2004年09月07日

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潰れる大学、潰れない大学
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2002年の出版なので最新の状況はないが、現在の大学改革の動きを整理するのに役立つ本。考えたことを、メモ的に書いて書評。


18歳人口は1992年度の250万人をピークに減少をたどり、2001年度は約150万人。2009年度には志願者数と入学者数がともに約70万人となり、数字上は全員が入学できる「全入時代」がくるとされる

■新規の大学設立

先月、神戸に行った際に、神戸電子専門学校の教員の方と一晩語ることができた。神戸電子は地元密着の専門学校なのだそうだが、来年度に「オープンソースの大学を作るんですよ」と言われてびっくりする。ApacheやSendmailなどのオープンソース技術の運用と研究に特化した大学なのだそうだ。

・オープンソースの大学 神戸情報大学院大学
http://www.kobedenshi.ac.jp/kic/

規制緩和に伴う、新しい大学というとデジタルハリウッドの株式会社立の大学院と来年度開講予定の4年生大学や、法律学校のLECの大学院などが話題になっている。これに続いて、このオープンソース大学や、大前健一のビジネスブレークスルー大学の開校が申請されているようだ。

新司法試験・法科大学院・試験の合格を目指す:LEC法科大学院サイト
http://www.lec-jp.com/houka/index.shtml

基本は少子化と定員割れによる大学の統廃合が進む中で、こうした新しいタイプの大学が新設されようとしている。

■国立大学の独立行政法人化、TLOと特任教授制度

2004年、国立大学は独立行政法人化された。従来の上から降りてくる予算だけでは大学が経営できなくなった。国立大の代表格、東大の改革というと、CASTIと特任教授制が有名である。

・株式会社東京大学TLO [CASTI]
http://www.casti.co.jp/

CASTIは東京大学の研究を一般企業に移転する、いわゆる産学連携推進のためのTLO機関。大学の研究を特許化し、一般企業へ実用化の提案を行うこと中心に産学連携を推進する。特許をベースにベンチャー企業を設立する。

・米国における産学連携の変遷について
http://www3.jetro.go.jp/ma/tigergate/info/techinfo/pdf/456/456_2.pdf
・「平成15年度大学発ベンチャーに関する基礎調査」結果について−報道発表−経済産業省
http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0005172/

・東京大学 先端研 特任教授制度
Our Project and Tokunin Member (in Japanese)
http://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/projects/tokunin_member.html

民間からも就任者の多い特任教授の任期は4年間。将来の待遇は保証されない。研究費は自力で獲得。成功すれば多額の報酬を得られる。

■私大の改革、東の慶応のIT、西の立命館の国際化

私大の世界では、ITに特化した慶応大学藤沢キャンパス(SFC)の取り組みは有名である。これに対して、関西では立命館大学が大分県別府に開校したアジア太平洋大学(APU)が注目されている。この本では二つの取り組みについての当事者への取材が詳しい。

・デジタルキャンパスに見る近未来のコミュニケーション - CNET Japan
http://japan.cnet.com/column/tm/
慶応大学SFCの日常を学生が特派員的に伝える。

立命館は国際化をキーワードにした。全世界の人口比に近くなるように、世界の各国から留学生をスカウトしている。キャンパスは小さな地球になる。

・立命館アジア太平洋大学(APU)
http://www1.apu.ac.jp/apu_jp/home.nsf

・国・地域別学生数(2004年5月1日付)
http://www1.apu.ac.jp/apu_jp/home.nsf
最新の学生の国・地域別出身統計。

■○○卒の価値を高める、皆が認める学歴主義

このテーマはそれほど詳しくないのだが、直感的に、大学改革はこれからが面白そうだと思った。時代錯誤の矛盾が多いからだ。

そもそも従来の近代の大学と産業界の関係には無理があったのだと思う。「大学で専門教育を受けてその知識を将来の仕事で活かす。」がタテマエだと思うが、学生時代はバリバリ研究して論文を書くのが良いという、研究者の道を歩かせながら、いざ就職すると、一部の研究職を除いて、学校での知識が役立たなくなってしまう。卒業後の世界では「アカデミック」は必ずしも良い意味で使われない言葉になってしまう。

この際、一般教養は高校までで終わりにして、大学の学部からは将来のキャリア別に

・ビジネスマン育成の大学
・技術者育成の大学
・一流研究者の育成の大学

など、学部から、専門特化してしまうのが良いと思う。大きな方向性としては現在の大学改革もこの方向性のようだ。

大学単位、学部単位で強いカラーが生まれるのは良いことのような気がしている。これまでは○○大学出身といっても、それで何ができるのか、よく分からなかった。「学歴不問」は良いことだけれども、それじゃあ大学の存在価値と4年間の時間は何なの?という気がする。

奨学金や社会人入試の拡大で、誰でも入れるけれど、よほど勉強して実力をつけなければ出られない大学。知識を持っているっていうのはすごいことなんだなと思わせる人材を輩出する大学。そんな大学ばかりであれば、良い意味での学歴主義があってもいいと考える。

関連:

「大学のイメージ」に関する調査【東京私立大学編/関西私立大学編】
http://www.mdb-net.com/w_report/report08.htmlあの大学のイメージは?

・大学における教育内容等の改革状況について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/03/04032301.htm


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Posted by daiya at 2004年09月07日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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Comments

 疑問が二つ。
1.高校までの教育で、教養は身に付いているのだろうか。

2.資格試験合格なら4年間でどうにかなるかもしれないが、変化の激しいビジネスや技術をどうやって時代に即して教えられるのだろうか。教えられないとしたら、大学での教育なんか止めて、高校から企業に就職して企業内大学で教えてもらった方が良いのかもしれない。

Posted by: doubleloop at 2004年09月08日 12:23

doubleloop さん
>高校までの教育で、教養は身に付いているのだろうか。

そうですね。
もう「教養」はいらない、でのは?
ただし、「共有すべき知識」の伝授は必要。
「教養」と「共有すべき知識」はだぶりつつ、
違う内容があると、思ってます。
その中に「金融リテラシー」もはいる、と考えています。

daiya さん

平均値での「全入」は2009年かもしれないけれど、
ばらつき、からいくと、すでに数年前から、大半の数の大学は
「全入」がもう始まっています。

その結果、「教科書」の概念が変わりつつあります。
端的に、従来の「教科書」は使えない。従来の「教授法」が
使えない。

大学によっては、予備校の先生を使って数学や物理の高校の
単元の復習をやっています。

今週末、ストがあるかどうかわかりませんが、国内市場だけを
相手にせざるを得ない産業は、供給過剰問題を避けられらない、
ということではないでしょうか。
野球も、大学も、その意味では一緒です。」。

構造改革問題(質の変化)と供給過剰問題(量の変化)を
同時にこなさなければならない、困難さ、要は日本経済の
縮図が大学だと、いうことになりそうです。

Posted by: sansara at 2004年09月08日 13:03

doubleloopさん、sansaraさん、こんにちは。

このテーマは私もよく分かっていないのでほとんどリンク集みたいな書評を書いてしまいました。個人的体験から云いたい不満は結構あるのですが、何が未来の日本にとっていいのかはぜんぜん分かっていません。続けて考えてみようと思っているテーマのひとつです。

「教養」は世界の広さと深さを知っておくための能力かなあと考えます。歴史や文化、科学など、直接的に自分の生活や仕事と関係がないことでも、知っていると深みがでる。自分と直接関係がないが故に、その学習は得てして退屈だけれど、得るものがある。それは笑えることかなと。

教養のない人を笑うのではなく、分かる人同士が分かってニヤリと笑う。このニヤリにどれほど価値があるか分かりませんが、先日書評した「気前の良い人類」の余剰能力と同じようなことなのかもしれないですね。モテる、と。で、モテるのは重要なことなんだ、と。

このニヤリの価値が分かるのは相当、後のことなので、学生にはとりあえず暗記でもいいから、詰め込んでおけ、も必要悪。そのうち分かるだろうみたいなことでやってきたのかなあと思うのです。

だけど、専門知、実用知全盛で、いまひとつ大人になっても、ニヤリと笑うチャンスがなくなってしまった。逆に下手に話せば「スノッブ」の一言で片付けられてしまうようになった。教養の危機が今なんじゃないかなあと思います。

教養の教育。どうしたらいいのか分からないのですが、世界の広さと空の高さを知ることで、いかに自分がまだ知らないかを分かる。そういう重要な面もありそうに思うので、どこかで教育機会を作っておくのが良いのだろうなあと思う次第です。

Posted by: daiya at 2004年09月09日 03:58

>分かる人同士が分かってニヤリと笑う
これ、まったくそうで、ニヤリのベクトル、ニヤリのジャンルが無限にあるのが良いところですね。
ま、「6:4」で教育では得られないニヤリが多いような気がします(もっとかも)。
だから、4の部分は、ま、標準プロトコル(実装が調子悪い場合は多々あります)のようなもんで、6の部分でニヤリとできる人に会うのが楽しみなんですね。

Posted by: バンドル星人 at 2004年09月09日 08:28

daiya さん はじめまして。というか、すでにコメントしますね。

教養とは、世界の広さと深さを知ることですか。いいですねぇ。その通りかもしれません。

目の前にある人工物が、いったい先人達のどれくらいの努力や創造性によって支えられているかを知ることは必要ですね。

Posted by: doubleloop at 2004年09月09日 20:44

いやあ、こういう会話が交わされる事自身、
「教養」が日本になお、残っている、
また「教養」に、ある可能性が存在することの証左だ
と思います。

「教養」の再定義は必要ですが。

Posted by: sansara at 2004年09月11日 17:31

I was getting pretty edgy reading this. If I say I窶冦 disagreeing with your post I would say nothing. Reading this is meaningless waste of time.

Posted by: Marcus Walker at 2008年04月09日 20:06
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