滞ソリューションになりそうである。

追い越し車線がある場合には、混み始めると車線変更をする車が増えるが、追い越し車線のほうが遅いという逆転現象が起きる。だんだんと混んできた状況では走行車線を走る方がよいらしい。信号が青になって動き出す時間は1台あたり1.5秒で、前に10台いたら自分が動けるのは15秒後であるなどの実用的で面白い数字も明かされている。渋滞の大きな原因である「サグ部」の謎などは初めて知った。

人気店舗の待ち行列や、インターネットのパケット交換の渋滞など、車以外の渋滞の分析例も後半で多数扱われている。セルオートマトン法で分析する渋滞学はコンピュータ計算と相性がよいため、ITエンジニアが問題解決に貢献できそうな分野である。これからは、渋滞や長蛇の列に巻き込まれたら、この問題をじっくり考えてみよう、と思った。

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2006年11月06日

ビッグバンの父の真実

・ビッグバンの父の真実
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キリスト教の司祭でビッグバンの父と呼ばれる物理学者のジョルジュ・ルメートルの伝記である。理論の核となるアイデアを提唱したにも関わらず、ビッグバン理論の歴史書におけるルメートルの扱いは不当に小さい。定常宇宙論の提唱者でビッグバンという名前をつけたフレッド・ホイルや、ルメートルの「原初的原始」という着想を発展させた破天荒な科学者ジョージ・ガモフの方が有名かもしれない。

ルメートルの仕事は近年の物理学、天文学の進展によって、画期的なものであったと再評価が進んでいる。サイモン・シンのビッグバン宇宙論でも肯定的な記述が多かった。ルメートルはアインシュタインと親交を結びよく議論した人物だ。

・ビッグバン宇宙論 (上)(下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004613.html

アインシュタインは相対性理論で宇宙の成り立ちを数学的に説明するときに、当初は宇宙定数Λ(ラムダ)を導入した。この定数を式に組み込まないと宇宙の構造が安定しないマジックナンバーであった。しかし、その値は当時は観測に基づくものではなく、式を成立させるための道具的で、恣意的な要素であったため、アインシュタインは後年、Λの導入は大きなミスであったと自説を否定した。

一方、ルメートルはアインシュタインが翻意したあとも、それは恣意的な要素ではなく、まだ観測されていないだけの本質的な要素であると考えて強く支持していた。近年、宇宙観測の技術が進歩し、宇宙背景放射が確認されるに至って、はじめてその考えの正しさが証明されつつある。

ルメートルの名前が科学史に埋もれがちな理由のひとつが、彼が科学者であると同時に宗教家であったからだといわれる。高エネルギーから宇宙が生まれたとするビッグバンは神の創造を連想させる。ルメートルの言うことは、非科学的なのではないかと疑われてしまうのだ。

しかし、ルメートル自身はそのキャリアの最初から、科学と宗教を厳密に切り分けてきた。宗教との関係についてこう発言している。


 聖書の執筆者は皆、人間の救済という問題について何らかの答えを得ていました。それがどの程度の水準だったかは人によって違ったでしょうが。それ以外の問題については、彼らの同時代人たちと同じ程度に賢明、あるいは無知だったのです。ですから、聖書のなかに、歴史的・科学的事実に関する誤りがあるとしても、それは何の意味もないものです。その誤りが、それについて書いた人が直接観察したのではない事柄についてのものである場合は、特にそうです。
 不死や救済の教義に関して彼らが正しいのだから、ほかのすべての事柄についても正しいに違いないと考えることは、聖書がいったいどうしてわたしたちに与えられたのかということを正しく理解していない人が陥る誤解です。

だから、時の教皇ピウス12世が、ローマ教皇庁科学アカデミー議長もつとめたルメートルらの発見は神の創造を科学的に証明したものだと発言した際には、頭を抱えてしまった。後に、それとこれとは関係ないのですと教皇に進言しさえもした。

・ジョルジュ・ルメートル - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB

そしてルメートルはコンピュータを使いこなす「ハッカー」の草分けであったとも言われる。晩年はビッグバン宇宙論の前線からは退いて、当時まだ珍しいコンピュータによる数値計算の分野で業績を上げた。謙虚な性格であったためか、コンピュータの歴史でもあまり登場しないのは残念だ。

この本では、ルメートルの視点から見た、もうひとつのビッグバン宇宙論の歴史が語られている。ビッグバン宇宙論とは科学の言葉で書かれた現代の神話であると思う。科学と宗教の中間にいながら、自己矛盾することなく、その神話の創造に参加した稀有なバランス感覚の天才だったようである。

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

・はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html

・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html

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2006年10月25日

人間はどこまで耐えられるのか

・人間はどこまで耐えられるのか
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人間はどのくらい高く登れるのか、深く潜れるのか、速く走れるのか、どのくらいの暑さ、寒さに耐えられるのか、宇宙では生きていけるのか。オックスフォード大学の生理学部教授が書いた、生命の極限状況を見極める研究レポート。

冒険者やアスリートの挑戦、遭難者の体験、科学者の人体実験から集めた極限の数字が紹介される。

暑さ 50度
寒さ マイナス数十度、風速による
高さ 8000メートル(偶然にも最高峰と同じレベル)

くらいが普通の限界だそうだが、それを超えて生き延びる人たちのサバイバルのノウハウは、いざというときのために覚えおくと良さそうである。一般的な限界と超人的な肉体の持ち主の限界はかなり違うのだということもわかる。

どのくらい速く走れるか、では、陸上競技の選手の例が分析される。

オリンピックを見ていて思うのは記録はどこまで更新されるのかという素朴な疑問。毎年のように何らかの競技の世界新が更新されているが、無限に更新されるわけもないはずだ。Wikipediaには、この100年の100メートル走の記録の推移がグラフ化されている。100年で1秒も速くなっているが、更新間隔は狭まって頭打ちになっていくようにも見える。
・World record progression 100 metres men - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/World_Record_progression_100_m_men
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「World record progression for the men's 100 m」

誰でも練習で運動能力は向上するが能力の限界は遺伝子によって決まっているらしい。遺伝子を改造すると8秒台ランナーも出てくるのかもしれない。

どれくらい深く潜れるのかの章を読んでいて、映画「ザ・ダイバー」を思い出した。ロバート・デニーロも出演する感動の人間ドラマ。主人公は20世紀前半の米国海軍の潜水士。黒人として初めてダイバーの資格を得ようと努力する。当時、潜水は極めて危険な職業であった。

・ザ・ダイバー〈特別編〉
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水圧や酸素不足との戦いはこの本でも解説されている。水圧調整が効かない昔の潜水服では「最悪の場合、空気を送り込むホースと潜水服のあいだにある逆流防止のバルブが水圧で壊れ、「ダイバーの血液と肉がホースをつたって吸い上げられ、潜水服には骨の一部と肉の破片しか残らない」」。

この他、著者は、宇宙探査における人間の生理や、無酸素、強酸性に生きる生命の研究など、人間と生き物の可能性を徹底的に分析している。

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2006年09月12日

世界でもっとも美しい10の科学実験

・世界でもっとも美しい10の科学実験
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科学史において重要な役割を担った実験のうち、「美しさ」を基準に10個を取り上げて解説する。

・エラトステネスの地球の外周の長さを求める実験
・ガリレオがピサの斜塔で落下の法則を確認した実験
・ガリレオが慣性の法則を確認した実験
・ニュートンがプリズムで確認した光の分散の実験
・キャヴェンディッシュの万有引力定数を求める実験
・ヤングの光の干渉に関する実験
・フーコーの振り子による地球自転を確認する実験
・ミリカンが電気素量を求めた油滴実験
・ラザフォードが原子核を発見したα線の散乱実験
・ファインマンの量子力学に関する2重スリットの思考実験。

著者は雑誌「フィジックス・ワールド」で読者に、一番美しいと思う実験を挙げてくれるように頼んだ。300以上の実験が読者から推薦され、その中でも最も数が多かった10件が上のリストである。

著者は美しい実験が持つ要素を次のように定義した。

・深いこと
 結果が基本的であること
・効率的であること
 各部が経済的に組み合わされていること
・決定的であること
 結果として生じるのは実験にではなく、世界や理論へ、の疑いであること


美しい実験は、自然について深い事柄を明らかにし、しかも世界に関するわれわれの知識を塗り替えるようなかたちでそれを成し遂げる。

19世紀の物理学者マイケル・ファラデーはロウソクは美しいと言った。


ファラデーにとってロウソクが美しいのは、その機能がいくつもの普遍法則の上に、エレガントかつ効率的に成り立っているからだった。炎の熱はロウを溶かすが、その一方で上昇気流を生み出し、縁のほうのロウを冷ます。その結果として、融けたロウを溜めておくカップ状のものができる。そのカップの中で、ロウの表面は水平に保たれる。なぜなら、そこには「地球をひとまとまりにしているのと同じ重力」が働いているからだ。融けたロウは毛管現象によって、芯の根元のところにあるカップから上部の炎のところまで引き上げられる。一方、炎の熱のためにロウの中で化学反応が起こり、炎が燃え続ける。ロウソクの美しさは、ロウソクが依って立つ科学法則の入り組んだ働きと、法則同士を結び合わせる効率の高さにこそある、とファラデーは言うのである。

影の長さを測る、重いものと軽いものを同時に落として同時に落ちることを確認する、長いロープの先に錘をつけて垂らす。そんな簡単な実験をするだけで、地球の大きさや、物体の運動法則、地球の自転といった根源的なことがわかってしまう。

数式の美しさはよく言われることだが、一方、失敗や誤差も生じる実験は、美しくないものとされてきたと思う。著者はこうした風潮に対して、優れた実験は本当は美しいのだと、歴史上の傑作を例示して、説明して見せた。

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2006年09月11日

世界の終焉へのいくつものシナリオ

・世界の終焉へのいくつものシナリオ
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核戦争、巨大隕石の衝突、インフルエンザ・パンデミック、気候の大変動、環境破壊、ナノテクノロジーの暴走など世界の終焉を科学する本。

「地球最後の日」を29通りのシナリオで描いている。

それぞれのシナリオで、
・いったい何が起きるか?
・それは過去に発生したことがあるか?
・それは現実に起こりうるか?
を分析する。

そして、発生する可能性、起きた場合のダメージ、危険度を10段階で評価している。29のシナリオは、科学技術の叛乱、戦火の火種、生態系の断末魔、気候の大変動、不測の天変地異の5つの章に分類されている。

この本の「世界の終焉」とは現代文明や、人類という種が回復不能なダメージを受けて、滅亡してしまう全滅状態を指す。新型インフルエンザの大流行や核戦争が起きる可能性はそれなりに高いし、数千万人や数億人の犠牲が発生するかもしれないのだが、全滅とまではいかないようだ。

これに対して、小惑星の衝突や、粒子加速器の実験の暴走によるブラックホールの生成などは全滅の可能性が高いが、発生する確率が極めて低い。また起きてしまった場合の対策手段もほとんどないに等しい。あまり心配しても意味がなさそうである。

世界の終焉シナリオには、自然が引き起こすものと、人間が引き起こすものがあるが、前者で危険性が高いのは「超火山の爆発」であった。地球の歴史上、最後の超火山の噴火は7万3500年前に起きており、3000〜6000立方キロメートルの噴出物が大気圏に吹き上げられ、太陽光の99%を6年間に渡って遮断した。この時期の人類はほとんどが死亡して、わずか数千人が生き延びることができたらしい。有名な場所としては、米国イエローストーン国立公園の火山が超火山にあたり、65万年周期で爆発している。そしてちょうど我々の生きている時代が前回から数えて65万年後にあたるという。

人為的な終焉として危険性が高いのは、環境汚染と生態系の破壊による、いくつかのシナリオである。実際、人類の歴史上、多数の文明がこうした原因で滅亡してきた。「大量消費と資本主義的な生活様式」が地球規模の持続可能性を破壊する最大の脅威であり、それに対しては、できることがあるはずだと著者は結論している。

世界の終わりを現実的に、科学的に考えるユニークな内容。

・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004210.html

・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004218.html

・感染症は世界史を動かす
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004403.html

・インフルエンザ危機(クライシス)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004247.html

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2006年08月24日

物理学の未来

・物理学の未来
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ノーベル物理学賞受賞者ロバート・B・ラフリンが語る物理学の未来。

16章のエッセイを通じて、科学における還元主義の終焉と、創発主義の時代の到来を予言している。

「私は時代という考え方が好きではないが、しかし現在、科学が還元主義の時代から創発の時代へと変わりつつあり、物事の究極の原因探しが部分の振る舞いから集団的な振る舞いへと移行しつつあるという、好ましい状態になるかもしれないとは考えている。」

創発の代表例として物質の相転移が挙げられている。相転移がいつ起きるかを、その物質を構成する原子ひとつを見て、演繹的に言い当てることは不可能だ。相転移は集団的な現象であって、原子ひとつでは起きないからだ。多は異なり。たくさんの原子が集まって、何らかの条件で系が組織化されているとき、相転移は起きる。マクロなレベルでは条件は安定しているから、水が沸騰する条件は容易に言い当てあることができる。

「「ミクロな法則は真であり、おそらく相の原因となりうる。したがって、演繹的に証明はできないものの、ミクロな法則が相の原因であると確信できる」。この主張は信頼でき、私は正しいと考えているが、「原因」という言葉に普通とは違う意味をもたせるという、奇妙なニュアンスを帯びている」

伝統的な科学は物質の究極的な基本構成要素を探してきた。顕微鏡の精度があがるたびに、分子や原子、電子や陽子や中性子、クォーク、そして超ひもなどの、より小さな単位を発見した。しかし、量子レベルの振る舞いは、マクロのレベルとはまったく異なる法則に支配されていることも知った。

それでもなお多くの科学者は、法則をたくさん発見して束ねていけば、万物の振る舞いを説明することができると信じている。この決定論的還元主義に固執する態度に対して、著者は強烈に異を唱えている。

なぜそうなるのかを第一原理から演繹することができないのが、創発現象である。創発主義では、単純な存在が集まることで新たな自然法則を生み出していると考える。そこでは法則が組織化を作り出すのではなく、組織化が法則を作り出している。

著者はノーベル賞受賞者のパーティで「今でもアインシュタインは正しいのか」という質問に対してこう答えている。

「アインシュタインの考えは確かに正しく、その証拠は日々目にできるが、この質問が本当に意味しているのは、相対論が正しいかどうかというよりも、数々の基本的な事柄は重要なのかどうか、そしてそれらはまだ発見されていないのかどうか、ということだろう。」

そして、究極の微細な構造を操作するナノテクノロジーや、測定精度があがれば科学が終焉すると言う考え方に対して、徹底的に批判を浴びせている。そこを探せば無数の未知の現象やミクロの法則が見つかるだろうが、それらを再構成しても私たちが知りたい世界の説明は見つからないだろうと予言している。

この本は全編が皮肉とユーモアにあふれている。優秀な若者がシリコンバレーのベンチャーに身を投じることや、科学的な創造性を捨てて実利の技術や、政治的に注目されている課題に注力する若手を冷笑する。現代物理学の権威の大放言大会であるが、科学の未来への情熱がギンギンに感じられて、圧倒される。

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2006年08月22日

人類が知っていることすべての短い歴史

・人類が知っていることすべての短い歴史
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面白い教科書がないと考えたベストセラー作家ビル・ブライソンは3年間をかけて、多数の科学者に取材し、世界の成り立ちすべてを、わかりやすく説明してみせた。677ページもあるので持ち歩いて電車で読むには重い。寝床で寝転がりながら、少しずつ、大切に読み進めた。読む価値のある科学史の名著。

ビッグバンによる宇宙の始まりから、地球が誕生し、生命が生まれ、進化し、人類が誕生するまでの百数十億年の歴史が30章で語られている。各章には最新の科学でわかっている事柄と、それを解明した科学者のドラマが詰まっている。

一般読者向けのわかりやすい要約が素晴らしい。たとえば、アインシュタインの特殊相対性理論の方程式 E=mc2についてはこんな風に説明している。


学校で習ったのを思い出す人もいるだろうが、方程式のEはエネルギー、mは質量、c2は光速度の二乗を表わす。ごく簡単に説明すれば、この方程式は、質量とエネルギーが同等であることを意味している。それらふたつは、異なる形態を取った同じものと言える。エネルギーは解放された物質で、物質は解放を待つエネルギーなのだ。C2は桁外れに大きな値だから、つまりこの方程式は、あらゆる物質に大量の───とてつもなく大量の───エネルギーが閉じ込められていることを示す。

どのくらい大量かの具体的な説明が続く。比喩でビジュアライズするのがうまい。

科学の授業らしく、本論を脱線して興味深い逸話をたくさんとりあげる。


今までに科学調査を目的に行われた現地調査のなかで、参加者同士が最も不仲だったものを選べといわれたら、1735年にフランス王立科学アカデミーが派遣したペルー調査隊を挙げておけば、まず間違いはない。水文学者のピエール・ブーゲと軍人で数学者のシャルル・マリー・ド・コンダミンに率いられてペルーに赴いた一隊だ。目的はアンデスを山越えしての三角測量。

地球の大きさを測るには、フランスで測っても同じなのに、そのほうが冒険的だからというだけの理由で、アンデスへ赴き、無為に10年を過ごした探検隊の話だった。科学者なのに合理的に振舞わない人たちのこうした悲喜劇は意外な発見につながったりもしていることを教えてくれる。

「知っていることすべて」を集めても、人類はまだ宇宙がどのようにして始まったのか、生命がどうして誕生したのかなどの大問題について、ほとんど答えることが出来ない。科学は最新の仮説を提供しているだけで、ある意味、神話と同じかもしれないと感じた。


事実、非常に基本的なレベルでさえ、わからないことがあまりにも多い。とりわけ不思議なのは、宇宙が何でできているのかという点だ。宇宙全体を維持するために必要な物質の量を科学者たちが計算すると、いつもはなはだしい不足が生じる。少なくとも宇宙の90パーセント、おそらく99パーセント近くが、フリッツ・ツヴィスキーの唱えた”暗黒物質”でできているらしい。

この本を読むと、最新の仮説集である近代科学の全体像が一望できる。分厚い本だが、科学の数百年分の要約であるから「短い」のだ。大変な満足感を味わえる一冊。おすすめ。

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

・ビッグバン宇宙論 (上)(下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004613.html

・はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html

・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html

・プリンストン高等研究所物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003621.html

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2006年07月24日

生命 最初の30億年―地球に刻まれた進化の足跡

・生命 最初の30億年―地球に刻まれた進化の足跡
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5億年前のカンブリア紀の進化の大爆発以後を取り上げた生命史の本は数多いが、この本は生命発生からカンブリア紀までの30億年間を取り上げている。哺乳類も恐竜もまだ誕生していない。酸素も十分にない古代の地球の海で、生命が初めて発生した瞬間を追うのが前半の主なテーマ。

著者は古生物学の大物。数十億年前の地層に、微生物の痕跡を見つけては研究している。
無生物から生物がいかに生まれたか。つまり、自然界のエネルギーで単純な分子が結合を繰り返し、複雑な化合物をつくり、ついには自己複製が可能になるシステムを生み出すにはどのような条件が必要であったか、を著者は岩石を顕微鏡で観察することで探るのである。


ここでわれわれは物理的なプロセスで形成できるほど単純でありながら、命ある細胞への進化の土台となる程度には複雑な分子群について考える必要がある。そのような分子には、みずからを複製でき、またいずれは複製の効率を上げる触媒化合物の合成を命じられるだけの情報や構造が備わっていただろう。さらにこの分子は、成長に必要な分子を周囲の環境から取り込むのではなくみずから合成し、化学エネルギーや太陽エネルギーを細胞の活動の燃料にくべ、生命誕生の物理的なプロセスから脱却して進化をたどれるようにした。」

著者はDNAとたんぱく質の間で情報を仲介するRNAが重要な役割を果たした分子なのではないかと考えている。RNAは、現在はDNAの情報転写のメッセンジャーとして脇役的に理解されているが、単体でも情報を蓄え、自己複製することがわかっている。RNAが生命起源なのだとすれば、それを生み出した原始地球の環境はどのようなものであったのか。最新の地質学の知識を使って、生命誕生の瞬間(といっても数百万年、数千万年の期間らしい)が描かれる。

過去の地球に大規模な氷河期と大量絶滅があったとする「スノーボールアース」説や、隕石や火星探査による生命起源の宇宙由来説など、最新の仮説も検討される。最初の30億年は最近の5億年よりも謎に満ちている。無生物から生物が生まれるという過程を科学者の言葉で説明する良書。

・眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004466.html

・へんないきもの
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002635.html

・生物多様性という名の革命
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004501.html

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2006年07月13日

数学と論理をめぐる不思議な冒険

・数学と論理をめぐる不思議な冒険
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論理、無限、確率という数学的思考をめぐるエッセイ集。語られる内容は硬いが、各章が著者の体験の回想だったり、歴史上の数学者の物語風になっていたりと、読み物として読みやすくする工夫がされている。

第一部では「論理的に証明されて正しいことがわかる」という数学の常識について検討している。論理的に証明することと、正しいとわかることは別物である。論理的な証明がなくても正しいと感じることはできる。逆に、想像しがたくても論理的にはありえる体系をつくることができる。では論理的に納得する、正しいと信じるとはどういうことか、をテーマに著者の体験談や古今の哲学者、数学者の思考が、物語的に次々に語られる。ある論理体系は、別の論理体系より、より正しいというのではなくて、世界を理解するために、より便利だから選択されているという考え方もできる。

こんな風に数学についての概念を、ときに哲学的に著者は考察を重ねていく。ユークリッドからゲーデルまで、古今東西の天才数学者や科学者たちの物語もたっぷり織り込まれている。

個人的には医師アンドルー・ワイルの「四つ葉のクローバー探しの名人女性」の話が面白いと思った。アンドルー自身は四つ葉のクローバーをいくら探しても見つけられない。だがこの女性は常に見つける。「この人はクローバーがあるところには、必ず四つ葉のがあってそれが見つかるのを待っていると信じている。見つかるのには、そのことが鍵だということを悟った。そう信じると見つかる可能性が出てくる。そう信じていなければ可能性はない。」。

証明が真かどうかを証明する前から、それが真だと信じていることが、証明を成功させる可能性につながっている。疑うことが大切というだけではなくて、むしろ信じるということが科学者の創造性の源にある。

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2006年07月05日

ビッグバン宇宙論 (上)(下)

・ビッグバン宇宙論 (上)
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・ビッグバン宇宙論 (下)
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世界最高のサイエンスライター、サイモン・シンの邦訳最新刊。

・フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004192.html

・暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004028.html

上記2冊に次ぐ3冊目である。訳者も同じ青木 薫。前2作はウルトラ級の傑作であり、科学の本なのに目頭が熱くなる体験をした。知識と感動の科学本を生み出すコンビであるから、期待は高まる。予約して発売日に入手した。

世界の神話や聖書の宇宙創造物語から始まって、天動説と地動説、コペルニクスとガリレオ、ニュートンとアインシュタイン、ビッグバン宇宙と静的な宇宙、ビッグバン宇宙と定常宇宙など、ビッグバン宇宙論が科学の世界で確立されるまでの長い歴史を丁寧に追っていく。人間ドラマと学説のわかりやすいサマリーがあるので、難解なテーマも易しく読める。

ビッグバンをめぐる最大の議論は、

「宇宙は過去のある時点で創造されたのか、それとも、永遠の過去から存在していたのか?」

ということであった。始まりがあったということを証明するためには20世紀をまるごと必要とした。宇宙の始まりを証明するという途方もない仕事が、いかにして為されたかを知るためには、アインシュタインの相対性理論その他の理解が必要になる。上巻は20世紀の物理学を振り返り、ビッグバン大論争の理解の準備にあてられている。

この本が扱うのはCMB背景放射の発見(1960年代)と、放射の微小なゆらぎの発見(1992)によって、ビッグバン・モデルが大枠として正しいと確定されるところで終わっている。それ以降の最新理論は出てこない。また科学史や宇宙論が好きな人にとっては、既知の事柄が多いため、フェルマーや暗号のときのようなドキドキは少ない。

あとがきでも訳者が、この本を評して、「エース投手」による「直球ど真ん中」で「王道」の切り口の本と書いている。難解な事柄が絶妙に要約され、わかりやすく頭に入ってきて整理される感覚は相変わらず。宇宙論の入門として傑作であると思う。

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

・はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html

・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html

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2006年06月07日

科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか

・科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか
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授業では、本論よりも、余談として語られる偉人のエピソードの方が、強く印象に残ることがある。この本は各章が、偉大な科学者の名言と逸話で始められている。アインシュタイン、ニュートン、チョムスキー、朝永振一郎、寺田寅彦、ラモン・イ・ハカール、ダーウィン、キュリー夫人。

この本は、科学とは何か、研究とは何か、そして科学者とはどのような仕事か、を第一線の研究者である著者が、研究者を志す人たちに向けて講義する内容。科学者としての創造性に焦点があてられている。

研究発表の心構えについて触れた章が、個人的に参考になった。

ビジネスセミナーや授業で何かを話すとき、何を話すかは大抵、あらかじめ決まっている。問題はどう話すかなのだけれど、前提として、どこから話すか、の問題があるよな、と思っていた。あまりに基礎的なレベルから話すと、専門家の聴衆は退屈だろうし、逆に専門外の聴衆はついていけなくなってしまう。話すものはどのような態度でのぞめばいいのか。

この本では発表のコツとして、1に正しく、2に分かりやすく、3に他人本位で話せ、とある。3つ目に関連して、M・デルブリュックによる良い研究発表の条件が紹介されていた。

1 聴衆は完全に無知であると思え
2 聴衆は高度な知性をもつと考えよ

そして、その改良版の「堀田の教え」も大切という。

1 聴衆は完全に無知であると思え
2 聴衆の知性は千差万別であると思え
3 聴衆がおのおの自身より一段上のレベルまで理解できるようにせよ

3について解説を引用。


よく考えてみると、聴衆の中に知性の低い人がいるかもしれないなどと心配する前に、話をする自分より賢く知性の高い人がいることが予想されるのである。その人も講演に触発されて、話をする人よりもさらに高いレベルに達するようにすべきなのである。それでこそ話をする意味があるのである。あとでその人からのフィードバックを受けることによって講演をした自分も新しい理解に到達できれば、真のコミュニケーションが成立したことになるのである。

基本からわかりやすくは当然として、自分よりも上の人にも、新しい発想の材料を提供できるようにせよ、とのこと。なるほどねと深く納得。


ところで研究者向けの”人生ゲーム”を人工知能学会が開発したそうだ。ゲームをしながら研究者の人生をシミュレーションできる。資金やポストの獲得競争のような要素があるらしい。今度、誰かとやってみよう。

・News | 国立情報学研究所
http://www.nii.ac.jp/news_jp/2006/04/it_1.shtml
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「IT研究者のためのゲーム型キャリアデザイン学習教材の紹介」報道発表・プレスリリース資料

・Happy Academic Life 2006ゲーム大会
http://academiclife.jp/

私たち6人は研究者のキャリアを体験できる,Happy Academic Life 2006というボードゲーム型の教材を約一年間にわたる週末集会の場において開発しました.

研究者がアカデミックな世界で生き抜くには,その世界に応じたキャリアデザイン能力が必要です.私たちは,若手研究者がそういった能力を学ぶことを支援するために,(社)人工知能学会の20周年記念事業「AI若手研究者のためのキャリアデザイン能力育成事業:幸福な研究人生に至る道」において,この教材を企画・制作しました.

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2006年05月17日

生物多様性という名の革命

・生物多様性という名の革命
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生物多様性(biodiversity)という概念についての研究。

生物多様性ということばには、科学的価値、政治的価値、社会的価値、精神的価値、美的価値など、あらゆる意味が内包されている。科学者は生命多様性の中に無限の潜在価値を見出している。環境運動家はこのことばを使って絶滅危惧種を守れといきまく。経済におけるエコロジー運動のお題目としても使われる。科学のことばであるにも関わらず、生物多様性ということばの裏側には、特定のベクトルを持った規範の観念や価値観が感じられる。

生物多様性ということばの指す意味は曖昧である。23人の著名生物学者へのインタビュー内容がこの本には抜粋収録されているが、多くの学者が生物多様性と自然ということばの違いを説明できなかった。自然はわかちがたく結びつき、相互作用しているので、ある種が他の種よりも重要だという判断はできない。パンダやトラも重要だが、そこらへんにいる名も知れぬ昆虫や、ありふれた小動物も、生態系に固有の役割を果たしている。

政治的に取り決められた絶滅危惧種リストの内容は恣意的なもので、人間が親近感を持ちやすい動物が選ばれやすい。本来は絶滅に瀕していようが繁殖していようが、生態系において固有の価値を持つという点ではすべての種が同列にある。よって、生物多様性が大切ならば、あらゆる自然を救わなければならないということにもなる。

全体論的な価値のある生態系に優先順位をつけることはできない。だから「生物学的な多様性の維持とは、”あらゆることの維持”の別の言い方と考えられる」という定義も引用されている。生物多様性は、強すぎるドグマの側面を持つ。

著者が本書で試みたのは、絶対視されがちな生物多様性の概念を、徹底的に相対化することであった。多数の有名生物学者にインタビューを行い、価値中立であるはずのこの概念が、いかに非科学的な価値観に装飾されてしまっているかを暴き出す。人間は生来的に自然や生命を好むバイオフィリアという習性も一因とされている。

確かに生物多様性の重要性はあらゆる文脈で肯定されている。極めてポリティカリーコレクトな概念である。「持続可能な発展」と同じように、これはキャッチフレーズでもあるのだ。だから科学者が使うには危険なことばであると警告している。同時にこれほどまでに多様な観点から、価値が認められる概念は少ない。たんなるキャッチフレーズではなく、生物多様性は私たちにとって本質的に重要なものなのだということを著者は同時に伝えたいようだ。

ところで現代社会では生物ということばをとっぱらって、多様性ということばだけでも社会的に肯定される価値を持っている。たとえば「多様な意見」があることはいいことだとされる。外資系の会社では男女比や人種比をDiversityといい、多様であることが制度的に求められる。おそらく封建主義的、全体主義的な時代には多様な状態はここまで無前提に肯定されなかったのではないか。近代の生物多様性という科学的概念の発見が、現在の社会的な多様性のドグマを生み出した一因になっている気がした。

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2006年05月01日

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

・眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
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生物進化史上、5億4300万年前のカンブリア紀は一大イベントであった。それまではゆっくりと進化していた生物が、この時期に、爆発的に多様になった。カンブリア紀の大進化と呼ばれる大きな謎に対して、「眼の誕生」がその原因であったという仮説が展開されている。

生物進化において、嗅覚・味覚、聴覚、触覚など他の感覚器官は直線的に緩やかに進化してきた。これに対して視覚はカンブリアの大爆発で一気の進化を遂げているという事実がある。

眼の誕生と爆発的進化の関係を、メディアの進化にたとえて説明している。


日々の政治ニュースは、テレビ、ラジオ、新聞から受け取れる。これら三つの異なる形式のニュース制作者は、仕事の処理方法がまるで異なる。歴史的に見ると、まず最初に新聞が登場した。新聞記者がニュースになりそうな現場をまわり、取材したことを紙に印刷して家庭に送り届けた。電報や電話が導入されたことで、新聞記者の仕事は楽になった。というより、新技術の出現によって仕事に若干の変更が生じた。環境の変化に呼応して新聞記者が「進化」したともいえる。

ラジオの登場によって記者のノウハウはさらに変化し...

<中略>

そこに重要な変化が訪れた。テレビの発明である。

視覚の誕生により、捕食者の活動が活発になった。最初の眼は三葉虫に備わったとされる。新聞とラジオだけだった情報戦にテレビがいきなり加わったのである。視覚による探索を行う捕食者は圧倒的に強かった。それを逃れるために被捕食者も視覚や形態、体色などを生き残りのために急速に進化させていった。

やがて、異性をひきつけるためにも視覚は利用された。性淘汰の圧力としても視覚は重要な役割を果たしはじめる。光がすべてにスイッチを入れたのである。

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先日、小田原城の公園で撮影した、羽を広げたクジャクの写真。実物を間近でみると迫力がある。視覚の役割の大きさがよくわかる。この本のカラーページには、古代の生物の体色を復元した挿絵が多数ある。虹色に輝く不思議な生物たちの姿に驚かされる。

カンブリア紀に「光スイッチ」が入った理由としては、太陽の活動の活発化と大気成分の変化などが挙げられている。地球が明るくなったのだ。この時期に、惑星レベルのゆるやかな変化が、大気中の化学成分の変化などの臨界点を超える出来事を引き起こしたらしい。環境における光量が増え、より複雑な眼を持つ生物が発達したと著者は説明している。

カンブリア紀の大爆発の原因を、地球環境の変化ではなく、眼の誕生という生物側の事情に求めて、説得力ある仮説を展開している。進化論を考える上でとても面白い一冊。

・へんないきもの
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002635.html

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2006年03月30日

知識と推論

・知識と推論
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知識情報処理、人工知能研究の素晴らしい入門書。

この本の扱う「知識」とは「人によって認識され、明示的に記述された判断の体系」のこと。人によって確認された「事実」、日常的に使う「ルール」、「法則」、「常識」、「ノウハウ」、「辞書」などをさしている。そして「推論」とは「既存の知識を組み合わせて新しい知識を作ること」と定義される。

こうした知識には次の5種類のカテゴリがある。

1 宣言的知識と手続的知識

2 理論的知識と経験的知識

3 浅い知識と深い知識

4 ドメインの知識とタスクの知識

5 オブジェクト知識とメタ知識

一方、推論には3つのカテゴリがある。

1 演繹と帰納と発想推論

2 完全な知識に基づく推論と不完全な知識に基づく推論

3 オブジェクトレベルの推論とメタレベルの推論

こうした定義で、知識を扱う推論システムを構築するために、必要な概念や操作の仕組みが総合的に解説されている。薄い本だが無駄がない。”考えるコンピュータ”をどう作るか、基本知識が集約されている。知識表現、論理式による情報処理、代表的な人工知能のモデル、状態空間による問題解決法など、目次は以下の通り。

第1章 はじめに
第2章 問題の表現と探索
第3章 論理による推論
第4章 基本的な知識表現と推論
第5章 ルールを導く推論
第6章 仮説に関する推論
第7章 あいまいな知識に基づく推論
第8章 類推と事例ベース推論
第9章 時間に関する推論
第10章 法律における推論

知識表現やオントロジーについては、言語やフレームワークの紹介が少しあるが、実装レベルの話はあまりない。説明のほとんどは論理式で記述される。飽くまで実装の前に、基本をおさえるための良書。知識、推論だけに特化している貴重な本である。

Web2.0の次に、Web3.0があるとすれば、それは情報のレイヤーのひとつ上、知識のレイヤーを扱うものであると思う。メタデータが情報に意味を与え、Webサービスがサーバ間での情報の統合や変換を実現する。その後には「考えるコンピュータネットワーク」の時代、知識情報処理の時代が到来すると思っている。

Google、Yahooを超えるものを作るヒントがこの本に隠されているような気がした。

・メタデータ技術とセマンティックウェブ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004304.html

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2006年03月22日

量子が変える情報の宇宙

・量子が変える情報の宇宙
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大変面白かった。

原題は

Information The New Language of Science

科学の新しい言語 情報とは何か?

古典理論から最新の量子力学まで情報論の歴史と最前線が語られる。

■物質世界と情報

「ブラックホール」の名付け親である偉大な理論物理学者、ジョン・アーチボルト・ウィーラーは、科学の根源的な疑問「ビッグクエスチョン」を5つ設定した。

・いかにして存在したか
・なぜ量子か
・参加型の宇宙か
・何が意味を与えたか
・ITはBITからなるか(ITはInfoTechではなくて”それ”、実在の意)

中でも最後のクエスチョンは「真のビッグクエスチョン」とされ、ウィーラーはその意味を「”IT”すなわち物質世界は、その全体あるいは一部分が、”BIT”、すなわち情報から作られている」と語っている。

20世紀までの物理学では長い間、物質の最小構成単位やエネルギーとは何かが主な問題であった。物質の正体を暴くべく、分子や原子、電子といった極小の構成単位が次々に発見されていった。その正体はエネルギーとして記述された。アインシュタインの方程式 E=MC^2も、Eはエネルギーである。物質の皮をどこまで剥いていっても、古典力学系では構成単位に「情報」は見当たらなかった。

ところが量子力学の登場により、ミクロの世界の振る舞いは情報論的に記述しないと理解できないことが共通認識となった。量子レベルの存在は、確率論的に振舞う。たとえば原子の核の周りを回る電子の位置は、確率的にしか特定できない。観測技術の問題ではなく、それは本質的に確率的な存在であるからである。こうして量子力学という場で、確率という情報(BIT)が、実在(IT)とはじめて接点を持ったのである。

■情報とは何か、定量化をめぐる議論

では、情報とは何か。

情報の定義として古典的なものに、シャノンが通信理論の中で定義した情報量の概念が挙げられる。通信経路を流れるビットの量が情報量であるとする定義である。この定義に従えば、短い文章より長い文章の方が情報量がある。テキストより映像の方が情報量があることになる。シャノンの情報量は通信経路上のビットを数えるため「ビットの数え上げ」とも呼ばれる。

このやり方では、情報の質が測れない。たとえば株式取引をする人間においては、次に確実に高くなる株式の銘柄コード4文字がわかれば、それ以外の情報はいっぱいあっても無駄である。通信経路を流れるビット量では測れない情報の質が問題になる。

シャノンの情報量に代わる新しい情報の定義として、ベイズ確率、信憑性、論理深度、<外>情報など多数の情報量が提案された。イアン・コーリはシャノンの論文「通信の数学理論」に対抗して「情報の数学理論」という論文を発表し、シャノンの方法論は情報定量化の無数の手法の中の一つに過ぎないこと、そしてあらゆる情報定量化の方法が従うべき基本原理を提唱した。

・コーリの情報逓減の法則
「情報を直接送受信するケースと比べた場合、中継者、すなわち二番目の通信経路は、情報をそのままの量で送り届けるか、あるいは情報量を減らしてしまう(逓減)かのどちらかである」

というもので、中継経路は情報を増やさないというものであった。中継経路でノイズが加わり、正確に伝達できなくなる、伝言ゲームと似ている。何らかの解釈や価値判断をする中継者がいた場合には、一見、情報量が増えたかのように思えるが、その種の情報は、受けての予備知識、主観に依存する情報であって、計量の対象としないのである。

こうした情報の定義、定量化の議論の歴史の解説がこの本の最も面白いメインパートとなっている。「量子が変える情報の宇宙」という邦題の通り、量子力学の成果が情報論の世界に大きな影響を与えている。長く君臨した情報の最小単位ビットさえも新たな概念に置き換えられるかもしれないのだ。

■電子ビットから量子ビット(キュビット)へ

ザイリンガーによる量子力学の基本原理 第1法則

「1つの基本系は1ビットの情報を伝える」

世界に関して受け渡しできる情報の最小量は1ビットである。私たちは1ビットに満たない情報を想像することはできない。だから私たちが理解可能な最も単純な物理的存在(基本系)は1ビットで記述できる、という論理にこの原理は基づいている。

この原理はウィーラーのビッグクエスチョンのひとつ「なぜ量子か」に次のような答えを与える。「我々は、世界が本当はどのように構成しているのかを知らないし、それを問うべきでもないが、世界に関する知識が情報であることは知っている。そして、情報が本来ビットへと量子化されているがために、世界もまた量子化されているように見えるのである」。

そして第2法則

一部の測定結果はランダムになる

量子レベルの振る舞いは確率的であり、量子世界特有の「絡み合い」も生じている。観測結果がランダムとなりことがあるし、ある系の状態を観測した途端、絡み合った別の、離れた系の状態が確定されるという不思議な現象が起きてしまう。

ビットの取りうる値は「0または1」「真または偽」「イエスまたはノー」というORのどちらかであった。量子レベルでは系が観測され状態が確定されるまでは「0でかつ1」「真でかつ偽」「イエスでかつノー」という重ね合わせ状態を取る。こうしたANDの値を表わすために量子ビット(キュビット)という概念が提唱されている。

後半では量子コンピュータの最新事情(2002年にXY=15を3*5と分解できるようになった程度)と可能性が語られる。まだ実用化までは20年以上かかりそうに思えたが、科学の進歩は予想以上に速いことがある。電子ビットが量子ビットで置き換えられる日は結構近いのかもしれない。

量子力学は正確さと明快さの相補性の理論だと言う冗談があるが、量子世界の振る舞いはマクロ世界とあまりに違うので、感覚的にとらえにくい。量子コンピュータの普及する頃には、私たちはキュビットという概念を直感的に受け入れられるようになっているのだろうか。

・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html

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2006年03月21日

はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く

・はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く
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高名な物理学の権威が書いた超ひも理論の入門書。

超ひも理論とは「ものの最小にして究極の構成単位はひも状の物質である」と考える最先端の物理理論。この超ひもは、かつては最小単位とされた原子やクォークよりも小さく、それ以上は何者にも分割できない最小の物質であるとされる。

超ひもには両端の開いた、うなぎのような形のひもと、閉じた輪ゴムのような形のひもの2種類があって、どちらも常に振動して動いており、静止することはない。これがクォークやレプトンという粒子の正体である。この超ひもにエネルギーを与えると振動モードが変化する。この振動の違いにより超ひもは異なる粒子のように見えるように振舞う。

超ひもは10次元に存在する。10次元のうち6次元は極小の大きさに”折りたたまれ”て、4次元が残る。この4次元こそ、3次元+時間の私たちの宇宙である。超ひもの大きさは、1メートルの1兆分の1の1兆分の1の10億分の1という気の遠くなる小ささである。超ひものある極小世界では、私たちの住む世界の物理法則は成立しない。時間の概念も異なり、虚数の時間があったりもする。

超ひもの研究は宇宙の成り立ちの根源についての研究である。この理論が完成すれば、世界を構成する4つの力(電磁力、重力、強い力、弱い力)の関係を統一的に説明する万物理論となる。宇宙のはじまり(ビッグバン)や終わり(ビッグクランチ)について明らかにする物理学の最終理論といえる。

著者はさらに巻末で最新の新サイクリック宇宙仮説を展開する。この仮説によると、宇宙は過去に約50回ほどビッグバンとビッグクランチを繰り返し、いま私たちがいる宇宙は50回目の宇宙だという理論である。現在の宇宙観測の成果によると、宇宙がビッグバンではじまり、現在に至るまでに発生するはずのエントロピー量をはるかに上回る量のエントロピーがあることがわかっている。もし過去にビッグバンとビッグクランチが30〜50回程度繰り返されたのであれば、そのたびに大量のエントロピーが蓄積されるので、つじつまが合うということらしい。

この仮説が本当であれば、私たちは50回目の宇宙に生きているのである。

以上、ざっと私の理解を要約してみた。

超ひも理論は、万物の根源は何か、という哲学的な問いに真正面から科学が答える究極の理論であり、魅力的だ。ぜひとも理解したいと思うが、数学や物理の知識が相当量必要なので、その詳細まで理解できる人は僅かだろう。一般向けの本だが難易度は高めで、概略説明はともかくとして数式部分は1割もわからなかった。しかし、究極の理論がどのようなイメージのもので、どれくらい複雑で、いまどのくらい究明されているのか、はわかった気がして楽しめた。サイエンスライターが一般向けに要約しているのではなくて、科学者ができるだけかみくだいて直接書いていますという雰囲気がいい。


・万物理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002774.html

・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

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2006年03月09日

ハイゼンベルクの顕微鏡 不確定性原理は超えられるか

・ハイゼンベルクの顕微鏡 不確定性原理は超えられるか
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物体を観察するには光や放射線を対象にあてて反射させたり透過させる必要がある。このとき、電子のような量子レベルのミクロ世界では、光の粒子がぶつかる作用で観測対象が動いてしまう。何かをぶつけることが観察なのだから、ぶつける前の観測対象の電子の位置と運動量を正確に知ることはできないことになる。これがよく知られるハイゼンベルクの不確定性原理の基本「量子力学的な物体の位置と速度を同時に知ることはできない」である。

不確定性原理にはもうひとつの説明がある。そのような観察行為による反作用がなくとも、量子レベルの観測対象の位置と運動量は本質的にゆらいでおり、その値を誤差なく知ることが原理的に不可能である、というもの。量子の世界でなくても、私たちは√2のような長さは、どんな精密な物差しでも、正確に測ることはできない。くわえて量子レベルでは粒子は確率論的に存在する。連続するなめらかな線を描いて移動していない。次の瞬間の粒子の位置は確率的にしか知ることができないのである。

量子力学は、その原理を前提として発展し、科学技術を発達させてきた。古典力学系におけるニュートンの万有引力やアインシュタインの相対性理論に匹敵する原理であった。だが、その基盤を日本人の研究者、小澤正直東北大学教授が今、疑っている。ハイゼンベルクは上の二つの説明を、同じものの異なる側面であるかのようにひとつの式で証明しているが、もし二つが違うことを言っているのだとしたら、どうか。ハイゼンベルクの大前提が壊れるかわりに、新しい「小澤の不等式」に拡張され、量子力学は新しい時代へ進む可能性がある。

これは20世紀の量子力学の歴史の要約と、その歴史に新たな1ページを加えるかもしれない「小澤の不等式」の学説を紹介する一般向けの本である。不確定性原理は量子力学だけでなく、20世紀の思想・哲学にも大きな影響を与えてきた。人間の知性と自然科学の限界を表わす象徴的な存在でもあった。もしその根本原理が塗り替えられることがあるならば、影響は科学だけにとどまらないかもしれない。そんな根源的な仮説を日本人が打ち出して注目されているとは知らなかった。

後半で解説される小澤の不等式の詳細を理解することは数学の素養がないと難しい。私は、そこに登場する数式レベルでは半分も理解できていない気がする。だが、概略レベルではなにが違うのか、直観できたと思う。小澤の理論は、ハイゼンベルクが使った「観測行為」や「正確さ(誤差)」ということの意味を精緻化し、再定義しているようだ。その結果、ハイゼンベルクの不等式は不完全であり、もっと複雑な式でなければ、量子の振る舞いを説明できないはずだと結論する。そして出てきたのが小澤の不等が式である。

本書の前半は、ハイゼンベルク、アインシュタイン、ボーア、シュレディンガーなど20世紀の量子力学の発展に貢献した知の巨人たちの論争の物語がゆっくり語られている。もしこの仮説が将来認められれば日本人がこの偉大な量子力学史に名前を残すことになる。先取りして読んでおけるの魅力の一冊。

・プリンストン高等研究所物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003621.html

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

・量子コンピュータとは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002710.html

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