2007年07月23日

赤朽葉家の伝説このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加


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・赤朽葉家の伝説
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これは傑作。素晴らしい。桜庭一樹という作家をベタ褒めしたい。

「“辺境の人”に置き忘れられた幼子。この子は村の若夫婦に引き取られ、長じて製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれ輿入れし、赤朽葉家の“千里眼奥様”と呼ばれることになる。これが、わたしの祖母である赤朽葉万葉だ。―千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもないわたし。高度経済成長、バブル景気を経て平成の世に至る現代史を背景に、鳥取の旧家に生きる三代の女たち、そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の姿を、比類ない筆致で鮮やかに描き上げた渾身の雄編。」

1953年から現在まで、それぞれの時代を生きた3人の女性の物語が、3部構成の回想形式で語られる。各世代の生きざまは、日本の時代状況を色濃く映し出す。

第一部 1953年〜1975年 赤朽葉万葉
第二部 1979年〜1998年 赤朽葉毛毬
第三部 2000年〜未来  赤朽葉瞳子

昔の話ほど強烈で面白い。

思い出話や昔話は時間の経過とともに、淘汰され、デフォルメされて、伝説や神話になるからだ。だから、この作品では、未来を透視する力を持つ祖母が主役の、第一部「最後の神話の時代」が最も印象的である。

現代に近づくにつれて次第に平凡な物語になっていくのだが、その物語性の時間に対する遠近感が、この作品の最大の魅力だと思う。時代のパースペクティブが開けていくにつれて、過去の意味が大きくなっていく。第二部のタイトルは「巨と虚の時代」とつけられているが、いつの時代も祖先の時代は、生きる意味に溢れた激動の時代だったようにに見えるものなのではないだろうか。

一方で、平凡に思える「わたし」の今の人生もきっと、やがて時の流れの中で、伝説や神話の一部になっていくのだ、とそんな風にも思えてくる。なにしろ、この小説の設定はよく考えればたった50年前なのである。まだ存命の、私の祖母の時代なのである。

ところでこの作品は、どういうわけか日本推理作家協会賞受賞を受賞しているが、推理小説でもミステリ小説でもないと思う。時代の流れと人間の生きざまを壮大に描いているので、大河小説と呼ぶのがふさわしいと思う。娯楽性と文学性の両方を満足させる傑作。おすすめ。

第60回日本推理作家協会賞受賞。第137回直木賞候補作。


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Posted by daiya at 2007年07月23日 23:59 このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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