2005年02月20日

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記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方
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ブルーバックスは入門書が多いけれど、たまに大当たりが含まれているのであなどれない。これがまさにそう。オビで糸井重里が絶賛しているのはお世辞ではなかった。脳の仕組みの先端研究をわかりやすく説明しながら、記憶力強化にどう役立てるかを語る本。おすすめ。

■記憶の種類

専門的な定義では、記憶とは、

「神経回路のダイナミクスをアルゴリズムとして、シナプスの重みの空間に、外界の時空間情報を写し取ることによって内部表現が獲得されることである」

そうだが、著者はこれを一般向けに分かりやすく説明する。

おおまかに記憶には短期記憶と長期記憶がある。

短期記憶は30秒から数分で忘れてしまう揮発性の記憶でコンピュータのメモリに相当する。これに対して長期記憶はハードディスクで、保存されるファイルの種類にはエピソード記憶、意味記憶、プライミング記憶、手続き記憶の4種類がある。

これら5つの記憶は次の順で階層構造を形成している。意味記憶から下は顕在記憶であり、無意識に記憶するもの。

・エピソード記憶(顕在記憶)  個人の思い出
・短期記憶(顕在記憶)     一時的な記憶、7個くらいを同時に保持
・意味記憶(潜在記憶)     知識
・プライミング記憶(潜在記憶) サブリミナル効果
・手続き記憶(潜在記憶)    体で覚えるものごとの手順

このうち私たちの生活で重要視されるエピソード記憶と意味記憶を扱う脳の部位が、海馬であり、だいたい覚えてから一ヶ月程度は海馬の中に知識はとどまっているという。海馬の細胞は特殊で、訓練次第で後天的に細胞が増殖するらしい。タクシー運転手を長く続けていると空間把握に使う細胞が増えることなどが確認されている。

著者は海馬の専門家である。この不思議な海馬の中でどのような記憶メカニズムが動作しているかを解説する。

■脳内のプロセス

脳の神経細胞同士の情報伝達にはシナプスが使われる。シナプスのはたらきには「ヘブの法則」があることが分かっている。シナプスは十分に強い刺激があったときにだけ回路が形成され、長期的に維持されるという、シナプスの可塑性の原理である。

シナプスの情報伝達には次の3つの決まりがあり、

・協力性
 十分に強い刺激があったときだけ信号が受容され回路が形成される
 →覚えたいと強く思ったものだけを覚える

・入力特異性
 特定の強い刺激にだけ反応する
 →関係のないものは覚えない

・適合性
 同時に関連する信号が連合した場合、強力な回路が形成される
 →ものごとを関連づけると覚えやすくなる

という性質がある。ここに脳内の電気化学レベルの信号伝達と、日常的な記憶のメカニズムに対応関係が見出される。

人間は強い印象を持った事象や、覚えたいと集中したときによく記憶できる。特にものごとを他と関連づけて覚えようとするとき、記憶力は高まる。物語として覚えたり、語呂合わせで覚えることがなぜ効果的かが分かる。

■ミクロ(脳科学)とマクロ(記憶力)の統合、年齢に応じた記憶術がある

ご存知のように私はこの手の本をたくさん読んで書評している(末尾に関連リンクをまとめた)ので、長期記憶・短期記憶、シナプス、エビングハウスの忘却曲線、などのキーワードが出てきたときはまたかと思ったのだが、この本はよく書けていた。著者が脳科学の専門家だと大抵は脳内の電気化学作用の話に終始してしまいがちだ。逆に記憶力の専門家だと記憶のノウハウはあっても、脳内プロセスとの関係が不十分なことが多かった。この著者は脳科学の専門家だが、見事にミクロとマクロの関係について、説得力のある一応の結論を打ち出している。

著者は、海馬歯状回に電気刺激を与えるとシナプス伝達効率が長期的に強化されるLTP(Long-Term Potentiation)という現象こそ、記憶の正体だという。

年を取ると物覚えが悪くなり新しいことを学習することができなくなる、というのは嘘だという。神経細胞の数は加齢とともに減少するが、シナプスの数は逆に増えており、ものごとを論理的に把握する能力は年配者の方が上手になるそうだ。よって、記憶術は年齢に応じて最適なやり方が異なるというのが正解で、大人になってからは丸暗記よりも理論や理屈を覚えるべきなのだという。

著者は薬学部出身なので、薬剤でLTPを活性化させることで人間の記憶力を倍増できるとも考えているようだ。既に動物実験レベルでは天才ネズミをつくることに成功している。将来的には記憶力を良くする薬が実用化されそうな状況である。皆が天才になると世の中どうなってしまうのだろうか。

■天才と凡人の違い、天才と凡人の能力差よりも天才同士の差は大きい

将棋の名人は何千、何万の棋譜を暗記しているが、実際にはありえない手を指す棋譜は覚えられないそうだ。これは名人が棋譜をエピソード記憶としてではなく、手続き記憶と関連づけることで類型化し、局面として出現しうるパターンのひとつとして記憶しているからだと説明がある。

Aという事象を覚えるとき人間は同時にAの理解の仕方を手続き記憶として脳に保存している。だから関連するBという事象を覚えるときに、Aの理解の仕方が役立ってBが覚えやすくなる。AとBを覚えた人は、A、B、Aから見たB、Bから見たAという事象の記憶の相乗効果が働き、CやDを覚えやすくなる。つまり記憶力はべき乗で累積していく。最初の段階では相乗効果は2,4,6,8のように差が見えにくい。英単語を4個知っているのも8個知っているのもほとんど同じだ。

だが、ある程度まで努力で覚えた場合、1024、2048、4097のように目に見えて進歩が早くなる。凡人同士の差はたいした差ではないが、天才と大天才では差が極めて大きいのだそうだ。

結局、この本が科学的に結論したことは、

・十分に強いLTPを発生させるようにやる気を大切にせよ(シータ波の発生)
・復習は1週間後に1回目、2週間後に2回目、一ヵ月後に3回目をせよ
・年齢に応じて最適な記憶方法を選べ。加齢で物覚えは決して悪くならない。
・努力の継続が天才を生む
・学習中は6時間以上の睡眠をとれ。一夜漬けより4時間前に集中学習

などなど。

その他、参考になることが多くあった。経験のノウハウではなく原理から導かれるノウハウの数々。とにかく情報量の多い本で、ここでざっと概要を紹介してみたが、要約しきれない。記憶力について原理から考えたい人に、とてもオススメの一冊だった。


関連書評・リンク:

・記憶する技術―覚えたいことを忘れない
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002369.html

・「3秒集中」記憶術―本番に強くなる、ストレスが消える、創造力がつく
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001014.html

・記憶力を高める50の方法
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000974.html

・なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000470.html

・図解 超高速勉強法―「速さ」は「努力」にまさる!
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002998.html

・上達の法則―効率のよい努力を科学する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000645.html


・記憶のマジックナンバー7±2とドメイン名の考え方
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000330.html


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Posted by daiya at 2005年02月20日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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Comments

こんにちわ。こちらも参考にさせていただきます。

Posted by: CAN at 2005年11月03日 21:22