2005年01月13日

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・福祉工学の挑戦―身体機能を支援する科学とビジネス
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著者は福祉工学研究35年、現在、東京大学先端研の教授。

福祉工学とは、「失われたり衰えたりした感覚や手足、脳の機能を、機械で補助・代行する工学分野」で、近年、社会の高齢化によって、障害を持つ人たち以外にも、ニーズが広がることが予想されている。

英語ではAssistive Technology(支援工学)と呼ばれる。人間の改造を中心とする医療工学とは区別され、人間の非改造を基本として、人間の周辺を改造するという立場をとる。具体的には人工聴覚や人工視覚、看護の支援ロボットなどの開発が含まれる。著者の研究室にそうした技術の具体例が多数示されている。

・伊福部・井野研究室 ホームページ
http://www.human.rcast.u-tokyo.ac.jp/index.html
  ・触覚を利用した聴覚補助装置(タクタイルエイド,タクタイルボコーダ)
   http://www.human.rcast.u-tokyo.ac.jp/topics/01tactile.html
  ・人工喉頭
   http://www.human.rcast.u-tokyo.ac.jp/topics/02yourtone.html
  ・人工内耳
   http://www.human.rcast.u-tokyo.ac.jp/topics/04interear.html
  ・音声-字幕変換システム
   http://www.human.rcast.u-tokyo.ac.jp/topics/03onsei-jimaku.html

■福祉工学とビジネス 地域の特殊性、対象への愛着がカギ?

福祉工学とビジネスの関係もこの本のテーマのひとつとなっている。

身体の障害は人それぞれであるため、応用製品は多品種少量生産にならざるを得ない。だから、大企業よりベンチャー企業や町工場が得意とする分野であるかのように思える。しかし、実際にはベンチャーが製品化に成功してしばらくすると、大企業が参入してきて市場を独占してしまうことも多いらしい。著者の関係したコンピュータ操作支援ソフトでの苦い体験も綴られている。

この本で福祉工学のビジネス化についての目の覚めるような解決策というのが提示されるわけではないのだが、いくつか考えるヒントになる提言があった。

ひとつは地域性の特色を活かせということ。北海道大学に長く滞在していた経験からの言葉だが、北海道の場合「寒さ」「積雪」「広域性」の3つが地域の特色である。温度差による人体影響の研究や、積雪時にも使える車椅子、点字タイルの開発などは北海道でなければ長期間研究ができなかったはずだと言い、中央でないからこそ、生まれる研究成果を大切にせよとアドバイスしている。

もうひとつ面白かったのは日本のロボット工学がなぜ世界の先端を進めているのかの分析。日本人はロボットを鉄腕アトムのような人間の味方として愛着を持つ人が多く、それが研究が盛んな理由なのではないかとする考察。

・森山和道の「ヒトと機械の境界面」バックナンバー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/backno/kyokai.htm
ロボットとヒトの関係について詳しいサイエンスライターの森山氏のサイト

■五感で感じ取れるようなものが発見につながる

地域の切実な需要だとか、愛着を持っている対象というのは、”本物”のニーズであり、競争力のある研究になる可能性が高いということかなと思った。このほか、五感を大切にするといいという指摘もあった。

著者の長い研究史を眺めると、意外なところに発見があるものだと感心する。九官鳥、インコ、コウモリ、腹話術の研究が、人工声帯の開発に役立ってしまったりする。きっかけは予算で九官鳥を消耗品として購入して研究室で飼う、コウモリを洞窟へ捕獲しに出掛ける、腹話術の大会で講演するなど、机上にとどまらない行動だった。見事に研究の突破口につながっていく。


手に取れるような等身大のもので、五感で感じ取れるようなものからの発想が意外と役立つ場合がある

というのは福祉工学に限らず研究の極意のように思えた。

■生体機能から生活機能の支援へ。移動、コミュニケーション、情報獲得

著者は、障害者支援を「特殊な境遇の人のための特殊な領域」と見るのではなく、高齢者・病人・幼児などの身体的弱者を支援する社会システムの一つとして考えようとする、世界保健機関(WHO)の提言を支持している。そして、生体機能の障害を補助するという観点から、活動や参加といった、生活機能の充足を実現するための技術開発という方向性が必要だと唱える。

著者の在籍する東大先端研では生活するうえで最も必要な支援技術として、

・移動
・コミュニケーション
・情報獲得

の3つを重点課題として設定しているという。行く、話す、知るということが、活動や参加の原点で、生活の質を引き上げる主要素だということだろう。

引き上げる、支援するだけでは終わらないかもしれないとも思った。障害者があるが故にその他の感覚が研ぎ澄まされて、いわゆる健常者にはない能力を得るケースもあるようだ。全盲の人の中にはモノの気配を感じ取って衝突を避ける能力がある人がいるらしい。この本で紹介された研究によると環境音の反射からモノの位置を割り出すことができるという。耳が聞こえない人の中には読話術といって口の動きから会話を推定する能力を持つ人もいる。マスクをしていても高確率で分かるとも言われる。

こうした技術を突き詰めていくと、まるで超能力のような、まったく新しい能力の開発やロボット開発にも福祉工学は寄与するかもしれないと感じた。

■Windowsのユーザ補助機能

福祉工学と言えるかどうかは知らないが、Windowsにもコントロールパネルを開くと「ユーザ補助」の機能設定パネルがある。ここには普段見慣れない設定が多数用意されている。

例えば視覚が不自由なユーザのために、画面コントラストを大きくする機能。このチェックボックスをオンにすると、

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このように、

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大きなフォントで白黒のユーザインタフェースに変化する。他にもマウスをテンキ操作できるようにしたり、サウンド再生時に画面を点滅させる機能などがある。場合によっては障害がないユーザでも使えそうな機能だなあと思った。

身体が不自由な人にも、そうでない人にも便利な支援アプリケーションは市場が大きそうだ。音声認識、画像認識、読み上げ、その他、チャンスはどこらへんにあるだろうか。


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Posted by daiya at 2005年01月13日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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